四章エピローグ:誕生 グリモワール
シャトー家の追手よりホムンクルスと少年を助けたミキオは、迷宮内に結界を這って二人の話を聞いていた。
そんな中ミキオは不思議な感覚を得ていた。
目の前にいる鈍色の肌を持つ男。
彼はシャトー家が序列迷宮を探索するために開発したホムンクスルである。
200年以上、ミキオはこの世界で生活しているが、その長い人生の中でも、ホムンクルスの知り合いはいない。
――なんだろ、このあったかい気持ち……
まるでアイス姉妹に抱くものと同質の感覚。
かつてミキオが持ち合わせていた人間としての温かい心。
「おい、兄ちゃん、オイラ達の話ちゃんと聞いてるか?」
気が付くと助けた少年が怪訝そうにミキオを見上げていた。
「あ、ああ、ごめん。ちょっとぼぉーっとしちゃって」
「んだよ、それ」
「でも君たちが追われてたのは、君たちが悪いことをしたわけじゃないってのは分かったから。大変だったね」
「おう、大変だったさ。なっ?」
少年の言葉にホムンクルスは赤い双眸の明滅で答える。
そもそもミキオはこの二人が悪い理由で追われているなど思ってはいなかった。
彼らが悪いことをするはずはない。自然とそう思う。
――この二人、なんとなく”景昭”と”風太”に似てるなぁ……
姿は全く違う。だが、今目の前にいる二人を見ていると、ミキオはかつて失った友、影山景昭と佐々木風太の姿を重ねていた。
「ミッキー、ごはんできたわよ!」
向こうからシャギの声が聞こえてくる。
「うっし、じゃあ飯にしよう。君たち食ってくよな?」
「良いのか?」
そう聞く少年へミキオは「勿論。遠慮せずに!」と答える。
すると少年は嬉しそうに破顔した。
見渡せば、周りにはかつてのような温かさがあった。
「うっめぇ! こんなうめぇ飯初めて食ったよ!」
少年はガツガツとオウバの作った雑炊を掻き込み、
「ありがとうございますっ。お代り未だありますからね」
オウバは嬉しそうに火にくべられた鍋の中身が焦げないように掻きまわす。
「よし、完了っと。間違ってないわよね? 確認してもらえる?」
「問題……異常なし。助かった。ありがとう」
ホムンクルスは魔石を交換したシャギへ礼を言っていた。
そんな四人の光景を見て、ミキオは目がしらに熱いものを感じる。
まるで”智”と”望”が、 ”景昭”と”風太”がいるように錯覚する。
そして彼はかつて、仲間たちと交わした約束を思い出す。
――この世界でみんなで幸せに暮らそう。
この世界に来たからこそ、ミキオはかつての仲間たちと深い絆で結ばれた。
だが同時にその約束は醜悪な世界に奪われた。
そして今、ミキオの周りにいる彼らも、何かを奪われ此処にいる。
不浄の一族として虐げられたアイス姉妹。
孤児として孤独を強いられていた少年。
使い捨てにされるホムンクルス。
そして奴隷兵士として呼び出された自分自身。
自分から大事な人たちを奪っただけでは飽き足らず、様々な不幸を生み出しているこの世界。
呆れかえるほど残酷で、醜悪な、憎むべき世界。
そんな世界をミキオは憎悪する。
しかし――同時にこの醜悪な世界は、再び巡り合えた目の前の四人が生まれた世界でもあった。
この世界なしにミキオは再び愛を感じることはなかった。
失ったものを取り戻すことができた。
愛と憎しみがミキオの中で渦を巻く。
その相反する想いが重なり合った時、彼が一つの”答え”にたどり着く。
そしてその答えを目の前の四人に問いたく、ミキオは唇を開いた。
「なぁ、みんな、ちょっと良いかな?」
ミキオの声に、シャギが、オウバが、そして少年が、ホムンクルスが顔を上げる。
「俺、思ったんだけどさ。俺たち五人でパーティー組まないか?」
「パーティーを?」
シャギが反応を返してくる。
「そそ。ここで会ったのも何かの縁だしね。で、ガンガン迷宮攻略して、みんなでDRアイテムを所持して、まずは天辺を目指す。そんでそれからこの世界を俺たちの好きなように作り変えようと思うんだ。どうかな?」
「面白れぇじゃん!」
真っ先に声を上げたのは少年だった。
「勿論、アンタも加わってくれるよな?」
「君のあるところ、オレがある。良いだろう」
ホムンクルスは静かにそう答えた。
「どう思うオウバ?」
「あら、姉様、お迷いなのですか?」
「いえ。オウバがそう答えてくれて安心したわ」
アイス姉妹は互いに頷き合う。
そして四つの赤と青の瞳にミキオを映した。
「それがミッキーの、」
「ミキオ様のご意思ならば、」
「「私達は従います! 世界の果てまでも、主と定めた貴方に従いますっ!」」
ミキオの意思は伝わり、五人に連帯感が生まれた瞬間だった。
「よし、じゃあまずは自己紹介だ! 俺の名前は、ミキオ=マツカタ! 白閃光なんて呼ばれてるぜ。よろしく!」
「シャギ=アイスよ」
「オウバ=アイスですっ」
しかし少年は苦笑いを浮かべ、ホムンクルスは黙ったままだった。
「あ、あれ? どうかした?」
「ごめん、兄ちゃん。オイラその……名前ねぇんだ。まぁ、こいつは、なんだっけ?」
「ライン番号29 Z0043。オレの製造番号だ」
「そっかぁ、じゃあ……」
不意にミキオの頭に少年とホムンクルスの名前が浮かぶ。
「今日から君は”ウィンド”! でホムンクルスのお兄さんは”シャドウ” で、どうかな?」
「おっ! かっけー名前じゃん、兄ちゃん! 気に入ったぜ! なっ、アンタも、シャドウもそう思うよな!?」
「シャドウ……了解した。改めてよろしく頼む、【ウィンド】」
「おうよ、【シャドウ】!」
どうやらウィンドとシャドウは名前を気に入ってくれた様子だった。
「今日から俺たちはパーティーで家族だ! んで、その名前なんだが……【グリモワール】! この名前をまずは世界にとどろかせてぎゃふんって言わせてから、世界をぶっ壊してやろうぜ!」
ミキオが手を突き出す。
するとシャギが、オウバが、ウィンドが、シャドウが言わずとも手を重ねてくる。
後にメンバー全員がDRアイテムを所持し、ブラッククラスとなる至高のパーティー。
唯一無二の、世界最強の五人組。
【栄光のブラッククラスパーティー:グリモワール】誕生の瞬間だった。
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序列一位迷宮:バエルを攻略し、DRアイテム「黙示録ノ箱」を奪取したミキオ達グリモワール。
迷宮内のモンスターを外の世界へ解き放ち、使役するその力は世界を戦火で飲み込んでゆく。
人の作り出した秩序は崩壊し、跳梁跋扈する混沌の世界。
これこそミキオ達グリモワール悲願【世界破滅計画】の、その序章であった。
そんな世界の有様を、ミキオは断崖の上から満足げに見下ろしていた。
「さぁ、壊そう! そして創造だ! 俺たちの目指す理想の世界を!」
ミキオ=マツカタ。
史上初のブラッククラスであり、七十一位魔神ダンタリオンの宿るDRアイテム【幻影仮面】の所持者。
彼の宣言に、それぞれのメンバーは頷き返す。
「私達姉妹は、」
「ミキオ様のためにある!」
「「さぁ糞野郎ども、覚悟しろぉっ! レイ・ソーラ!!」」
シャギとオウバの合体魔法が荒野を一直線に焼き、遥か彼方のシャトー家の砦を破壊した。
姉のシャギが持つ三位魔神ヴァサーゴの宿る本型のDRアイテム【悪魔軍教典】
その漆黒の魔力は空を焼き、雲を引き裂く。
妹のオウバが持つ二十九位魔神アスタロトの魂が込められたロッド型のDRアイテム【崩壊塔棒】
そこから生じる白磁の魔力は地を焦がし、草木を根こそぎ抉った。
「やるぜ、シャドウ! オイラ達の恐ろしさ見せてやろうぜ!」
ウィンドは六十九位魔神セエレが封じられたDRアイテム【次元背嚢】
無限格納が可能なそれから無数の魔石爆弾を放ち、世界を業火に包み込む。
「承知、ウィンド。邪悪な世界を、駆逐、破壊、殲滅!」
そして七十二位魔神アンドロマリウスが眠るDRアイテム【正義毒蛇】
その所持者のシャドウは黒い風となり戦場を飛び、次々と人間を切り殺していた。
数多のモンスターと、圧倒的なブラッククラスの力。
誰もグリモワールを止めることは叶わず、世界は阿鼻叫喚を響かせながら、確実に崩壊への道を歩んでゆく。
――智、望、景昭、風太! 俺はこの世界を見返すよ! 俺たちを虐げたこの世界を! 俺達、新生グリモワールが!
それがグリモワールのリーダーで、奴隷兵士として転移転生させられた、ミキオの揺らがぬ意思だった。
ミキオは無数の幻影を生み出し、突き進む。
「さぁ、この世界をスクラップ&ビルドしてやるぜ!」
【ご案内】
明日明後日にかけて四章閑話を掲載し、四章終了となります。
よろしくお願いいたします。




