二人の帰宅
朝餉が済むと、ルルノは日課になりつつある掃除に移り、今日は玄関を雑巾で拭いていた。外の弟子が来ている場合はこういう掃除をやるのだが、今は外の弟子が来ていない為、内弟子がやる外ない。そこで、これならルルノにも任せられるということになり、今日までルルノは午前中には皐詠舞祷かセクタと掃除をしていた。今日も一緒に皐詠舞祷が掃除をしているのだが、掃除を始めてから二刻程して皐詠舞祷は婀瓏孅に呼ばれてしまったので、今はルルノ一人となっている。
人気のない広い玄関は、不思議と空気が透き通った様に明るく映り、人の温度はあるのに音のない空間は、安心と寂しさを同時に心に運んできた。そしてそんな穏やかな場所に住めることに報いようと、ルルノはぎゅっと口を結び、気合いを入れて掃除を開始した。
それからしばらくごしりごしりと玄関前の廊下を拭いていると、何の前触れもなく、玄関の引き戸が開いた。
「「ただいま」」
簡単な挨拶を口にしながら、二人の女が入ってきた。ルルノはそれに少し驚くが、これが旅に出ていたという二人なのだとすぐに勘付いた。
片方は袖が肘までで裾が膝までという、羚馳の衣服の様に丈の短い濃緑の着物を着た身軽そうな女。もう片方は、色取り取りの扇子が描かれた着物を着た、ころころと穏やかに笑っているのだが、何故か刃物の様な印象を受ける女。この二人が、皐詠舞祷の言っていた卦籤と金釘流なのだろうというところまでは判ったが、どちらがどちらなのかはルルノには判らない。
話しながら玄関に入った二人は、ルルノと目が合うと、ルルノ同様にびくりと体を硬直させてしまう。そして、何故こんな所に人間がいるのだろうと、二人は目を見合わせて考える。
そんな二人にちらちらと見られ、動くに動けず、雑巾を持ったままルルノは立ち止まって様子を見ていた。すると、やがて二人は一つの結論を出した。そしてその途端、ルルノの背筋に、突き刺さる様な鋭い悪寒が走る。その悪寒に身を震わせてから改めて二人を見ると、二人はぎらりとルルノを睨んだ。
二人は、空腹であった。
次の瞬間、ルルノは雑巾を握り締めて、二人に背を向けて駆け出した。
「飯っ!」
そんなルルノを、丈の短い着物の女が履物を放り出して追う。そして扇子柄の着物の女もすぐその後に続く。追う二人も速いが、小柄な体の割にルルノもまた速かった。どたどたと、三人は騒がしく屋敷の中を駆け巡る。
「ちぃ、すばしっこい!」
丈の短い着物の女が何度か飛び掛かってきたが、それをルルノは巧く避ける。
ルルノは食べられることから逃れているわけではない。もっと野生的な部分、良くない何かを直感で感じ取っては、それから逃れる様に駆けている。だからこそ、ルルノは小器用に逃げてみせる。女の手が肩に触れようとすれば、びくりと体を捻って触れる寸前に逃れ、また、倒れそうになれば壁を蹴り、体勢を起こしつつ速度を上げる。これは、普段のルルノからは想像ができない行動であった。
途中、挟み撃ちにしようと女が二手に分かれるが、振り返る余裕などないルルノはそれに気付かず、ひたすら走り続ける。
「あなた可愛いわね! ねぇ、どうせいつか食べられちゃうんでしょ。なら、あたしに食べられても構わないでしょ!」
今ルルノを追っているのは、扇子柄の着物の女一人。逃げるルルノも必死だが、空腹な女もまた必死である。空腹で死ぬわけではないが、丸二日飯を抜いているので、目の前の肉をみすみす逃してなるものかと、精一杯の気合いを入れている。その必死な思いから、足に込められた力は相当のものであった。




