お風呂の前
その場限りの嘘を吐く器用さを持っていないルルノにとって、口約束は重要なものだった。だから、どれ程の覚悟を固められるのかと、どうしようもない焦りを覚えていた。
しかし気丈なもので、子供だというのに、ルルノの抱いたその覚悟は、酷く固く、そしてとても前向きであった。
一方、婀瓏孅にとって、このやりとりは綱渡りのようなものでもあった。一歩を誤れば、些細な言葉で少女の心を破壊してしまうのではないかと思ったからである。その為、心地好い緊張感があった反面で、今まで経験した中でも珍しい程の冷たさも感じていた。背筋に氷の針が入った様な感覚。だが、それがなんだったのか、婀瓏孅には結局まだ掴めなかった。
このやりとりの中で、婀瓏孅の唯一想定外だったことは、ルルノが誤魔化しや欺きに全くといって良い程に慣れておらず、口約束を土壇場で破ろうと考えられるような、そんなふてぶてしさを持っていないことであった。これは、婀瓏孅が子供というものを、体の小さな大人であると誤解してしまった所為でもある。
だが、そんな想定外はあったものの、それ以外は大凡思い通りに進んだ。それに婀瓏孅も安心したようで、改めて大きく息を吐いた。
「さて、そうだわ。体でも洗いましょうか。あなた、結局ここに来てから一度も湯船に浸かっていないものね。それに、そういえば昨日も体を洗ってなかったわね」
その言葉に、ルルノはそういえばそうだったなぁと思い出して、言葉では答えず頷いて返した。
悪戯に、また少し冷たい反応を続けてみようかとも思ったが、さすがに悪趣味かと思い直し、婀瓏孅は普段通りの笑顔のまま話を続ける。
「それじゃ行くわよ。ほら、立てるかしら」
婀瓏孅は先にすくと立ち上がり、ルルノに手を伸ばす。その手と婀瓏孅の顔を順に見上げたルルノは、もう一度涙を拭ってから手を取って立ち上がった。
風呂場へと向かう前に、ルルノを部屋に残して婀瓏孅は廊下に出ると、鈴で皐詠舞祷を呼び、ゆっくりと話しながら衣服の用意を頼んだ。頼み事の中で自分は先程着替えたから自分の服はいらないと言ったが、胸元が汚れていると指摘を受け、結局自分の分も服を用意してもらうことになった。この汚れは恐らく、ルルノが悪夢を見ていた時の涙等が付いたのだろうと、婀瓏孅は頷きながらながら納得した。
「それじゃ、お願いするわね」
そう言われると、皐詠舞祷は小さく頭を下げると去っていく。




