怯え。
やがてルルノは呼吸を整えて、箸を拾い上げて持ち直す。そしてゆっくりと肉をはさむと、腕を震わせながら口へと近付けた。けれどその肉は、唇に触れる手前で止まってしまう。今度は落とさないが、口の中へ運ぶことができず、ルルノは固まってしまった。
そこでようやく婀瓏孅は動き、ルルノの手を両手で掴み、橋の先に摘ままれている小さな人の肉を、自分の口に入れた。
「あ、あろ、う、あ……」
真っ青な顔でガタガタと震える少女は、婀瓏孅の方に、怯えた目を向ける。
「ルルノ。いいの。あなたは食べなくていいの。料理は食べたい者が食べるべきで、あなたが無理をして食べるようなものではないの。ごめんなさい、あなたに見せるべき食事ではなかったわ」
婀瓏孅はそんなルルノを抱き締めた。そして震える身体を、そっと撫でる。
婀瓏孅に抱き締められて、そこで何かを言おうとしているのか、ルルノの口が少し動く。しかし何も言わぬまま、手で口元を押せる。同時に、大量の涙が溢れ出した。
様々な思いがルルノの頭の中を流れていく。その思いが多過ぎて、理解する間もなく飽和する。しかし、理解できていないはずの様々な思いは、その全てがルルノにとっては苦痛であった。
体の内側全てが痛む錯覚を覚える。それでも声は上げず、ひたすらルルノは耐える。ただただ沈黙して、耐え続ける。人の肉を箸で摘まんだ手から、何か自分が変わってしまう気がして、目の前に広がる世界から色が失われていく気がした。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚す。誰かに崖から突き落とされる様な、そしてそのまま暗がりに沈み込んでいく様な、酷く寒い錯覚が襲ってきた。激しい孤独感が頭に刺さる。
「ルルノ。しっかりしなさい」
力強く、頭を抱き締める。すると、ルルノの頭の中に渦巻いていた寒い錯覚は消える。現実の光景が徐々に色を取り戻していく。抱き締めてきた婀瓏孅の体の温かさに、ルルノの涙がまた溢れ出す。
そのままルルノは婀瓏孅の服にしがみつき、歯を食いしばりながら、泣いている顔を押しつけた。そのルルノの頭を、優しく婀瓏孅は撫でた。
ルルノは最後まで声を上げることを堪え続け、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
「先生」
皐詠舞祷が心配そうに声を掛ける。すると婀瓏孅は、ルルノの膝裏に手を通して抱き上げ、そのまますくりと立ち上がる。
「この子を部屋に運んでくるわね。あなたたちは先に食べていなさい」
そう言うと、眠るルルノを持って部屋を出て行った。




