朝食が終わり
婀瓏孅が十度口に箸を運んだ頃、ルルノは思い出した様に静かに食事を始める。一方で、見られていることに気付いていた婀瓏孅は、何故ルルノがしばらく食べようとしなかったのかが判らず不思議に思った。
だが、セクタと皐詠舞祷は、ルルノが婀瓏孅を見て手を止めていた意味をなんとなく合点がいっていた。
ルルノが食事を始めるのを見ると、ルルノを除く全員が、顔には出さないまでも安堵を覚えた。そこまで人間と妖怪で味覚の違いはないが、それでも場所が変われば味も変わる。だからだろう、もしもルルノが食べられなかったらという不安が、多少の差こそあるが、全員の内に間違いなくあった。
しばらく食事を続けていると、最初にセクタが朝餉を食べ終え、食べる前と同じ様に黙祷をした。それが終わると立ち上がり、食べ終わった膳を持って部屋を出ていった。どこに行ったのかは判らない。それから少し経ってから、それが食後におこなう決まりの様だと、ルルノはなんとなく理解する。
現在、婀瓏孅は既に食べ終わっていたが、まだ食べているルルノを眺めながら待っている。皐詠舞祷もまた食べ終わってはいたが、婀瓏孅とルルノの膳を片付ける為にその場に残ってお茶を啜っていた。
食べ始めが遅かったので、それから更に少しの時間が経ってからルルノは朝餉を食べ終えた。そして、手を合わせ目を瞑る。
開いた瞬間、目の前には婀瓏孅の手があった。
「終わったわね。さ、行くわよ」
その手をルルノが掴むと、手が引かれ強引に立ち上がらせられた。そして手を握られたまま、部屋から連れ出されそうになる。ルルノは膳を片付けなければならないと思っていたので、思わずあっと小さく声が漏れた。
すると、そんなルルノに皐詠舞祷が声を掛ける。
「食器なら私が片付けるから、大丈夫」
気持ちを察しているものらしく、その声はひたすら安心させる様にという声であった。
でも、と言い掛けて、ルルノはそれを呑み込む。そして、ぺこりと小さくお辞儀を返すと、婀瓏孅に引かれるままルルノは部屋を出ていった。
屋敷の廊下は、朝が来たことに気付いていないかの様に、霜柱でも生えていそうな程しんしんと冷えている。足の裏が触れる度、全身が震え鳥肌が立つ程であった。それは、少しずつ温かくなってきた空気と随分差があり、後で痒くなりそうだとルルノは感じた。
「ルルノ。あなた、働きたい?」
廊下の冷たさを意識しながら歩いていると、不意にそう訊ねられた。瞬時には意味が判らず、少しばかり考えてから、こくんと控えめに頷く。




