人の残光
「人間が、っていうとどうなんだろ。僕の場合、死んだ時に呪いだかが掛かっていたらしくて、魂が冥界に行かずに妖怪に変質しちゃったものらしいよ」
呪い、妖怪に変質。耳慣れない言葉だが、ルルノの頭でなんとなく想像ができた。ただ、目の前にいる人物を見ると、どうも妖怪という感じがしなかった。婀瓏孅や皐詠舞祷たちが特別妖怪らしいというわけではないが、このルマリウルは中でも妖怪らしくない様にルルノには思える。存在感、とでもいうのだろうか、それがこの人物だけがやたらと乏しく感じられた。
「幽霊、ってことですか?」
記憶の中で、目の前の男を当てはめる場合、妖怪よりも合致していた言葉を挙げる。
「あー、それの一種かもね。ただ、あれだよ、さっき言った様にあんまり記憶はないし、人間らしさはないよ。僕は何かに触れることも出来るし、人も喰うし」
人間の記憶がほとんどなく、人間さえ喰らう存在。人間でないのなら、人間の記憶を半端に持っていようが、きっと自分は人の霊などではなく、妖怪なのだろう。その様に、ルマリウルは自分を認識していた。
ルルノは別に気になっていたことを訊ねる。
「人の肉を食べること、苦しくないですか?」
無邪気な問い。それは自分以外の感覚を知りたいという好奇心であり、同意を求めたいというものではなかった。けれど、その問いに皐詠舞祷は小さく息を呑む。どうしても、二日前に顔面蒼白で人の肉を見つめていたルルノを思い出してしまう。
問われたルマリウルは、その二日前の出来事を知らず、また目の前にいる少女はそんなことを平気な顔で聞いてくるものだから、ルルノがなんとなく興味で訊ねているのだろうと考えた。
「え、あー、なるほど」
質問の意図を考え、自分の中にある人間の頃の感性を探る。そして、人間が人間の肉を食べるということを考えてみる。だが、それは頭の中で曖昧になってしまった。人間になりきって考えることができない。その事実を知って、微かに驚き、その驚きの小ささに寂しさを覚えた。
ルマリウルは、自分がどういう教えを受けていたかは知らない。だが、記憶の中には様々な教えと共に、守らなければならない戒律の様なものがあった。その中に、人の肉を食することを禁ず、というものが思い出される。ただ、その理由も、それを嫌悪する感情も思い出せない。
「そういうルルノはどうかな?」
人間なら本来はどう思うのかを知りたくなり、それを少女に求めた。するとそれに、ルルノは一呼吸と置かずに、苦しいと思いますと言い切った。
「そうかそうか」
少女が苦しいと言う。この即答に、もしかして実際に食べたのだろうか、という疑問が浮かんだ。けれど、さすがに訊くことは躊躇われたので、その答えに納得することで質問は終える。
ルルノの背後、そしてルマリウルからは見えない角度で、皐詠舞祷は悲しげな、そして苦しげな表情を浮かべた。思い出すだけで、胸が痛む。




