新しい名と新しい場所
「判りました。では、舟を瓏々邸に向かわせますね」
努めて興味を逸らそうとして、玉虫の表情が硬くなる。
そんな様子を見ていると、むずむずと玉蟾はからかいたくなってくる衝動に駆られた。
「お願い。久しぶりに、婀瓏孅と酒も飲みたいのよね。丁度酒なら積んでるわけだし」
「これ以上飲まないでください!」
「冗談よ」
思った通りの反応で、玉蟾は無邪気に喜ぶ。対して、遊ばれたことが判っている玉虫は、面白くなさそうに、また拗ねた様に少しだけ唇を尖らせた。
玉虫が話さなくなったと見ると、玉蟾は少女へと振り向く。
「ねぇ、ルルノ」
声を掛けられたことに驚き、少女は僅かに揺れた。
「あんたはこれから、人間を喰う妖怪の屋敷で生活をすることになるわ。生き残りたければ、嫌われないことね」
「あ……はい」
恐れた様子はない。だが、平然としているわけでもない。
困惑しているし、諦め気味な顔。その癖、生きる方向に進むことには躊躇っていない。枯れている癖に水を吸うことを止めない木の様な、そういう強さを玉蟾は少女から感じていた。そしてそんな曖昧で掴めない部分を持つ少女を、玉蟾は気に入った。
「ルルノ、私の名前は?」
不意に、玉蟾は自分を指差し、少女に問う。
「ぎょく、せん」
対して、言葉を出すことに詰まりはしたが、少女は淀みなく答えた。
「このっ! 玉蟾様を呼び捨てに!」
そんな今にも抜刀しそうな玉虫を、玉蟾は刀の柄を押さえて黙らせる。それに従い、苦い顔のままで玉虫は渋々と引き下がった。
そして、引き下がった玉虫を指差して再度問う。
「あれは?」
「たまむし」
この回答を聞いて、自分が呼び捨てにされたことでまた少し玉虫は不満を覚える。だから、玉虫は少しばかり、少女が婀瓏孅に食われてしまえと願った。
「これから行く場所と、そこにいる相手の名前は」
「ろうろうていに、住んでる……あろう、せん」
その回答に満足したのか、にかっと笑い、少女の手を引いて舟へと向かう。
「生きたいって気持ちがあるわね。貪欲。それに度胸もあるみたい。そういう変な子は好きよ。美味しくなりそうだから」
この状況で、あの歳で、生き残る為にしっかりと他人の話に耳を向けて理解している。そしてそれを、物怖じずに言葉にできる。そんなところに、玉蟾は尚更興味を覚えた。
軽やかに舟に乗ると、戸惑う少女に手を伸ばし、舟へと乗せる。
「さぁ、行くわよ。そしてそこで、新しい名前と共に生きてみなさい」
そう言うと、玉蟾は雑に少女の、ルルノの頭を撫でた。




