朝飯前
日が全て身を出し終えると、眩しくなる程昇る前に、婀瓏孅は目を逸らす。そして、すぐ横のセクタに視線を向けた。清々しそうに、そして、悪戯っぽく。
「そういえば、まだ聞こえないわね。今日の鐘は誰だったかしら」
日が昇っているというのに、明け六つと呼ばれる、夜明けを告げる六回の鐘の音が聞こえてこない。それについてを、師は不思議そうに弟子に問い掛けた。不思議そうな顔の師は、当然その鐘の当番が目の前に居る弟子であることを知っている。
「はい? えっと。あっ!」
それを聞いて、初めて今日は自分の仕事だったのだと思い出すと、押っ取り刀に立ち上がり、どたどたと鐘櫓へと駆けていった。そんな様子を見ると、満足そうに婀瓏孅は微笑み、そっと立ち上がって自分の部屋へと戻っていく。部屋に戻るまでの間に、日の出に喜ぶ子供の様な、六つの鐘の音が穏やかに響き渡った。
セクタと別れた婀瓏孅は、自分の部屋に飾ってある自作の水時計に水を注ぐ。干支の描かれた十二の硝子の器が輪状に並び、その中央の一段高い位置に石の器が設置されたもの。これの中央に水を入れると、溜まった水が石の管を伝って卯の器に一滴ずつ落ちていき、およそ一刻が過ぎる頃に一つの硝子の器は一杯になる。そして容器に水が満杯になると、左隣にある次の干支が描かれた器に水が漏れる仕組みになっている。
この様に水の量で時間を計ることができる時計なのだが、仕組みが単調なので完全に正確というわけもなく、あくまで参考程度という精度しか持っていない。また、日の出のタイミングで水を注がなくては役に立たない。要するに、あくまでも趣味の産物であり、部屋の飾りの一つにしか過ぎないものであった。
水時計の器の水を全て中央に移すと、婀瓏孅はまだ眠っているルルノの横に腰を下ろした。そして静かに手を乗せて、眠っている小さな体を緩やかに揺する。
揺らされる度に、目覚めていないと、ルルノから言葉にならない声が漏れてきた。それが面白くて、起こす様に、けれどどこか寝かしつけるかの様に、優しくふわふわと軽く婀瓏孅は少女を揺すり続ける。それはまるで揺り籠のようであった。
この起こそうとする温かさと寝かしつけようとする抱擁感を織り交ぜた揺らしを延々味わい、ルルノは夢現の状態からどちらにも転ぶことができないでいた。そんなルルノがゆっくりと目を開いたのは、婀瓏孅が揺すり始めて、実に一刻が経過した後のことであった。
目の覚めたルルノは、延々と体を揺すられ続けた所為か、どこか虚ろでふわふわと視線を泳がせていた。目は開いているのに、起きていない。頭は冴えてきているのに体だけが未だに寝惚けているという、まるで金縛りのような状態である。
そろそろ朝餉になると感じた婀瓏孅は、そんなルルノをしゃんとさせようとした。ふらふらにしたのが自分だと判っているだけに少しばかり悪い気もしたが、ご飯を食べさせないわけにもいかないので、無理にも体を整えさせようと軽く背中や足を指圧する。
「あうっ」
少し痛いらしく、小さな悲鳴が上がった。




