日の出
日は昇る気配を見せながら、もじもじと世界の陰に隠れている。それを穏やかな気持ちで眺めていると、婀瓏孅とは逆の方向からセクタが現れた。
「師匠、ご一緒させてもらいますね」
そのまま婀瓏孅の横に立つと、音もなく腰を下ろして胡座をかく。
「おはよう、石四眸。日の出を見に来るなんて珍しいわね」
振り向いた婀瓏孅と目が合う。周囲の冷気さえ圧倒する、ぞっとするような澄んだ表情。弟子であり見慣れているとはいえ、ぞくりという悪寒に鳥肌が立つのを感じて、セクタは気圧されてしまった。
「あ、いえ、食材の仕入れがありまして。というか、もう食料がほとんど空でして、早くこないものかと待ち構えていて。さすがにまだ来なそうですが」
目線を逸らし、呼吸を整えながら答える。
前回別件で訪れた運び屋にその旨を伝えた際に、次の運送時にはなるべく正卯の頃にはこちらに向かうと言っていた。こうしてセクタは朝から待ち惚けていたのだ。
「あら。牛車がえんこでもしたのかしらね」
婀瓏孅は折った人差し指を唇に添えて、思案をしているような形を取った。しかし、表情には薄く笑みを浮かび、特に口元が楽しそうに綻んでいる。
そんな巫山戯た態度を取られて、セクタも溜め息をこぼす。
「笑い事じゃないです。今日の朝餉に使う分のお米も肉も、全部それに乗っているんですから……すいません、俺の手違いで」
瓏々邸の食材は、主に運び屋の手に因って玄関先まで運んでもらっている。そうでもしないと、山の頂にあるここでは食材の調達が難しい。その為、基本的には五日から十日に一度という割合で、一度に大量の食材が運び込まれてくる。
とはいえ、その割合は平均でしかない。例えば、今は四人の弟子が旅に出ている。となれば、量を減らしてまで定期的に送り続けるのは大変だろうと、つい先日、セクタが運び屋と期間の調整をおこなったのだ。だが、期間調整を少し誤ってしまい、期間を開きすぎてしまったのだ。お陰で、昨日から非常用の食材にも手を出している現状である。
「ふふ、それもそうだったわね」
くすくすと微笑む。セクタがそんな横顔をちらりと覗いて見ると、婀瓏孅は昇り始めようとする太陽をじっと見つめていた。それにふぅと一息を吐き、同時に未だ自分が婀瓏孅の視線に動揺していると感じて、恥じる様に苦笑いを浮かべた。
「食料庫がほとんど空ですから、このままだと今朝は野菜だけですよ」
既に肉は切らした、という意味。
元々残りの少なかった米は、粥一杯が限界という悲惨な状況になっていた。
「そういうのも、悪くはないでしょう」
言い切る。こう言い切られては、セクタには何も返せない。そもそもが自分の手違いであるのだから、そう言ってもらえることはむしろ有り難い。
「そうですか。そうですね。では、朝は野菜だけにしましょう」
セクタも婀瓏孅を見るのを止め、同じく昇ろうとする太陽に目を送った。
日は昇る。太陽が生まれ、目を覚まし、翼を広げていく。その羽ばたきが生む熱風が世界を撫でて、張り巡らされていた氷の皮膜を吹き飛ばしていく。
凍り付いていた体が徐々に熱を取り戻していくような感覚。この感覚を通して、婀瓏孅は生まれ変わりを感じている。日々、自分は昨日から今日へと生まれ変わっている。そんな感覚を感じている。これを実感する為に、毎朝飽きることもなく、婀瓏孅は日の出を臨んでいた。




