玉蟾と婀瓏孅
婀瓏孅はそっと玄関に立つと、そこから玉蟾に声を掛ける。
「あなたがお茶以外で来るなんて珍しいわね。どんな用なのかしら」
溜め息混じりの挨拶。今の今まで薬の調合していたのか、生薬の匂いがその溜め息と共にルルノと玉蟾の鼻に届いた。
「いいかしら、ルルノ。彼女はこの広い屋敷の内に少し、そして屋敷の外に多くの弟子を持つ妖怪で、主には調薬をおこなっているの。薬の腕で高名な妖怪よ」
婀瓏孅や玉虫にも聞こえる声量で、玉蟾は婀瓏孅のことをルルノに説明する。
今この屋敷に住んでいる内弟子は六人だけだが、屋敷に通ってくる弟子が三十二名いるので、現在は計三十八名の弟子を抱えていることとなる。だが、その三十八名の弟子の他に、その弟子から学んでいる者、かつて婀瓏孅から薬術を学び独立した者、薬道を諦め別の道に進んだ者などが多く存在する為、正確な数字は婀瓏孅でさえ把握はしていない。
呼び出され、その上反応を貰えない婀瓏孅は、整った顔を歪ませて不満を表現する。
「薬を置いて折角来たのだから、放っておかないでくれるかしら」
「ちょっとした用なのよ。すぐ終わるわ。終わったら私は帰るけどね」
そう言いながら、玉蟾は玉虫とルルノを連れて玄関に入った。
婀瓏孅は玉蟾の連れた人間の子供が気になり、そちらをジッと見つめる。
「それは何? 土産なら、もっと美味しそうなのが嬉しいのだけど」
「明察ね。だけれど食用じゃないわ。これは土産で、これが用事」
「はぁ?」
玉蟾の意図が判らず、間の抜けた顔で色気のない声を漏らす。
そんな表情を見て満足そうに、玉蟾はくすくすと笑う。人の悪い笑みがよく似合う。
「この子をあんたに預けるわ。育てなさいな」
意図は不明なままだが、これ以上なく判り易い注文である。
その言葉があまりに想像を逸していたので、婀瓏孅は表情を変えずにしばらく固まってしまった。しかし、何通りと頭の中で考えてみたところで玉蟾の意図が掴めず、一度大きな溜め息を吐いてから、額に人差し指を添えて、訊ねる。
「それを育てることの意味は」
問われているという自覚がなければ問い掛けられたことに気付かないような口調。意図してのものではなく、人の腹を探ろうとする時の婀瓏孅の癖である。
「特にないわ。戯れよ」
手を振りながら答える。だが、そんな言葉では誰も納得するはずもない。
「そう。なら断りたいわね」
意図を話させる為の拒絶ではあったが、もしも断れるなら断りたいという気持ちも嘘ではない。そこまで暇があるわけではない。身元も判らぬ人の子など、好んで育てたいとも思えない。
「ふふ。苛立つようなら喰べてしまっても構わないから、育ててみなさい」
互いに互いの気持ちが判るので、玉蟾はまたも婀瓏孅の言葉をのらりとかわす。この手のやりとりでは、玉蟾の方が常に上手であった。




