婀瓏孅の部屋へ
婀瓏孅は、自分の寝室ではなく浴室へと向かった。そこで、涙と鼻水で汚れたルルノの顔を洗う。洗ってみると、ぐしゃぐしゃに乱れていた顔は、どこかすっきりとした落ち着きのある顔へと変わる。そんな顔を見て、婀瓏孅は初めてルルノの心に触れた。
恐怖のあまり、泣き叫ぶことができなかったものかと考えていたが、それは違った。もしもそうだとしたら、泣き終えた後の顔がこれ程清々しい顔にはなるはずがない。ルルノは泣き叫んで取り乱さないことで、自分の運命を呑み込んだ。他人には判らない自分だけの現実を、些細な気紛れで生きている現実、霞んでしまった今日までの日々の記憶と、これから一人で生き続けるのだという覚悟を。
弱いはずの少女の、強く、けれど今にも折れてしまいそうな心に触れ、婀瓏孅は笑った。そしてルルノを自分の部屋に運び、また寝かせる。初めてこの少女がこの瓏々邸に来た日もこうだったな。そう思い、また少しだけ笑う。
「ルルノ。あなたは強いわね」
寝かせたルルノの横に座り、頭を撫でながら声を掛けた。
「まったく、気が変わったわ。どんどんと変わっていくわよ。玉蟾もこういう気持ちだったのかしらね。あなたがこれから生きていく姿を……あなたが色々なものに触れていく姿を、私も見てみたくなったわ」
楽しそうに、そして慈しむ様に、ルルノの頬を指で優しく撫でる。すると、まだ残っていたのか、涙が一筋つうと伝った。
「生きなさい。あなたの傷くらい、いくらでも癒してあげる。だから、簡単には死なないで、老い朽ちるまで生き抜いてみなさい」
言いたいことを言い切ると、婀瓏孅はルルノに蒲団を被せ、自分の部屋を後にする。
部屋を出たところで、皐詠舞祷が新しい着物を持って立っていた。どうしたのかと訊ねると、服が汚れているから着替えた方が良いのでは、ということだった。
「そうね、ありがとう」
そう答えると、再び部屋に戻って着付けをおこなう。
「それで、どうでしたか?」
着付けを手伝いながら、皐詠舞祷は心配そうに訊ねる。
「どういう意味かしら」
そしてそれに、婀瓏孅は訊ね返す。
「いえ、あの。怯えているのではないか、と」
問われると、少しだけ言い淀む。それに、婀瓏孅は小さな溜め息を吐いた。
「大丈夫よ。なんだか、思ったよりも強い子みたいだから」
初めて連れて来られた時から、まるで恐怖などない様な少女だった。しかし、ないはずもない。自分の感情を抑え込み過ぎて、自分でも恐れがあることに鈍感になっていたのだろう。
けれど先程の行為で、そんな恐怖の感情を認めたのではないだろうか。そしてもしかすると、乗り越えてしまったのではないろうか。そんな風に婀瓏孅は感じた。




