穏やかな始まり
婀瓏孅は、自分に人間の世話などできるだろうかと一瞬だけ思い煩ってみるが、そんな思案にあまり良い意味はないだろうと気持ちを切り替え、何をすべきかを考え始める。
玉蟾が帰ってから少し経ってから、まだ玄関に突っ立ったままで、婀瓏孅は再び少女に目をやった。ルルノは無表情で、ただ婀瓏孅をじっと見つめている。目が合っても、逸らそうともしない。
「ふぅん」
少女の痩せた四肢、乾いてボロボロの肌、そしてやつれた顔。決して美味そうには見えない。だが、これを元気にしてみるのは面白そうだ。美味そうに育てるのもまた一興。そう思うと、自然と笑みが湧く。
しかし、婀瓏孅と玉蟾が最も面白いと思ったのは、少女の心。今はぼろぼろだが、生まれついてのものか、その虚ろな目の奥の方に、とても貪欲に生きたいという力強い欲求が宿っているように感じる。この往生際の悪い少女が、どう育っていくのかを見たい。どれだけ死ぬのを拒絶するのかを見てみたい。それが、二人が抱いた思いであった。
「ねぇ、ルルノ。あなた、死ぬのは恐い?」
漠然とした問い。それに、ルルノは少し悩んでから答える。
「恐いです。でも、死ぬのは、仕方ないと思います。でも、死にたくないです」
その言葉に嘘がないことが、なんとなく婀瓏孅には判る。だからこそ、これは良いと思った。
「そう。素直な子は好きよ」
ルルノの頭を軽く撫でる。すると、手が砂でざらついた。
髪を良く見てみれば、砂利や枝などが入り込んでいる。このまま屋敷をうろつかせるのは汚くて嫌だなと婀瓏孅は思った。
「まずは洗わないと……ふふふ、最初から手間の掛かる。綺麗に洗って、まるで食べてしまうみたい」
これから飼う人間を洗うということが、どこか野菜を洗うような印象を受けて、婀瓏孅はくすくすと笑った。その笑みは、少しだけ玉蟾に似ていた。
そんな様子にもルルノは怯えることなく、ただじっと婀瓏孅を見ていた。動かない少女に背を向けて、婀瓏孅は少しだけ中の方へと歩いてから振り向いて、声を掛ける。
「来なさい、ルルノ。今日からここが、あなたの寝床になるのよ」
痺れる様な美しい微笑みを浮かべながら、流れる川の様に言葉を紡ぐ。
ほんの僅か、ほんの僅かだけルルノは迷ってから、壊れている履物を足の裏から剥く様に脱いで、婀瓏孅に続いた。
ゆっくりと、しかしどこかひょこひょことした愛らしいルルノの歩き方を見て、婀瓏孅は今更ながら、この少女が子供なのだと認識する。
「汚れを落としたら、そうね、まずはあなたの体を調べましょうか」
言いながらルルノを見ると、自分にこれから何が起こるのか掴みかねている表情で婀瓏孅を見上げているルルノと目が合った。その少女の目があまりに純朴なものだったから、くすりと笑う。自分は何をしているのだろう。そう思う度に、小さく笑わずにはいられなかった。
そんな二人の前に一人の女が現れた。その女は軽く会釈をして通り過ぎようとしたが、婀瓏孅の横にいる少女が気になったようで、立ち止まり声を掛ける。
「先生、そちらの子供はどうされたのですか?」
女は子供を見下ろす。食べるにしてはあまり美味しそうに見えないので、逆に興味を持ったのだ。
「あぁ、皐詠舞祷。丁度良かったわ」
婀瓏孅はどうも考え事に夢中で、横を過ぎる女に気付いていなかった様子。




