拾われた迷子
「迷子が迷子になった理由に関しては、それでお終いです。その後、運良く一人逃げ延びた娘は、ある日」
「質の悪い酔っ払いに掴まった、と」
溜め息交じりに、図讖戯の言葉を遮った。
「まぁそうですね」
言葉の内容は否定せず、図讖戯は静かにお茶を啜った。
「あとは余談になりますが、ハルエラの娘で、万物を愛し万物に愛される女神がいまして、名前をルルといいます」
話を進めながら、苛立っている婀瓏孅に茶を勧める。勧められるままに、茶を一口飲み、大きく息を吐いて、池を眺める。
「その村では、体の弱い子供生まれた時にはその女神の名を付け、健やかに育つことを願う習慣がありました。そして婀瓏孅さんの預かった迷子も、未熟児として産まれた為、ルルと名が付けられておりました。一人火事から逃げ延びることができたのも、あるいはその名前の加護の御陰かもしれませんね」
大きく呼吸をしながら、図讖戯の言葉に違和感を感じて問い掛ける。
「ルルって言ったかしら。あれの名前は、ルルノではないの?」
「えぇ。それはこれです」
そう言いながら、袖から二つの木の板を取り出す。それには『ルル・ノ』という文字と『ヤーシュ』という文字がそれぞれに刻まれていた。
「彼女はお守り代わりに、自分の名が刻まれたこれを母親から託されていました。そして、これを見た玉蟾さんが、この様に真っ二つにして、彼女に新しい名を与えたのです」
それは、玉蟾が玉虫に命じて両断させたものであった。それを、どうやら図讖戯は拾っていたらしい。
婀瓏孅の脳裏に、満足そうに新しい名を付ける玉蟾の顔が浮かぶ。そのことで、思わずくすっと噴き出した。
「本当にあいつは、名付けるの好きね」
婀瓏孅は呆れながら頭を掻いた。そして、空いた手でその木片を図讖戯に返す。
以前に婀瓏孅が玉蟾に何故名付けるのが好きなのかと訊いたことがあった。その答えは、名付けると自分が産んだような気分になれるから、とのことであった。
「迷子の彼女が、自分の故郷でどう育ったか。そんなことは、新しい保護者様がご自分でお聞きになればよいことですので、お話できる内容はこのくらいですか。婀瓏孅さんの求める様な、玉蟾さんがあなたに預ける人間がルルノさんであった理由は、恐らくありません。ただ偶然に出会い、そして興味を持ったのがあの少女であっただけでしょう」
そう言われた途端、急に肩の荷が下りた気がした。そしてそれを感じると共に、自分が玉蟾のことを意識し過ぎているのだと気付き、笑ってしまいそうになる。
「そうなの。でも、あの子が偶然選ばれたのだとしても、それを育てるということに含むところが全くない、というわけでもないでしょう」
少し試す様に探りを入れる。けれど図讖戯は表情を崩さず、茶を啜りながら、婀瓏孅を優しく見つめる。
「それはお察しの通り、お答え致しかねます」
優しげではあったが、有無を言わせない拒否。
これは、知らないから話すことが出来ないという答えではない。その答えは自分で探さなければならないと、彼なりの言葉で言ったのである。
「残念ね。いいわ、ありがとう」
納得してに頷くと、それ以上の問いかけは諦めた。
この情報屋は、自分で言っても構わない情報は出し惜しみせずに話すが、話してはいけないと判断した情報はどうあっても口にはしない。すぐに諦めたのは、それを知っているからである。




