妖怪と共に
「私が妖怪で、あなたが人間であるから、私はすぐにはあなたを救えないのね」
口惜しい程の無力感。薬で癒せるもの、癒せないもの、そして癒してはいけないもの。そんな思いが、ぐるぐると頭の中を駆け回った。
苦しみは成長。だから安易に助けないこと。これは玉蟾の言だ。そしてそれが正しいことを、婀瓏孅は知っている。しかし、だからといってただ見守ることは、あまりに心苦しいものだった。
ふと、その見守る辛さに、自分は人間の少女にここまで心を奪われていたのかと気付く。すると、笑わずにはいられなかった。
こんなにも容易く自分が変えられてしまうとは。そう心の中で呟く。つい数日前には、人間と接触することさえ考えつかなかったというのに。
「さては、玉蟾め。これを狙ったな」
弱く、助けねば死んでしまうような脆い存在。他者をこうも気に掛けることもそうだが、誰かの世話をここまで焼かされたのも、婀瓏孅には初めての経験だった。弟子にさえここまで世話を焼く程には、興味も持てないというのに。
だからだろうか、今日は自分の未熟が良く身に染みる。
「どれ程昔のことだったかしらね。こんなにも自分の無力を感じるなんて」
もっと自分が幼ければ、泣きながら八つ当たりでもしたくなる程に、臓器が焼けているかの様なもどかしい思い。それは新鮮で、婀瓏孅はその思いに身を委ねていた。
「玉蟾、私はまだ成長するわ。それも、この子と一緒に成長することになりそうよ。これがあなたの意図した通りなら、ふふ、私はとんでもなく悔しいわね」
これが一時の感傷なのか、それは判らない。こうも心を動かされながら、それ程時間も経たずに飽きてしまうのかも知れない。けれど、その時はその時だ。飽きた時に捨てれば良い。ならば、今はルルノを育てよう。婀瓏孅はそう決めた。
「ねぇ、あなたはいつまで私の心の中にいるつもりかしら」
回答を期待しない、心の底からの問い掛け。気になったが、それに答えがないことを婀瓏孅は知っている。だから眠るルルノに問うのだ。起きている時に問うのも面白いかも知れないとは思ったが、そんな意地悪は、もう少しルルノが成長してからにしようと決める。
「すぐにいなくなるの。それとも、しばらくは居続けるのかしら」
震えるルルノの横に寝そべり、ぎゅっと体を抱き締める。ルルノの体が一瞬だけびくりと緊張したが、それは雪の様にじわりと溶けていった。
恐らくこの少女は、同族の肉を食べようとしたことを悔いている。食べたものと暮らしていることに葛藤している。後悔と罪の意識で、もしかしたらこの後、何度も何度も悪夢を見続けるのかもしれない。それで、この少女はこれからどれ程傷つくのだろう。そしてその傷つく様を、どれ程何もできずに見守らなければならないのだろう。そう思うと、少しだけ、胸が痛んだ。
少女の額を、頬を撫でる。撫でる度に、ルルノの表情は少しだけ穏やかになる。
「幼い人間の子。あなたは傷つき、苦しみながら生きていくのね。怒ることもあるのかしら。悲しむことは多いでしょうね。けれど、あなたはそれらを乗り越えて笑いなさい」
抱き締める腕に、少しだけ力が入る。
続いて何かを言いたかったが、良い言葉が浮かばず、婀瓏孅は沈黙した。
ルルノが起きるのは、それから二刻後のことであった。




