日の出前
沈んだ日が浮き上がって全てを照らし始める少し前の、身を裂く程にりんと冷えた空気。ルルノは温い蒲団の中で、目覚めと共にそれを感じた。
ルルノは小さく丸まり、膝を抱いて眠っていた。それが目の覚めるに従い、もぞもぞと肩を動かしながら、呻く様に小さく声を漏らしていく。手足が寒いのか、小さく動きながら、より蒲団の内側へと縮んでいこうとする。
「あら、起きたのかしら」
自分の後ろからの声。それに、ルルノはびくりと体を震わせた。そしてその途端、自分以外の存在を意識したことで、ルルノは急速に意識ばかりが覚めていくのを感じた。
「婀瓏孅、様?」
朝の寒さも手伝って足早に冴えた頭で、振り向かずに背後の人物を把握する。
「ふふ、おはよう。でもまだ、あなたは眠っていても良いわよ」
そう言いながら、ルルノに手を伸ばす。手は見えてはいないが、その気配は感じることができた。
不意にその手に、宵闇の海の中を近付いてくる魚を連想し、ルルノは僅かにぞっとした。だが、次の瞬間にはルルノの腋を通った腕が腹部に絡まり、二本の腕で抱き締められる。その手が温かく、そして柔らかかったので、生まれたばかりの怖気はどこかへと逃げ出してしまった。
温かい。それが、覚めたはずの頭をまた曇らせる。眠気にも似た心地好さは、いつの間にか本物の眠気と取って代わり、静かにルルノを浅い眠りの中に沈めていった。
改めてルルノが眠ったことを確認すると、婀瓏孅は眠る少女を起こさぬ様に立ち上がり、部屋を後にした。
婀瓏孅は冷たい廊下を裸足で歩き、足が凍っていく様な錯覚を感じる。吐く息さえ凍てついては、吸う息は喉を切り肺を裂く様だった。日の光という暖を持たない世界は、活動をするには少し寒過ぎた。
人間よりも体が丈夫とされる妖怪といっても、それは個体差がある。そして婀瓏孅は、他の妖怪と比べると随分と力も体が弱かった。寒さや暑さに対してなら、人間とほぼ同じ程である。素手で人間と対峙した時、相手が鍛えている人間であれば、婀瓏孅は恐らく負けてしまう。
だが、婀瓏孅はそんな自分を好んでいた。弱さ故に、鋭敏な感覚を持つ体を気に入っていた。
彼女は生を尊ぶ為、生を感じる行為を否定しない。血の温かさも傷の痛みも、凍える冷気も焼ける日差しも、耳を劈く雑音も目を焦がす陽光も。そう考えるからこそ、今日のような寒い日には、いっそ寒風に唇が裂けてしまわないものか、と思ったりもした。
婀瓏孅は来光を臨める廊下まで来ると、そこの襖を開け放ち、薄暗い世界を見下ろした。じきに日は昇り、世界は宵闇の残像を忘れていく。既に空には、その予兆が広がっていた。




