思案
そうして安心すると、かいていない額の汗を腕で拭ってから、ぐぃっとルルノに近づいた。
「ちっと失礼」
そう言うと、セクタはルルノの首に触れ、そこから鎖骨までを撫でる。次いで、手首を取って脈診をした。更にそれから腹に手を乗せ、手の平で内臓の動きを確認する。
「ん、ほとんど正常になってるみたいだな」
ルルノが倒れた時からずっと、セクタは今のように診療をおこなっていた。触診についてだけで言えば、セクタは婀瓏孅に勝るとも劣らない腕前だ。それを婀瓏孅も理解していたので、セクタに診断を任せたのである。
脈を取る度、セクタは師である婀瓏孅の薬の力に驚かされた。人の薬など作ったことがないと言っていたのに、こんなにも短時間で、それに実験もせず人に合う薬を作ってしまったのだ。自分は到底及ばないと呆れると同時に、腹の底から尊敬する気持ちをより一層高まらせていった。
「この調子なら、明日からは普通のもんも食べられるだろう。良い回復だ。俺たちと一緒に食べるか?」
その問い掛けに、ルルノは躊躇いなくこくりと頷いた。
「そうか。度胸あるな」
ルルノの返答に、嬉しそうに微笑んだ。
「夕餉はまた同じ粥を作るつもりなんだけど、何か変えて欲しい味付けとかあるか」
注文があればそうしようと思って聞いたが、ルルノはふるふると首を振った。
「ないです」
遠慮深いのか、それとも本当に注文がないのか、判断が難しい反応だった。だが、どちらにしてもこれ以上追求したところで変わらないと思ったので、セクタはその返事で納得することにした。
その後で、ルルノは自分はどうしてここに眠っていたのかということを訊ねた。そして、三日眠っていたことと、体がぼろぼろであったこと、そして婀瓏孅の薬によって治療されたということをセクタから教わった。
ひとしきり今日までのことを説明すると、セクタは夕餉を用意があるからと言って部屋を出て行ってしまった。
ルルノは、無意識に天井を、それを通して空を仰いだ。
妖怪が人を助けるというのは、あまり聞いたことがない。そんなこともあるのだ。そう思う反面で、いつか喰われるのだろうと、これからのことを冷めた気持ちで諦めていた。
ふと、ルルノはセクタの言葉を思い出す。妖怪と一緒に食事をすると、食卓には人の肉が並んだりするのだろうか。そういう疑問がルルノの中に生まれた。
セクタが退室してから、ルルノはしばらく食事について考えた。そしてその思考の締め括りに、小さく「肉は、肉」とだけ呟いた。
部屋に一人のルルノは、特にすることもなかったので、ただ上半身を起こしたままで、ぼうっと考え事を続けた。思い出せない今までのこと。想像がつかないこれからのこと。何一つ掴めぬまま、ただ思考に心を預けていた。
そうしている内に、やがて日も沈み始め、周囲が薄暗くなってくる。そういった時間の流れを目にして、ルルノは考え事を止めると、橙と黒とが絡む障子の色を眺め、そこにじんわりとした現実らしさを感じていた。




