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四章閑話:格上殺しと彼との出会い【後編】


「昔のラフィって結構ワイルドだったんだねぇ」


 しかし芯の強いラフィの原点はそこにある。

ムートンはそう思い、彼女らしいとさえ思った。


「おはずかしながら……ずっと気を張ってたらいつの間にか。だけどケンさんのお傍にいた時は、不思議と気を張らずにいられました。まぁ、あの時わたしは全然素直じゃなくて、可愛げの無い女でしたけどね……」



●●●



 とある迷宮探索の日、ラフィとケンはコンビを組まされた。

二人は何故か肩を並べて荒野を迷宮目指して歩いていた。


「くれぐれもわたしの邪魔だけはしないでくださいね?」

「お前こそ一人で突出して怪我すんじゃねぇぞ」

「失礼な! わたしはそんなミスしませんから!」


 何故かラフィはこのケン=スガワラという男の前では、気張らずにいられていた。

彼が他の奴隷兵士とは違って、自分と同等かそれぐらいの実力があるから否か。

真実は彼女自身も分かってはいない。

しかし、彼の傍に居ると何故か心安らぐ。

何よりも楽しいとさえ感じていた。


「黙って歩け! 無駄口を叩くな!」


 後方の指揮官から注意が飛んだ。

ケンはわざとらしく舌打ちをし、ラフィは見えないように舌を出してアカンベェをした。

 今日の回収目的はLRレジェンドレアアイテム「生命果実ルプリン

あらゆる生命を完全回復させる希少アイテムの一種であり、高値で取引される貴重なものだった。


 ラフィとケンはいつものようにアスモデウス迷宮の枝洞へ入る。

彼女達は行く手を塞ぐ雑魚モンスターをあっさりと蹴散らし、そして目的地である、草原地帯のようなエリアにたどり着いた。


 目の前には大きくて立派な木があった。

 葉がまるで緑色の宝石みたいに輝きを放っている。

 枝の間にはリンゴ位の大きさの、緑色をした綺麗な「生命果実ルプリン」が実っていた。


 だが目標を目前に捉えたラフィとケンは、気を引き締め、それぞれの構えを取り、すぐさま臨戦態勢へ移る。

 刹那、大樹の上から、巨大な四足の影が降り立ってきた。


「ガァァァァ―ッ!」


 翡翠の鱗に覆われた、巨大な四足歩行の狼。

生命果実の木に住み着き、エリアを守護する存在――「ボックバンディット」が姿を現した。


「スガワラさん、では打ち合わせ通りに!」

「おう。お前も気をつけろよ!」


 ラフィとケンは同時に飛んだ。

 ボックバンディットは巨大な前足で地面を蹴った。

その巨体に似合わず俊敏な動作で鎌のような鋭い爪が付いた前足を振り落す。

 しかし既にその攻撃を予測していたラフィは飛んで回避する。

そればかりか巨大な前足の甲へスッと降り立ち、そのまま腕の上をひた走る。


「はぃっ!」


 飛び上がり、空中から繰り出された鋭い回し蹴りが頭部を捉えた。

ボックバンディットの鋭角な角が折れ、一瞬白目を剥く。

しかしすぐに意識を取り戻し、滞空状態にあるラフィへ幾重にも連なる凶暴な口の牙を差し向けた。


「ガッ!?」


 ボックバンディットの頭部へボールのようなものが投げつけられ、爆発する。

目下では魔石爆弾を持った黒髪の奴隷兵士:ケン=スガワラが少年のように親指を立てて、ラフィへサインを送っている。

 彼の援助とその表情にラフィの頭は一瞬でのぼせ上がる。

しかし今は戦闘中。


――だからこれなんなの!? ダメダメ、集中集中!


 ラフィは足元へ魔力を発生させてステップとして再び飛ぶ。

そしてもう一撃ボックバンディットへ蹴りを浴びせて怯ませ、地面へ降り立った。


「ガオォォォン!!」


 するとボックバンディットは目を血走らせ、怒りに満ちた咆哮を上げた。

 どこからともなく緩やかな風が吹き込み始めた。

緩やかだった風はすぐに強さを増し、渦を巻く小さな竜巻と化す。

窮地の時、風属性であるボックバンディットが発生させる技。

草木が激しく揺れ、地面が風で削がれてゆく。

しかしそれはラフィとケンの狙い通りだった。


 風はターゲットをラフィと捉え、執拗に迫る。

風の勢いは凄まじく、触れれば鋭利な刃物の如く、肌を深く切り裂く。

幾ら俊敏であるラフィであっても、完璧に回避することは叶わない。

だが、多少の傷を回復で補い、ギリギリ致命傷を避けることは可能だった。

 攻撃を受けながらも依然、ちょこまかと動き回るラフィにボックバンディットは夢中になって風を放ち続ける。


 その隙を突いて、ケンはまっすぐとひた走り、生命果実ルプリンがたわわに実った大樹へ飛び付いた。

 林檎程の大きさの緑色をした果実をもぎ取り、大きく掲げてラフィへ見せる。


――よし、目標達成! 後は!


 ボックバンディットの隙を見て、狼牙流星脚ウフルメテオシュートを叩き付ける。

そして全力でこのエリアから脱出すれば、この目標は完全達成。

 丁度その時、ラフィはボックバンディットの前足プレスとつむじ風を完璧に回避した。

攻撃直後の硬直状態にある巨大モンスターの頭部に狙いを定め、足に魔力を収束させてゆく。紫の魔力が集まり、彼女のつま先に生じた魔力の塊が膨張を始める。

だが、そんな彼女は背中に冷やりとした感覚を得た。


「――ッ!?」


 ラフィの頭上で煌めく鋭い爪。

もう一体存在したボックバンディットの爪が振り落される。

 悲鳴は痛烈な痛みにかき消され、背中を切り裂かれたラフィは紙切れのように宙を舞う。そして地面へクタリと倒れ込んだ。


 ジワリと地面へ血が広がってゆく。

ラフィは懸命に魔力を回復へ回してゆく。

しかし激戦で魔力を使い過ぎたためか、傷はなかなか塞がらず、出血が止まらない。

そんな彼女へ、二匹のボックバンディットがゆっくりと迫る。

 既に意識は霞かかっていて、判然としない。


 すると突然体がふわりと浮かんだ気がした。

 微かに聞こえる、覚えるのある息遣い。


――この声は、スガワラさん……?


「しっかりしろ! 帰ってこい、バカ女!」


 次に見えたのは、今にでも泣き出しそうなケンの顔だった。


――口は悪いのに、これって心配してくれてるんだよね……


 ラフィは温かさ感じる。まだ、あと少し、彼の顔を見ていたい。

しかし無情にも視界の霞が強まり、すっかり彼の顔が見えなくなる。


「お前、何をするつもりだ!?」

「バカ野郎! このまま死なせるわけいかねぇだろうが!」

「止めろ! 命令に従え!」

「くっ……じゃ、邪魔だァァァー!」

「うがっ!?」



――もう、うるさいなぁ……最後くらい静かにさせてよ……



 そう思いつつラフィの意識は途絶えるのだった。



●●●



 ぼんやりと見知った天井が、薄い闇の中に沈んでいるのが見えた。

 身体が温かく、背中に柔らかな感触を感じる。

ラフィはいつの間にか自室のベッドの上に居たのだった。

 よく分からず、とりあえず起き上がってみる。

すると、視界の端に黒い影が見えた。


「おっ? 起きたか。よかった」


 脇の椅子に座って、居眠りをしていた黒髪の奴隷兵士:ケン=スガワラが目覚める。


「あの、これって……?」


 やや声がしゃがれていた。

彼はすぐさま立ち上がり、サイドテーブルの水差しからコップへ水を注ぎ、ラフィに差し出す。


「飲めよ。喉、苦しいだろ?」

「あ、はい」


 彼の優しい行為に嬉しさを感じたラフィは素直にコップを受け取り、水を飲み干す。


「おっ? 良い飲みっぷりだ。体は大丈夫か? どこか痛むか?」


 そう聞かれようやくラフィは自分がボックバンディットとの戦いで大怪我を負ったことを思いだす。しかし激しく切り付けられた背中にはわずかな痛みがあるのみ。

血糊でべったりとしていた身体も、まるで風呂上がりのように綺麗になっている。


「これ、なんなんですか? どうしてわたしの怪我が治ってるんですか?」

「まぁ、色々とな。んじゃ、俺はこれで……」


 そそくさと何も語らずに立ち上がろうとする彼を、ラフィは戦闘時のように鋭く睨む。その巨大モンスターさえ竦ませる視線は、彼を立ち止まらせることなど造作もないことだった。


「言わなきゃ本気で殴りますよ?」

「あーえっと、そりゃあ……」

「座ってください」

「あ、おう……」


 彼はまるで”呪印”が発動しているかのように大人しく椅子へ戻る。

そしてラフィの促しに従って、この状況をつぶさに語り始めた。


 ラフィはボックバンディットの攻撃を受けて瀕死の重傷を受けた。

そんな彼女のことを見捨てられなかったケンは指揮官を殴り飛ばし、希少アイテムである「生命果実ルプリン」を使って、ラフィのことを蘇生し、迷宮から連れ帰ったようだった。

 「生命果実ルプリン」の希少性は高く、組織の資金源の一角を担っている。例え正規構成員だろうともおいそれと使用は許されず、奴隷兵士の身分ならもっての他の代物だった。


「後先考えなかったんですか?」

「考えるも何も、目の前でお前が死にそうになってたんだ。見捨てるわけねぇだろが」


 彼の言葉にラフィの胸が高鳴る。

彼は自分のことよりも、ラフィのことを考えてくれていた。

組織内での愚行と分かっていても、自分を危険を顧みず、彼女に治癒を施した事実。

 それはラフィの胸の中でずっとくすぶっていた熱を、更に燃えがらせる。


「貴方、本当にバカですねぇ」

「バカバカ、うるせぇ。さてと……」


 ケンは立ち上がる。

どこへ行くのかと聞くと、「ちょっくらルプリン取ってくるわ」と答えた。

 逆らった罰として、ケンはルプリンの再回収を、しかも二つも命じられていた。

明らかにこれは”死”を命じられているとラフィは思う。


 もう二度とこのぶっきらぼうな男に会えないかもしれない。

そう思った途端、ラフィは自分の中にある、彼への気持ちが何なのかはっきりと気が付いた。


「わたしも連れてってください……貴方がこうなってしまったのもわたしの責任です……」


 ラフィは胸の鼓動を堪えつつ、震える指先で彼の裾を摘まむ。


「借りを返すだけだ」

「えっ?」

「前にお前、俺の怪我を直してくれたじゃん。その借りを返しただけだ」

「ですけど……」


 ケンはラフィの髪をクシャリと撫でる。


「心配すんな。俺は必ず戻ってくる。約束する。だからお前はここで大人しく俺の帰りを待っててくれ」


 自分のことで大変なはずなのに、目の前の彼は、自分に笑いかけてくれている。

そんな優しさと心の大きさにラフィは心を打たれた。

しかし未だ、素直になり切れない彼女は、


「お前じゃないです……わたしは、ラフィです!」

「あ、おう、それは知ってるけど……」

「お前じゃないですっ!」

「わ、分かったよ。んじゃ……行ってくるぜ、ラフィ」

「はい。無事の御帰還をお待ちしています、ケンさん……!」


 それからラフィは毎日のように居住区の入り口で、ケンの帰還を待ち続けた。

例え周りにあざ笑われようと、彼女は必死にケンの帰還を願う。


――どうか、神様、彼に祝福を。無事の帰還を……


 しかし待てど暮らせど彼は帰ってこない。

次第にラフィは不安に駆られ始める。

やはり彼は、ケン=スガワラは戻ってこないのではないか。

もう二度と彼には会えないのではないか。


――そんなことない。彼は、ケン=スガワラは絶対に返ってくる! 必ず!


ラフィはそう信じ待ち続ける。

 幾夜も、幾夜も、何度も不安で枕を涙で濡らしながらも、必死に。


「よ、よぉ……そんなところで何してるんだ?」

「ケンさん!」


 ある日の朝、彼はボロボロになりながら帰還した。

しかも腕には三つもの生命果実を抱えている。

だが既に立っているのもやっとなのか、彼の大きくて逞しい体がぐらりと崩れ出す。

 ラフィは遮二無二飛び出して、彼を正面から抱き留めた。


「出迎えサンキュー……」

「お帰りなさい、ケンさん。ずっと、ずっと、待ってましたよ」


 ラフィは無事に帰還したケンの胸の中で涙を流すのだった。


 ケンは指示以上の成果を見せた。

彼は見返りとして、首領のマルキ=セギュールへラフィの保護を要求する。

彼女の回復士としての力をバックアップにこれからも成果を出すと、ケンは約束を取り付けたのだった。


 一度の失敗は組織での失墜を意味する。

ラフィは立派な個室を取り上げられ、城砦の目下に軒を連ねる、粗末な小屋へ身を寄せる。だがどんなに襤褸で汚く、みじめな場所であろうとも、そこが彼女の新しい居場所となった。彼女が彼を待ち続ける唯一の場所になった。



「お帰りなさい、ケンさん!」


 今日もラフィは迷宮探索から無事に帰還したケンを出迎える。


「あ、おう……」


 彼は少し戸惑ったような、恥ずかしそうな顔をしていた。


「どうかしました?」

「お前、本当にあの【格上殺しラフィ】か? なんかちょっと雰囲気違うような……」

「貴方にだけですよ」

「えっ?」

「こういう姿を見せるのは貴方にだけです。これが本当のわたしです。だから……これからもどうか無事に帰ってきてください。お願いします……」


 心を込めて、本心を願い、そして語る。

すると彼はフッとため息を付き、優し気な笑顔を浮かべた。


「ああ、分かった。約束する」

「嘘つかないでくださいね。お願いしますね、ケンさん!」



●●●



「うう、ああ、ひっく……」


 ラフィとケンの昔話を聞いて、胸を打たれたムートンは子供みたく泣き出してしまっていた。


「ムーさん!?」

「あ、ごめん、凄く良い話で、ひっく……だけどさ、やっぱり、私みたいなのが、ラフィとケンさんの間に入ってよかったのかな……」


 ムートンはやはりラフィとケンの絆の間には超えられない壁があると強く感じた。


「なに、弱気なこと言ってるんですか!」


 ラフィは尻尾をピンと立たせ、そう叫ぶ。


「ムーさんだって、今や、ケンさんが大事にしてくれる人なんですよ!? 彼がそう思ってくれたように、わたし達も彼を思うだけです! 思い出の数は確かに今はわたしの方が多いかもしれません。だったらこれからたくさん作っていきましょうよ! ムーさんとケンさんだけの思い出をたくさん!」


 ムートンはラフィの言葉に心打たれる。

妙な気分も勿論するが、それでも無二の親友が応援してくれることに感謝と、ありがたみを覚えた。


ムートンはにやりと笑みを浮かべて、


「ありがとうラフィ。また君にキスしたくなっちゃったよ」

「えっ……?」

「どう? 昨晩みたいに激しいのを? 今、凄くしたいな、ラフィと」

「あ、あ! えっと、そのぉ……!」

「うそうそ冗談」

「もう、ムーさんったら……」

「ありがとう。私、頑張るよ」

「はい! 一緒に頑張りましょう、ムーさん!」



 それでもやはり、自分とケンとの間には、ラフィとのような”大切な思い出”がない。ムートンはその事実に一抹の寂しさと、僅かな嫉妬心を抱くのだった。


【ご案内】


 これにて四章は終了です。ここまでご覧いただき誠にありがとうございました。

 最終章(五章)については鋭意準備中です。早くて六月後半~七月上旬より開始する予定です。

今しばらくお待ちください。


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