断食行
朝日が昇り、六つの鐘が鳴る。瓏々邸をその頂に抱える蘭玉山は、今日もまた静かな夜明けを迎えていた。風は冷たく、心身を引き締めるのに丁度良い。そしてその冷気を打ち消そうとする朝日も、また清々しい。
徐々に顔を出し始める日を、婀瓏孅はルルノと並んで眺めていた。ルルノは寒いので婀瓏孅に寄りかかり、そんなルルノを婀瓏孅は懐炉の様に抱き締めていた。
相も変わらず、ルルノは婀瓏孅の部屋で眠っている。それなので今朝、婀瓏孅が蒲団から起き出した時に目を覚まし、二度寝を拒んで付いてきたのだ。
「日が昇ってきたわね」
そんなつまらない言葉に、ルルノは頷く。
朝日を見るこの場所に来てすぐに、二人はこの体勢になった。そして、こんな体勢で朝日を見ることが初めての婀瓏孅は、今の自分が可笑しくて、何度も何度もくすりくすりと笑っていた。三度目くらいに笑った時、何に笑っているのか不思議そうにルルノが見上げてきた。その姿も可笑しくてまた笑い、更に不思議そうな顔をするルルノの頭を撫でては、優しく前を向かせたりした。
悪くない。心から、婀瓏孅はそう思った。そして、日に照らし出されていくルルノの顔を見て、冷えた手でそっと頬をなぞる。すると、冷たかったのだろう、ルルノがびくりと肩を竦めた。その反応が楽しくて、婀瓏孅はしばらくの間、つんつんとルルノに悪戯をしていた。
ふと、婀瓏孅の心に、この少女が美味しそうに見えてきたと、そういう思いが過ぎる。その妖怪としては普通なはずの食欲に、少しだけぞっとした。本来なら好まぬ子供の肉だが、一緒にいる内に喰べてみたいと思うようになってしまったのだろうか。そんな自分の思いに、今更になって初めて、自分はこれを育てられるのだろうかという強い不安を感じてしまった。
だが、そんなものは杞憂だろうと頭を振る。そして、再び冷えた手でルルノを驚かせながら、自分の手を人肌で温めていた。
しばらくして、日が眩しくなる前に二人は部屋に戻る。少し眠そうなルルノは部屋で腰を下ろし、婀瓏孅は水時計に水を入れ入れると、日課を済ませに薬部屋へ歩いていった。
それから一辰刻が経つ頃に、瓏々邸は朝餉となった。今日は婀瓏孅の断食行の三日目である。
この断食行とは、決して行の期間中ずっと食事をしないというものではない。前に皐詠舞祷がルルノに説明した通り、その行のほとんどの間、粥だけは食べる。もう少し厳密にいうならば、口にして良いものは薬草の入った粥と水だけであり、それ以外を口にすることを禁ずるというものとなっている。そしてその粥の量を徐々に減らしていき、最後の一、二日だけ本当に何も食べない日となる。この断食行は行なう者が各自で期間を決めるのだが、基本が十日なので十日断食行とも呼ばれている。ただし、これはこの後に食帰し行という、その名の通り食事ができる様に内臓を整える行があるので、正確にこの十日断食行が終わるのは十二日から十四日程掛かる。
ちなみにこの行には精神鍛錬の意味と、難しい薬を調合する際に自身の毒を抜いておくという目的で用いられている。そして、今回の婀瓏孅の目的は、後者の調薬の為の準備であった。




