来客
働かなければいけないと思ったわけではない。働かないと暇だろうと思ったから。
「そう。それなら、今日はセクタの手伝いをしなさい」
口に出しながら、婀瓏孅はセクタのいる玄関までルルノを引いていく。
玄関に着くと、セクタが箒で玄関の前を静かに掃いていた。
「セクタ。掃除と荷物の受け取りにルルノを使いなさい」
瞑想半分に掃除をしていたセクタは、驚きに箒を取り落としてしまう。特に昼食までは大した仕事もなく、送られてくる荷物を受け取る以外は午前中にすることはない。だから、まさかそんな自分を誰かが手伝いに来るなどとは思っていなかったのだ。更にそれが婀瓏孅の飼う人の子であったのだから、セクタの驚きはなかなか大きい。
「え、でも、荷物の受け取りだってそう忙しいわけではないですし、俺一人でも」
遠慮がちにそう答えると、婀瓏孅は顔色を変えずに、けれど先程より強めに声を出した。
「使いなさい」
有無を言わさない。
「判りました」
それが命令と判るや即答。
セクタの了解の返事を聞くと、婀瓏孅は満足そうに微笑んで、ルルノに頑張って働きなさいという一言を残すと屋敷の中へとさっさと戻っていった。
その後ろ姿を二人で見送ってから、セクタはまず外用の掃除用具の仕舞ってある場所を教えることにした。そして箒を一本持たせると、セクタはルルノに玄関前を掃かせる。
この時セクタは、自分に特に仕事がないのだから色々と教える良い機会だと考えた。だが同時に、何を教えたら良いのかという疑問に行き当たる。そして思う。きっと俺は何も教えられずに過ごすのだろう、と。
そんなセクタの想像通り、二人は無言で黙々と掃除を続けていた。特に気にした様子のないルルノと、沈黙をどう破ればよいのか悩んでいるセクタ。沈黙の中で響く音は、地面をくすぐる箒の音だけであった。
そのまま二人が二刻程掃除をしていると、突然、麓の方から地鳴りにも似た音が聞こえてくる。二人の間に会話がなかった為、その音は特に良く響いて聞こえた。
「お、来たか」
セクタが呟く。何が来たのか気になったルルノは、門を出て木々の隙間から音の方角を覗き込む。そして、覗き込んでルルノは、自分がこの瓏々邸に来てから一度も外に出なかったことを思い出した。見下ろした光景には、見覚えがなかったから。
屋敷の門を出てから、しばらくすると石段になり、それが数えるのも面倒な程に蛇行をして続く。そしてその石段がしばらく続いた後に突然に途切れて、今度は土の斜面に変わる。石段と山道の境目がこの山の何合目なのかは、山道から先は濃い霧が覆っているので良く判らない。相当長い山道を抜けて待ち受けているのがこの石段だったら酷だなと、ルルノは歩いて上り下りすることを考えて、気が重くなった。
轟音の正体はしばらくは見えなかったが、やがて二頭の牛と荷車が坂道を駆け上ってきたのが見えた。そして瓏々邸に至る石段の下に到着すると、牛も荷車も、少しの躊躇いなく石段を駆け上がってくる。その豪快さに、ルルノはつい拍手でも送りたい気持ちになった。




