門を抜けて
一歩誤れば谷底に真っ逆さまという様な道を、熊とルルノは危なげなく登っていった。なかなかの速度ではあったものの、それでもかれこれ四半刻が過ぎようとしていた。
どうにかやがて石段はその終わりが目視できるようになる。
「あぁ! 熊さん、あと少しですよ!」
興奮気味にルルノが言えば、熊も元気に応じる。
これで最後と、熊は少し速度を上げて、ようやく最後の石段に足を掛け、そして、登り切った。そこには、大きな門があった。目的地の妖怪屋敷を囲う、朱色の門である。とはいえ、門戸は開いており、そこにはセクタが立って待っていた。
そのまま少しどてどてと歩いてから、熊はふぅと伏せ、ルルノはその背から降りた。
「ありがとうございます、本当に、ありがとうございます。助かりました」
熊に抱き付き、頭と背を撫でて、ルルノは熊に感謝した。
そんな二人にセクタは近づき、そっとルルノに木の実と、皿に入った茶を差し出した。ルルノはそれを受け取り、お辞儀をすると、熊の頭の前に置いた。すると、熊は美味しそうにどちらも食べ始めた。
その様子を見ながら、三度熊の頭を撫でて、立ち上がり、ルルノはセクタの方を改めて見た。
「ただいま戻りました、セクタお兄さん」
「おかえり、ルルノ」
やっと帰ってきたと、ルルノは微笑む。やっと帰ってくることが出来たと、背伸びをする。そして、もうしばらく、歩いて帰ってこようとするのはやめようと胸に刻んだ。
「荷物は部屋に置いておいたけど、すげぇ泥まみれだったなぁ。なんなら洗っとくけど」
「えへへ。大丈夫です。すぐ洗っちゃいますね」
旅で汚れたと云うより、ここ三日間の迷子で主に汚れた気がするので、ルルノとしてはそこを指摘されると、少しだけ恥ずかしかった。
「まぁ、それより先に風呂入ってきな。師匠は奥にいるけど、まず綺麗になりたいだろ」
「そうですねぇ、そうします」
「桶、玄関に置いてあるから」
「ありがとうございます」
セクタに礼を云って、熊に手を振って、ルルノは玄関に入っていった。
草鞋を脱ぎ、足袋を脱ぎ、置いてある桶で手と足を洗って、自室へ向かう。そこで着替えを持って、脱衣所へ。
脱衣所で服を脱ぎ、籠に入れて、浴室へ。
「わぁ、お風呂!」
久々のお風呂。天然温泉。ルルノの気持ちが高揚する。手桶で湯を汲み、身体の汚れを落とす。
冷えと疲労が、じんわり刺激されて、少しばかりむずがゆかった。
ゆっくり足から浴槽へ。すると、総毛立つほどの心地良さがあった。
「あぁ、温泉大好きです……」
ちゃぽり。小さな音を立てて、肩まで浸かる。
「はあああ」
満足が声になって溢れ出した。
と、その時、脱衣所に誰かが駆け込んでくるような、そんな騒がしい音がした。
しばらく服を脱いでいる音がした後、勢いよく引き戸が開き、少女が飛び込んでくる。
「ルルノ。お帰り! 私も入るね!」
「あ、卦籤お姉さん。ただいまもど、ぐえ」
飛び込んできた少女、に見える妖怪の卦籤に、ルルノは顔を強く抱き締められた。




