石段を越えて
「それじゃあ、ルルノ。俺は先戻ってるぜ」
そう云って、両足に力を込める。石段を駆け上る気らしい。
「あ、セクタお兄さん。私はこの熊さんの用事を聞いてから戻るので、明日頃帰ると、先生にお伝え願えますか?」
「あ? あ、そか。そうだな。判んないわな」
そう云うと、セクタは呵呵と笑った。なぜ笑われたのか判らないルルノは目を丸くしてしまう。
「ルルノ、その熊な、お前を上に運んでやるって云ってンだ。乗せて貰うと良い」
セクタの言葉に目を丸くしてから、改めて熊を見る。そして、脳裏で言葉を繰り返し、咀嚼する。
「熊さんが、何をどこ……私を? え、私を?」
「そ。ルルノをこの石段の先、門の前まで」
自分と上を指差され、それを追って見上げる先は、幅十尺というほどの幅広い石段が延々と連なる遥か先、山の頂。
「本当ですか!? ほ、本当ですか熊さん?」
ルルノが問いかければ、熊は相変わらず小さく吠える。それは不思議と、肯定を現す声のように、聞こえなくもなかった。
「ありがとうございます熊さん! 着いたらお礼します!」
すると今度は、幾らか嬉しそうに、熊が吠えた。
それを微笑ましく見守ってから、そうだ、とセクタが手を打つ。
「ルルノ。麻綱持ってるか? 貸してみれ」
「はい、ありますけど」
ルルノは荷物を改めて解き、麻綱を取り出すと、セクタに渡した。
麻綱は、荷物をまとめたり、濡れた衣類を干したりする為に持ち歩いているものである。
「おお、ずいぶんくたびれてるな。よっと……まあ、切れないだろう」
それを持って、熊に少し話しかけると、首に掛けた。
「よし。これ掴んでりゃ少しは安全だろう」
「わあ、手綱ですか。ありがとうございます、セクタお兄さん」
云いながら荷物を片付ける。そして片付け終わった荷物を担ごうとしたら、それをひょいっと取り上げられた。
「落っことしちゃいけねぇからな。荷物だけは持って帰っといてやるわ。ほれ、杖も菅笠も寄越しな。良し。それじゃあ、また後でな」
云うが早いか、足腰に力を入れたかと思うと、セクタは石段を駆け登りあっという間に見えなくなってしまった。
「わあ、速い……私も、いつかは駆け登れる様にならないと……いつか」
それは果たしていつの日か。
差し当たり今は熊に甘える。そう固く決意している。
「それじゃあ、えっと。すみません、お待たせしました。よいしょ、よいしょっと」
伏せてくれている熊に、足を掛け、どうにか熊の上に乗る。意外に大変だった。
「わあ……それじゃあ、お願いします。熊さん」
ルルノがそう云うと、熊は、ゆっくりと立ち上がった。ルルノは少し姿勢を崩しかけたが、手綱のお陰で転げ落ちることだけは防げた。
そこでどうにか姿勢を正すと、熊は少し遠慮がちに、石段を登り始めた。しかし、それから少しずつ熊は加速を始め、あまり大きく揺れない程度、ルルノが落ちない程度の速度で、軽快に石段を駆け上がっていった。
「速い! 快適! ちょっと怖い!」
熊の背で、楽しそうにルルノは笑った。
果たして幾百か幾千か、石段は続いている。快適な熊の背の旅を、しばらくルルノは楽しんでいた。




