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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

消えた円環 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あちゃ〜、もう売り切れになっちゃってたか〜。

 やっぱり居残りを食らった後じゃあ、時間的に遅すぎましたよね。このお店の数量限定、カレーコロッケ。先輩は食べたことあります? 

 純粋においしいかと聞かれるたら、微妙なところかもしれませんが、なぜか舌がとりこになってしまう……そんな不思議な味なんですよ、私にとっては。

 

 くせになる味って、ついつい食べたくなりません? 特に一般受けしなさそうなものだったら。それが手に入らなかったりすると、「あ、私以外にも食べている人がいるんだな」って嬉しいような、さびしいような気持ちになるんです。自分だけが知っている穴場は、実は誰かさんにも知られていましたよ〜、みたいな。

 自分だけが味わいたい、独占したい。そんな気持ちが私は強いのかもしれないですね。先輩もありませんか? 同じような思いをすること。けれど、そこにつけこまれて、不思議な体験をした友達がいるんです。

 どこか別のお店で、食べながら話しましょうか。


 数年前。友達はフラフープにはまっていたらしいんです。

 開放される体育倉庫から引っ張り出してきて、ひとり校庭や体育館の片隅で、時間いっぱい回すんだとか。

 数十分連続で回すんじゃないですよ。輪っかと一緒に自分の腰もぐりんぐりん回す、素人丸出しのやり方です。

 数回続いたら上等で、彼女は何度もフラフープを地面に落としちゃいます。場所が体育館だったら、音だって響きます。

 あまりの成長のなさを見かねてか、フラフープの上手い子が何度か指導してくれたんですけど、それもじきになくなりました。

 友達の悪いところは、自分のやり方を決して変えないところ。

 人の話はちゃんと聞くんです。しきりにうなずいて、目の前で指導通りに動くことだって、できるんですよ。

 けれど目を離したり、時間が経ったりすると、今までのスタイルに戻ってしまいます。二度、三度と指導しても、いずれは元のもくあみ。

「あ、こいつ直す気ないわ」。そう感じて、だあれも、彼女のそばに寄ろうとしなくなるんです。

 そして彼女は、フラフープを持ち上げ、回しては、落とし、また持ち上げて……をずっと繰り返すんです。


 しかしある日。変化が訪れました。

 雨でしたが、いつもよりひと気が少ない体育館。彼女はまたフラフープをしようと、倉庫の中へ足を運びます。

 道具も同じものを好んで使う彼女は、黄色のフラフープを愛用していました。学校の発注の関係か、体育館倉庫に黄色いフラフープは一本しかないのですが、他の人は特に色にこだわりがなく、奪われることはほとんどありません。

 無事に確保した彼女は、いつものポジションである、更衣室前のマット近くに立ちます。他の人はバスケをしている数人と、縄跳びをしている女子が三人ほど。いずれからもかなり距離を取っています。

 これで邪魔されない、と彼女はほくそ笑みながら、腰まで持ち上げたフラフープを回し始めました。


 ところが、厚さ9ミリのフラフープをぐるりと一周回した時。

 突然、輪が小さくなり出したんです。「あっ」と彼女が声を漏らした時には、すでに腰回りと同じくらいに狭まっていたとか。

 輪はなおもサイズダウンを続け、彼女の腰をぎゅうぎゅうと締め付けます。着ていたブラウスのしわが、へそを中心に広がっているのがくっきりと見え、のどから胃が飛び出すかと思うほどの容赦のなさ。

 

 ――身体がちぎれちゃう。

 

 友達が助けを呼ぼうとする直前、ふっと腰回りの圧が消えました。

 声も中途半端に詰まって「ひょっ」と、肺の空気が漏れ出す音がわずかに出たばかり。体育館にいる人は、誰一人として、反応しませんでした。

 フラフープは消えています。跡形も残さずに。

 気味が悪くなった友達は教室に帰り、残りの時間、机に突っ伏していたとのだとか。

 気分を変えようと、帰り際に好きなケーキ屋さんでお気に入りのモンブランを食べ、スーパーにも立ち寄って、お気に入りのお菓子もいくつか購入。

 めいっぱいお腹を膨らませた友達は、今日の不思議な出来事を誰にも話さず、そのまま寝入ってしまったとのこと。

 

 数日後。フラフープを避けるようになった友達は、休み時間の過ごし方が分からなくなり、教室の机でぼーっとしているか、居眠りをするかのどちらしかしなくなったそうです。

 あれから一度だけ、体育館倉庫のフラフープを確認しましたが、やはり黄色が見当たりません。他にフラフープを使っている生徒も、黄色を持ち出している人はいません。

 あの日。トイレで腰回りを確認した友達は、あれだけ締め付けられたのに、青あざとかが残っていないことを確認していました。黄色のフラフープの痕跡は、根こそぎ消されていたのです。

 考えるほど、頭が痛くなってきた友達。「今日の帰りも、あのケーキ屋さんで気晴らしをしよう」と、授業中も先生の話を聞き流しつつ、ぼんやり考えていたのだとか。

 

 ところが、放課後にケーキ屋さんをのぞいてみると、モンブランは売り切れ状態だったんです。珍しいこともあるな、と友達は思いました。

 このケーキ屋さんは知る人ぞ知る穴場。いつもケーキは余り気味で、ことモンブランに関しては、売り切れる姿を見るのは初めて。

 モンブラン以外のケーキに興味のない友達は、そのまま店を後にしたそうです。明日こそは堪能してやるぞ、と心に誓いながら。

 

 しかし次の日も、その次の日も、モンブランは売り切れだったのです。

 3日目に関しては、わけあって午前中で授業が終わり、ケーキ屋の開店から3時間以内に滑り込んだにも関わらず、モンブランはショーケースの中に見当たらなかったのです。

 さすがにいぶかしんだ友達は、店員さんに探りを入れます。「誰が食べたのか」では直球すぎるので「モンブラン、人気なんですね」と。

 しかし、店員さんは首を傾げます。「モンブラン、うちに置いていましたっけ?」と。

 

 店員さんは真顔です。とぼけているようには見えず、本当に知らないといわんばかりです。

 ――「扱うのを止めた」なら百歩譲って理解はできる。けれど、「置いていましたか」ってどういうことかしら。

 友達は首を傾げつつ、スーパーへ。いつも摂取を欠かさない、例のお菓子を買うためです。

 しかし、そのお菓子はなかったのです。いつも置いてある棚は、配置を変えたり、新製品にスペースを取られたりしたわけではなく、今まで隣り合っていたお仲間の増援に居場所を奪われていたのです。

 そして、あのお店のモンブランと同じく、その姿を友達の前に、二度と見せなくなりました。まるで初めから存在していなかったかのように。その状態は、別のスーパーやコンビニをはしごしても、変わらなかったそうです。

 

 それからも友達が「おいしい」と思うものは、次々に姿を消していきました。

 モンブランと例のお菓子は、お気に入りのダントツであったので、そればかり食べていただけ。他に好きだと思うものがなかったわけではありません。

 しかし、妥協でそれらを選ぶことができたのは、一度だけ。手に取り、口に入れたそのお菓子は、二度と店頭に並びませんでした。

 

 ――私、もう何も食べない方がいいんじゃないかな……今はお菓子だけだけど、もし他の食べ物にまで及んだら。

 

 怖くなった彼女は、家での食事もほとんど手をつけなくなり、なくなるのを見越して部屋にストックしたお菓子を、細々と食べて過ごしていたそうです。運動もしなくなった彼女は、じょじょにお腹回りがきつくなってきた、とも。

 

 数ヶ月後。彼女の気に入っていた食べ物は、もはや彼女の部屋の各所にしかありません。最後の一切れ、最後の一袋を残し、親による掃除の魔の手も退けてきた精鋭ばかりです。

 もうあまり食べずとも、食欲は湧いてきません。その晩も、コップ一杯の水だけでしのぐ彼女は、ベッドへ寝転がり、肉付きがよくなってきた自分のお腹をぷにぷにとつまんでため息をつきながら、うとうとまどろんでいました。

 そして真夜中すぎ。突然、ぎゅっとお腹が締め付けられる痛みがして、飛び起きる友達。

 フラフープに締め付けられた、あの時と似ています。思わず、パジャマの裾を引っ張り上げ、腰回りに手を当てて、ぞっとしました。

 寝る前までぷよぷよだったお腹が張ってきている。いえ、厳密にはお腹周りに、輪のようなミミズばれのようなものが浮かんでくるんです。

 時間を追うごとに、くっきりと見えてくる腫れ。増してくる痛み。たまらず友達は、虫のように上半身を折り、丸まってしまいます。


 ――あの時のフラフープだ。


 友達は目をつぶり、脂汗を掻きながら、痛みの中で頭を必死に働かせます。


 ――締め付けて、消えたんじゃない。入り込んだんだ、私の中に。そしてずっと今まで……。


 そこで限界でした。お腹を押さえていた友達の手を押しのけて、飛び出すものがあったんです。

 フラフープ。学校で使っていたそれが、寝ていた布団を飛び越え、部屋の床に転がり出ました。黄色の下地へ、全体的に白や赤がまぶされていますが、それだけではありません。


 輪っかに、いくつもの栗の実、うすい黄土色をしたクリーム、チョコレートやスナックがどろどろに溶けたものが、くっついているのです。

 その姿はまるで、ゴテゴテにデコレーションした、特大のドーナツでした。

 床に転がった時の揺れが収まると、フラフープはひとりでに低く浮き上がると、野球のライナーのように、ベランダにつながっている部屋の窓へ飛んでいき、大きな音を立ててガラスを砕くや、外へ飛び出していってしまったそうです。

 音を聞きつけて親たちが部屋に飛び込んできました。明かりをつけると、先ほどまでフラフープがいたところは、先ほどの栗の実やクリームたちがこびりつき、寝しなにものを食べるなと、割れた窓の件も含めて、こっぴどく怒られたとか。

 そして、フラフープが飛び出した彼女のお腹は、大きく裂けたりはしていないものの、肉同士が無理やり縫い付けたような、ひどい跡が残ってしまったとか。


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