ルルノの限界
生死の確認が済むと、ゆっくり仰向けに寝かせ、そのまま浴場で診断を始めた。
婀瓏孅はルルノの右手首の脈に触れ、そのまま深い呼吸をしながら目を閉じる。深く長い呼吸を四回繰り返すと、今度は位置を動いて左手首の脈に触れ、同じ様に深く長い呼吸を四回繰り返した。
それを終えると、婀瓏孅はルルノの手を床に下ろし、静かに溜め息を吐いた。
「いったいこの子を何処から連れてきたのかしら」
全身の汚れに不自然な痩せ方。生まれつきそういうものかと思っていたが、今の脈診で異常だということが判った。臓器がどれもかなり弱っていて、均衡が取れていない。額に触れてみると発熱している。腕や足に触れてみれば全身の筋肉ががちがちに強張っている。詳しく診てみないことには完全には判らないが、触った感覚が不自然なので、恐らくはどの筋肉も酷く損傷している。
こんな状況で平常にしていた今までがおかしかった。だから今気絶したのは、体が痛みに堪えきれなくなり、本来あるべき反応をしただけなのだと婀瓏孅は理解する。
「無理が切れた、か」
恐らくは、ここまで張り詰めていた緊張の糸が切れた、ということなのだろう。
玉蟾に拾われるまでも、そしてここ来てからも、ルルノは表に出さずに無理をし続けていた。それが湯を浴びて体を洗ったことで泡と共に解けてしまい、今までの無理全てが体に表れてしまったのだろう。
「ふぅ。仕方ない」
服を脱いだのだからせめて湯船には入りたいとも思ったが、ルルノをこのままで放っておいて死なせるわけにもいかず、婀瓏孅は渋々とルルノを抱え上げると、絞った手拭いでルルノの体を拭いて脱衣所に出た。ルルノの体は見た目以上に軽く、非力な婀瓏孅でも軽く持ち上げることが出来た。そして、強く抱いたら崩れ落ちてしまいそうなほど、儚いものに感じられた。
脱衣所に出てから、ルルノを腰掛けに寝かせて少しの間待っていると、皐詠舞祷が二人分の衣服を持って現れた。
「もう出られていたのですか?」
驚きながら、持ってくることが遅れたことを詫びようとした。しかしそれよりも早く、婀瓏孅は理由を説明して詫びを押しとどめる。
事情の説明が終わると、皐詠舞祷は自分が運びましょうかと訊き、それを婀瓏孅が私にやらせて欲しいと断ると、そのまま退出していった。
「さて、と」
まずルルノの体を改めて拭き、持ってきてもらった衣服を着せ、それを終えると自分も衣服を纏い始めた。
衣服を纏いながら、婀瓏孅は小さな喜びを覚え、静かに笑った。
ルルノが無理をしていて良かった。あの何も言わず、言われた通りをこなす状態で完成していたら、自分にできることは単純な世話だけかと思っていた。だが、この様子を見るからには、まだ本来の状態ではないのだろう。まったく、手間の掛かる。
この喜びは、そういった思いによるものであった。
自分の着付けが終わると、そっとルルノを抱え上げ、婀瓏孅は自分の部屋に向かって歩き出した。そして歩きながら、婀瓏孅は意識のないルルノに小さく声をかける。
「成長なさい。私の目の中で、雲の様に変わっていきなさい」
ルルノに向けた、特に考えのない独り言。それを言い切ると、雲は形を変え、やがて消えてしまうことに気付いた。
「ふふ、老い朽ちて醜くなる前には、喰らってあげようかしら」
あまり思いを馳せない遠くもない未来を夢想しながら、この子供との生活がつまらないものでないことを願い、婀瓏孅はまた静かに笑う。




