震える箸先
見たことのない人肉を使った料理。だというのに、ルルノは気付いた。それは同族だからなのか、はたまた子供の鋭い勘なのかは判らない。もしかすると、自分の村が燃やされた時の記憶の中に、人間の肉が焼ける臭いが残っていたのかも知れない。何にせよ、正確な理由はルルノでさえ判らないが、ルルノは強い確信を持って、それが人の肉であると気付いてしまった。
婀瓏孅は、ルルノの名を呼ぶ。落ち着かせる為に。しかし、少女の震えは止まらない。
思わぬ事態に、どうするべきなのかが誰にも判らず、皆は少しも動けなくなってしまった。いっそ逃げてくれればいいと三人は思ったが、しかし、ルルノは進みも引き返しもせず、ガタガタと立ち尽くすばかりであった。
そんな沈黙の中、突然ルルノは震える足をゆっくりと前へ踏み出し始める。三人がハッとしてその歩みを見守っていると、ルルノはやがて、朝自分の座った座蒲団に腰を下ろす。それを立ち止まったまま見守っていた婀瓏孅は、ルルノを追う様に隣に腰を下ろす。
誰も言葉を発せない。ただ、ルルノの荒い呼吸だけが部屋を満たしていた。
「い……いただき、ます」
震えて擦れる声で、それだけを呟く。呟き終えると同時に、手で口元を覆い、苦しそうに嗚咽を繰り返す。
嗚咽が収まると、箸に手を伸ばすが、手が痙攣している所為で、箸が上手く掴めない。触れようとしては突き飛ばしてしまい、また持ってもすぐに落としてしまう。それを数度繰り返し、左手で右手を握る様に押さえて、なんとかルルノは箸を持つことができた。そのままゆっくりと左手を外すと、真っ先に肉に箸を伸ばしていく。
その痛ましい光景に、全員が息を呑む。誰にも声を掛けることができなかった。
箸は肉に触れるが、途端に箸先がぶれてはさめない。揺れてしまう右手首をまた左手で掴み、慎重に肉をはさむ。そのままそれを口元へ運ぼうとするが、途中ルルノの顔が痙攣する様に引き攣り、その時に全身が震えたので、箸が肉と一緒に滑り落ちてしまう。ルルノはその箸をすぐには拾うことが出来ず、床に手を突いて荒く息を吐いて呼吸を整えた。
この少女をどうすればいいのか、婀瓏孅には全く判らなかった。
これは玉蟾から貰ったもの。だから、そう簡単に壊してしまうわけにはいかない。そう思うから、どうにかしなければと考えるも、良い考えは浮かばず言葉が出てこない。
しばらく婀瓏孅は悩んだが、答えは浮かばない。それでも、今にも壊れそうな少女をなんとかしないわけにもいかないと、婀瓏孅は遠慮がちに声を出した。
「ルルノ。あなたは人間なのだから、無理に食べなくても良いのよ」
その言葉に、ルルノは何の反応も見せなかった。




