ただいま
「さ。て。そろそろ上がろうか。ルルノもぼちぼちお師様に挨拶しなきゃでしょ」
「はっ! 忘れてました」
「お風呂ってそう云うとこあるよねぇ」
「ありました。先に出ますね」
「あぁ、私も出るよ」
ぽかぽかと芯まで温まり、ついつい気が緩んでしまう。
「あんまり待たせると、お師様がお風呂入って来ちゃうかもだしね」
「それは申し訳ないですよ」
笑い合って、戸を開け、脱衣所に入る。するとそこには、着替えを籠に入れて、今まさに着物を脱ごうとしていた女性が立っていた。
「あら」
女性は、もう出てしまったのか、という顔で二人を見る。
「……わぁ、ほんとにお師様来た」
その女性こそ、この屋敷の主、婀瓏孅という妖怪であった。
「あ、先生。えーっと……もう一回入った方がいいでしょうか?」
「うーん、それも良いかなと思ったけれど、いいわ。部屋で待っているから、着替えたら来なさい」
そう云うと、着替えを持ち直し、婀瓏孅は自室へと戻っていった。
その背を見送ってから、二人は顔を見合わせた。
「お師様も焦れてたね。早く往ったほうが良さそうだ」
「ですね。あぁ、歩いて帰ってきたこと怒られるでしょうか」
「怒られるだろうねぇ」
「怒られますかぁ……」
ルルノは肩を落とした。
二人は身体を拭いて、てきぱきと服を着る。そして廊下に出ると、卦籤は自室へ、ルルノはそのまま、婀瓏孅の部屋へ向かった。
部屋の前まで来ると、声を掛けてから、そっと引き戸を開ける。
部屋の中では、婀瓏孅が腰を下ろし、お茶を啜っていた。
「先生。ただいま戻りました」
「良く戻りましたね。さぁ、お茶でも飲みなさい」
「ありがとうございます」
飲んだお茶は、身体の内側からじんわりと癒やされるような、滋味に富んだ味わいだった。
お茶を飲んで一息吐く様を、婀瓏孅はジッと観察していた。
「大きくなったわね。あなたがここに来て、もう十年ほどになるのかしら」
「えっと、たぶん、そのくらいでしょうか」
拾われて、育まれて、もうそのくらいだろうかと、ルルノは感慨深く思った。
「随分と逞しくなったものね」
「そう、でしょうか」
「そうよ。歩いて帰ってくるのだもの」
「……まことにもうしわけございません」
ルルノが頭を下げると、ふふふと、婀瓏孅は楽しげに笑っていた。
この少女がこの屋敷に来たのは、かれこれ、十年ほど前。少女が十歳にならない頃のことであった。




