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四章閑話:格上殺しと彼との出会い【前編】


「ど、どう、このお茶? 美味しいでしょ?」


 世界を二分するシャトー家の現当主:ムートン=シャトーはおっかなびっくな様子で、彼女へ問いかける。


「あ、えっと、は、はい! 美味しいですね、はは」


 黒皇ブラックキングことケン=スガワラの心の支えであり、ムートンの唯一無二の親友”ラフィ”もまた歯切れの悪い回答をしてきた。


 二人はオーパス家の貴賓室に二人きり。

静かにお茶をすすっている。

 ここにケンがいれば何とかしてくれたとムートンは思う。

が、彼は今、リオンとカフォルニア島のどこかへ遊びに行っていた。

そもそもリオンのケンに対する想いを感じ取って、二人で出かけるように促したのムートン自身。こういう状況になることは、想定内だったのだが……


――やっぱ気まずいなぁ……


 別にラフィと一緒にケンとの初夜を向えたこと、に対してではなかった。

むしろラフィと一緒に愛する男に抱かれたことには満足していた。

 問題は昨晩の行為の中で、彼女がラフィに対して、してしまったことである。


――なんで勢いでラフィにもしちゃったかなぁ……


 あまりに盛り上がり過ぎ、ムートンはラフィとも唇などを重ねてしまっていた。

 ベッドの上の親友の姿があまりに可愛かった。真っ赤に上気した頬と琴音のような嬌声は、ムートンに女同士ということを忘れさせた。欲望を掻き立てられてしまったムートンは、ケンを貪るのと同時に、ラフィのことも存分に味わってしまっていたのだった。


 男でも女でもなんでも良かった自分に驚くのと同時に、これも母親から受け継がれた淫乱の血の呪いなのではないかと感じる。

しかし血のせいばっかにするのも良くないと思った。


 だが今の空気感は非常に居心地が悪いし、これを機にラフィとの関係があまりよくないことなってしまっては困る。

 ムートンは必死に頭を捻り、そして出した答えが、


「そ、そういえばさ、ラフィとケンさんってどんな出会い方したの?」

「わたしとケンさんのですか?」


 空気ががらりと変わった。この判断は正解だったようだ。

同時にラフィがそれだけ、彼のことを慕っているとも分かる。


「う、うん! なんか気になるかなぁって、あはは」

「そうですねぇ……」


 ラフィは懐かしそうにお茶を見つめ、


「思えばあの人との出会いは最悪でしたね」



●●●


「……?」


 気づくとラフィは、手足を縛られ、薄暗い牢獄の中に閉じ込められていた。

 記憶が確かなら、彼女は迷宮の奥深くで死んだはずだった。

しかし手足を縛られ、口枷ギャグを押し込まれている以外に目立った変化は見られない。


――なんなの、コレ? ここはどこ……?


 ごつごつとした岩壁。

鉄格子の向こうでは壁に据えられた松明が頼りない炎を上げている。

明らかに迷宮では無く、人の手で作られた牢獄。

 その時、鉄格子がキィと音を立てて開かれる。


 薄ら笑いを浮かべた男が一人、二人、三人と入ってくる。

彼らの様子を見てラフィの肌が泡立つ。

彼らが今から何を自分にしようとしているのか感じ取った。


「そら、お楽しみの時間だ。たっぷり楽しませてもらうぜ」


 男の岩のような手が、身長が低い割に存在感のあるラフィの胸へと伸びる。

瞬間、ラフィは足を縛る縄をあっさりと引きちぎった。


「なっ――!?」


 上半身のバネのみでしっかりと立ち、左足を軸にして、右足で鋭い回し蹴りを放つ。

男は岩壁に叩きつけられ、泡を吹いて倒れた。


「こ、この、あま!」


 残りの二人は腰から短剣を抜き、刃を煌めかせる。

ラフィは腕の縄を簡単に引きちぎり、口枷を強い顎の力で砕いた。

破片を吐き捨て、そのまま半身の”構え”を取る。


「はいぃっ!」


 男たちが動くよりも早く、ラフィは強く一歩を踏む。

素早く繰り出した掌底しょうてい打ちは男の一人くの字に折り曲げ、突き飛ばす。

そして唖然としているもう一人へ横から、思い切りハイキックを浴びせた。

 ほんの瞬きの間に、体格で遥かに勝る男達はラフィにあっさりと撃退された。


狼牙拳ウルフマーシャル


 一族に伝わる格闘術で、若くしてその全ての技を極めたラフィにとって、並みの人間をなぎ倒すなど、朝飯前なのだった。


「う、くっ!?」


 突然、ラフィの胸の間へ激痛が走った。

息苦しさを覚えて、思わず膝を突く。

 胸元を見て見れば、そこには刺青のような黒い魔方陣が刻まれていて、妖艶な輝きを発している。

そして彼女へ黒い影が落ちて来る。

 赤黒い外套を羽織り、頬の扱けた不気味な男が、柵越しにラフィを見下ろしていた。


「答えろ、女。名乗れ」


 男が手を翳してそう呟くと、意思に反して、彼女の唇が震え始める。


「ラ、ラフィ……です」

「ラフィか。良い名だ」

「貴方は……?」

「マルキ=セギュール」


 マルキ=セギュールは淀んだ瞳にラフィを映す。


「お前を部下共の玩具にするのは勿体ない。働け。俺の探索ギルド「アエーシェマン」の奴隷兵士として」


 こうしてラフィの奴隷兵士として過酷な日々が始まったのだった。



 訳が分からないまま奴隷兵士とされてしまったラフィ。

一族を滅ぼされたのに何故人間に従わなければならないのかと思う。

 だが絶対服従の証である【呪印】を刻まれてしまった以上、逆らうことは許されなかった。

 意識に反して体が勝手に動き、跳梁跋扈する危険な序列迷宮へ押し込められる。

 序列31位迷宮【アスモデウス】

そこが、探索ギルド「アエーシェマン」が独占する狩場だった。

そしてラフィは想像を絶する光景を目の当たりにする。


 ラフィと同じように呪印を刻まれた奴隷兵士達。

例え無謀な戦いだろうとも、命じられるがまま戦い、そして死んでゆく。

もはやそれは人ととしての扱いではなかった。

 使い捨ての道具とも呼べる処遇であった。

 そして彼女自身も同じ存在。

 戦わなかわなければ生き残れない。

 他人を構っている暇などは無い。


だがそんな境遇にあっても、ラフィの気持ちに別の火が付いた。


――見捨てられない!


 例え一族を滅ぼしたのが人間であっても、見捨てることはどうしてもできなかった。

自分だけが生き残ろうなど、毛頭も思わなかった。

 ラフィは一人突出した。

狼牙拳と、得意とする回復魔法を駆使して、強敵と恐れられるゴーレムを一人であっさりと倒してしまう。


「弱い人間は下がっていてください。邪魔です」


 それがラフィの奴隷兵士として初陣だった。

 その後もラフィは無用な被害を出さぬべく、敢えて一人で戦い続けた。

 自分は他の誰よりも強い。

むしろ自分以外はいらない。

無用な被害を出す邪魔者。誰とも組む必要は無い。


 ラフィは一人で戦った。戦って、戦って、戦い抜いた。


 強敵をも恐れぬ勇気。

例え、レベル差があろうとも、必ず撃退する女戦士アマゾネス

そんな姿を見た他の奴隷兵士達はいつしか彼女のことを【格上殺しのラフィ】と呼ぶようになっていた。


 そうした活躍は、彼女に恩恵をも齎していた。


 アエーシェマンの第一線で目覚ましい活躍をする彼女には、奴隷兵士の身分ながら、様々なものが与えられていた。

 一人で自由にできる個室。柔らかいベッド。温かい食事。そして首領であるマルキ=セギュールからの賞賛。


 そんな彼女だったのだから当然、疎ましく思う者もいた。

彼女との性交を狙う構成員や同僚の兵士もいた。


 だからこそラフィは、そんな不埒な輩から自らを守るべく、気丈に振舞い続けた。

孤独を貫き通した。


 全てはできるだけ多くの同僚を守るため。


 そんな生活が暫く続いたある日のことだった。



●●●



 いつものようにラフィは一人で迷宮深くに潜り、強敵と対峙していた。

 敵は見上げるほど大きな巨人:オーガ。その数5。


――いつも通り、けちょんけちょんにしてあげます!


「はいぃっ!」


 鮮やかに飛び上がったラフィは、鋭い蹴りをオーガの頭へ叩きこむ。


「ウガッ!?」


 鬼のような凶暴な巨人は、ラフィの蹴りを浴びてあっさりと倒れた。

するとオーガは揃って口を開け、そこへ魔力を収束させる。

小さなラフィを焼き尽くさんと、紫電を帯びながら魔力の渦が迫った。

しかしラフィは臆せず渦へ突っ込んでゆく。

皮膚が焼け、電撃のような痛みが全身へ広がる。

瞬間、彼女は自分自身へ”自動回復オートヒール”の魔法をを掛けた。

 焼かれた皮膚が瞬時に元に戻って行く。

 痛みは感じるも、傷は無し。


相手の攻撃をわざと受け威力を減退させ、まっすぐと突き進む。

再びグッと地を踏んで魔力の渦から飛翔してぬけ、オーガの脳天へ重い踵落としを叩きこんだ。

 巨体がドカンと音を立て、砂塵を巻き上げながら倒れる。

 いつもの調子、いつものようにラフィは蝶のように舞い、蜂のように遥か巨大な敵をなぎ倒す。敵は小さなラフィに成す術も無く、あっという間に倒されるのだった。


「ふぅー……」


 しかし流石に六体ものオーガを相手取っては、疲れを感じぜざるを得なかった。

呼吸を整え、一息つこうと気を緩めた刹那。

彼女の長耳と尻尾がビクンと跳ね上げる。

 横目に見えたのは、難敵の一種:迷宮クラゲ。

その毒々しい鶏冠からきらりと、毒針が輝きを放つ。


「わわっ!?」


 慌てて膝に力を回して回避を試みる。

しかし既に五本の毒針が高速で射出されてい。流石の「格上殺しのラフィ」でも、油断していた今では全てを避けきれない。

多少のダメージはこの際仕方がない。彼女がそう覚悟を決めた時だった。


 彼女と迷宮クラゲの間に、黒い影が割って入る。

キンッ! と金音を立てて、迷宮クラゲの毒針が弾かれ、宙を舞っていた。


「飛べ!」


 目前の影から力強い男の声が聞こえる。

ラフィはその声に従って”彼”の肩を踏み台にし、遮二無二飛び出した。

 空中から迷宮クラゲを捉え、右足に彼女由来の紫色をした魔力を集中させる。


狼牙流星脚ウルフメテオシュート!」

「KIYaaaaa!」


 ラフィが蹴り飛ばした魔力の塊は迷宮クラゲを飲み込み、液状の身体を焼く。

しかし魔力の収束が中途半端だったためか、迷宮クラゲは未だ生きていた。

すると、


 目下のショートソードを逆手に構えた黒髪の男が、迷宮クラゲへ飛びかかる。

 

「うおぉぉぉっ!」


 獣じみた咆哮のような声と共に、彼は迷宮クラゲの弱点である、身体の中にある真っ赤なコアへ短い刃を叩き落した。彼は素早く数回、コアへ向けて刃を突き立てる。

やがてコアが迷宮クラゲの中で砕ける。ピンと張り詰めていた鶏冠とさかが萎え、迷宮クラゲは活動を停止するのだった。


「あなた、人の獲物を奪うだなんてどういうつもりですか!?」


 地面へ降り立ち、すぐさまラフィは叫ぶ。

黒髪の男が、撃退の証として迷宮クラゲの死骸から、高級品として珍重される鶏冠を勝手に剥ぎ手っていたからだった。


「止めを刺したのは俺だけど? 俺に権利あるだろ――ッ!?」


 ラフィが鋭い蹴りを放ち、彼はごろんと転がって慌てて回避する。

彼の黒髪がラフィの蹴りが発生させた空気の刃によって数本散っていた。


「あ、あぶねぇな! いきなり何すんだよ!」

「それはこっちにセリフです! いきなり現れて、わたしの獲物を横取りするなんてどういうつもりですか!?」

「横取り? バカ、危ねぇところを助けてやったじゃねぇか!」


 負けず劣らず反論を返してくる黒髪の男。

自分を”バカ”呼ばわりしたことが、ラフィは気に入らなかった。


「いつ、だれが、助けてなんて言いました!? 全っ然、危なくなかったです! わたしより弱い人間の癖に、余計なことしないでくださいっ!」

「てめぇ、せっかく助けてやったのにその態度は何なんだよ!」

「やった、とか何様のつもりですか? まるでわたしが助けを求めたみたいじゃないですか!」

「ああ、もう、ああ言えばこういう……「格上殺しのラフィ」様はホント可愛げがねぇよな」

「別にあなたに可愛いなんて思われたくありません!」

 

 ラフィの怒りに満ちた声が迷宮に響く。

しかし、同じ奴隷兵士だろう、黒髪の男は臆することなく、彼女を睨み続けるのだった。


●●●



――全く、あの男の人はなんなんですか!


 探索が終了し、風呂に入って、さっぱりしてもラフィの怒りは収まらなかった。

しかし不思議と、胸の辺りがスッとしているのは、久々に感情を爆発させたためか否か。

そうであっても、やはり迷宮で出会った、黒髪の奴隷兵士の男の態度を思い出すと、腹立たしくて仕方が無かった。


「気晴らしに散歩でもしよっと」


 自分へ言い聞かせるようにそう呟く。

数々の功績上げ、アエーシェマンの施設内であれば、どこでも自由に出歩ける彼女は外へと向かって行く。


 崖の上にある城砦から出ると、黒々とした空には満点の星が瞬いていた。

今日は空気も風も過ごしやすそうな夜。

 訓練施設の一つである目下の森からも、鈴のように心地いい虫の音が響いて聞こえている。

 そんな穏やかで静かな夜に身を委ねて、腹立たしさを収めようと、崖を下り森の中へ降り立つ。

すると綺麗な虫の音に交じって、森の中から不快な怒号が聞こえた。


――もう、こんな素敵な夜に最低っ……


 一族として視覚と聴覚に優れるラフィは、木々の間に不愉快な光景を見つけてしまっていた。


 一人の男を複数の屈強な男たちが執拗に痛めつけている。

おそらく、時折行われている、正規構成員の奴隷兵士を使った憂さ晴らしの様子だった。 どんなに奴隷兵士が許しを請うても、構成員は暴力の手を一切緩めない。

むしろゲラゲラと笑いながら、楽し気に暴力行為に及んでいる。


――きっとあの人間が弱いからああなったんだ。


 功績を上げればある程度の生活は保障されるが、そうでなければああしてごみのような扱いを受ける。結局、奴隷兵士とはその程度の存在なのだと、ラフィは改めて痛感する。だからこそここで今自分が飛び込んだとしても、自分が不利になるだけだし、何の利益もない。

 ラフィはアエーシェマンではありふれたことだと割り切って、その場を跡にしようとする。その時、彼女の横目に、黒い髪が映った。

 彼女は思わず振り返る。


 今日迷宮で出会った”黒髪の男”がいた。

彼は暴行を受けていた奴隷兵士の前に立ち、正規構成員を迷うことなく殴り飛ばす。

だがすぐさま、呪印が発動され、地面に叩き伏せられる。

そんな彼の頭を正規構成員は球のように無造作に踏みつけた。


「ケンさんよぉ、てめぇもうちっと大人しくしてりゃ良い生活できんのに残念だな、おい?」

「う、うるせぇ……てめらに身体は縛られても、心だけはしばらせねぇぞ!」


 凄味のある気迫と声。

 それを目の当たりにしたラフィの胸が高鳴る。


――な、なに? わたしの呪印が? いや、まさか!?


戸惑いを覚えるラフィ。尻尾は迷いを現してグルグルと廻り、何故か心臓が大きく鼓動を放つ。

 ラフィは正規構成員が、黒髪の男:ケンを殴り飽きるのを待つ。

そして飽きて居なくなった時を見計らって、思い切り駆け出して行った。


「あなた、本当にばかだったんですね? わたし達は奴隷兵士なんですから、逆らったってこうなるだけですよ?」


 散々殴られ、ボロボロになったケンを見下ろし、ラフィは言い放つ。

正直なところ、そんな言葉以外、掛ける言葉が見つけられなかったのだった。

 

「うるせぇな、格上殺し。犬みてねぇにアイツらに尻尾振ってるてめぇには分からねぇだろうよ……」

「犬って、貴方ねぇ……!」

「やつらに心まで縛られてたまるか。例え奴隷兵士だろうと、俺は俺だ」


 ドキンと、ラフィの心臓が再び高鳴る。

 確かにラフィは功績の証として、奴隷兵士として破格の待遇を受けていた。

身体を許したことこそないものの、組織に命じられるがまま、何も考えず迷宮での戦いに身を投じている。ラフィという個人の考えは無視して、組織へ盲目的に従っている。

それが彼の言う”心が縛られている”ということではないか。

自分自身を見失っているのではないか?


――よく分からない。だけど!


 ラフィはケンとその後ろで気を失っている奴隷兵士へ屈みこむ。

そして手を翳して、金色の回復魔力を放った。

 みるみるうちにケンと奴隷兵士の傷が塞がり、瞳に活力が戻ってゆく。


「どういうつもりだ?」


 ケンは鋭い目つきで訝しげに聞いてくる。


「別に。気まぐれです。特に深い意味はありません」


 何故、回復魔法を放ったのか、自分自身でもよく分かっていなかったラフィはぴしゃりと切り捨てる。


「でも、サンキュ。この借りはいつか必ず!」


 黒髪の奴隷兵士:ケンはまるで少年のような笑顔を浮かべる。

すると、ラフィは頬へ僅かな熱を感じ、胸の奥がトクンと鳴る。


「貴方、お名前は?」

「俺か? 俺はスガワラ ケンだ」



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