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花々咲乱(かかしょうらん)  作者: 相上いろは
第7話~残霞~
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人である為に

 婀瓏孅は最初、セクタの言うように、人の肉を食べるのをここでは法度としようかと言い掛けた。けれど、ルルノは怯えながらも、それを口にしようとした。ここで暮らす覚悟を決めた。ああも苦しそうに耐えたというのに、わざわざ今になって猛毒を盛ることもない。そう思い、婀瓏孅はさっきも今も、その言葉を呑み込んだ。

 しかし、婀瓏孅は訊かずにはいられない。ルルノの決意や覚悟が、ここに来た運命を悲観して諦めたものなのか、それともこれからを生きる為に希望を持ったものなのか。


 だから少しだけ、出来る限り薄めた毒をそっと飲ませる。


「人を食べるということを、私たちがそれをしていることを、何とも思わなくなる薬、というのも、有るには有るわよ」


 その言葉に、ルルノの顔が引き攣る。婀瓏孅も口にしながら、自分は意地の悪いことをしていると感じた。

 しばらく沈黙が続く。ルルノはぎゅっと蒲団を握り、小さく震えて考える。自分が何を考えているのかも把握せずに。

 やがて頭の中が落ち着くと、重い静寂を、ルルノは震える声で破った。一言一言を慎重に、恐る恐る選びながら。


「い、いりま、せん。ごめんなさい。私、人のお肉は、食べ、食べられません、でした……食べられているのを、見るだけでも、だけでも、とても、苦しいです」


 噛み締めるように、でも止めないように、ゆっくりと言葉を吐き出す。


「すごく恐くて、寂しくて、悲しいです。でも、生きていくには仕方のないことなんだと思います。生きていたら、食べますから」


 言葉を口にする度に、ルルノの顔から血の気が引けていく。口にしながら、人の肉を摘まんだことを思い出し、それに対する自分への嫌悪が高まっていく。箸を持っていた右手がひどく震えた。

 それでも、呼吸が荒く乱れても、ルルノは言葉を止めない。婀瓏孅もそれを止めない。

 それは婀瓏孅への返答でもあり、口にすることで自分の考えをまとめていく作業でもあった。その行為が、自分の心に一本ずつ針を刺すようなことであっても、ルルノは整理をしていく。ちゃんと、自分の足で立つ為に。


「妖怪は、人を食べます。人は牛や、お肉を食べ、ますから。だから、私が止めることも、間違いだと、思うんです。だから、それは間違ってないんです」


 ルルノが普段より饒舌なのは、苦しさからなのかもしれない。そう感じた婀瓏孅は、尚更苦しいのなら止めれば良いのに、と苦々しげに思った。けれど、口に出させたのは自分で、止めないのはルルノなのだからと、どうにか気持ちは抑え、少女の小さな悲鳴と泣き声に耳を傾け続ける。


「それでも、苦しい。でも、どうしても、人間ですから。私は、人間ですから。だから、この苦しさは、きっと、忘れちゃいけないと思うんです。忘れたら、私は、なにか、もっと恐ろしい……違う、何かに、私は」


 声はルルノの体と共に震え、顔は蒼白になっていた。そして一際大きく震えると、目から涙が溢れる。そんな涙を隠す様にぐしぐしと手の甲で拭っては、小さくしゃくり上げる。


「私は、人間で、いさせて欲しい、です」


 俯き、静かに、そして震えながら、けれど強い意志を込めて口にする。それは誰に当てた言葉なのか、ルルノには判らなかった。だが婀瓏孅には、それはルルノが自分自身に向けて呟いた言葉であったように聞こえた。


 この寂しげに泣く少女を抱き締めて、泣かなくても良いと言いたい。そういう強い衝動に歯痒さを感じながらも、婀瓏孅は深い呼吸をして衝動に耐えた。


「そう。そうね。私も、あなたには人間でいて欲しいわ。なにも妖怪を飼いたいわけではないの。そうね、あなたには人間でいてもらわないと困るわ」


 少女を泣かせた言葉を、その言葉で打ち消す。

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