出会い
「あのー、歩きずらいんですけどお二人さん?」
白髪の青年:ミキオ=マツカタは木漏れ日の下、歩きながら苦笑いを浮かべる。
「お退きなさいオウバ。ミッキーが歩きずらいと言っているわよ?」
ミキオの右腕にくっ付く、猫のような三角の耳が生えた黒髪の少女、姉のシャギ=アイスは文句を言い、
「姉様こそお離れになれば宜しいかと。ですよね、ミキオ様っ?」
左腕にくっ付く、シャギと同じような耳を生やした妹のオウバ=アイスは蒼い瞳でミキオを見上げた。
「ミッキー! まさかこの私を差し置いてオウバの方を選ぶわけないわよね?」
シャギは赤い瞳を潜めて、ミキオを睨む。
「あはー」
なんとも言えず、ミキオは苦笑いを浮かべた。
「姉様、ミキオ様がお困りになってますっ! いい加減諦めて下さいっ!」
「オウバこそ離れなさい!」
「姉様!」
「オウバ!」
「「むむむっ……!」」
ミキオを挟んでにらみ合うアイス姉妹。二人は未だ”智と望”の制服を着たままだった。新しいのを買うといったが姉妹はそう云う時ばかりは仲良く口を揃えて『頂いたものですから、おいそれと変える訳にはまいりません!』そういう始末。
――正直、この二人の格好、過去の傷抉られるんだけどなぁ。
と、思いつつも”森川姉妹”が帰ってきたようにも感じられる。
それはそれで嬉しいミキオなのだった。
ミキオとアイス姉妹は深い森の中にある一本道を進んでゆく。
そしてその果てに目的地である洞穴の入り口を確認した。
”序列三位迷宮ヴァサーゴ”
その本道から網の目のように伸びた”枝洞”の一つである。
ミキオ達は迷わず、暗く不気味な迷宮へ入り、ずんずん進んでゆく。
やがて彼らは正面に三体のオークと、二体のゴブリンがいると感じ取った。
「さてさて、じゃあシャギとオウバにはこれまでの成果を見せてもらうかな?」
ミキオがそう言うと、
「まっかせなさい!」
シャギは意気揚々とミキオから離れ、
「はい! 姉様よりも魔法を上手く使えるところお見せしますっ!」
オウバがわざとらしくそう言って離れた。
シャギが横目で睨むが、オウバも図った上での言動だったのか、睨み返す。
苦笑いを浮かべざるを得ないミキオなのだった。
そんなことをしている間に、ただの気配だったオークとゴブリンが、不気味な咆哮を上げながら、闇の奥から飛び出してくる。
すると、シャギは右腕へ僅かに魔力を滾らせ、一歩を踏み出した。
「プティサンダー!」
シャギが翳した腕から、彼女を現す黒くそして小さな電撃が矢のように飛んだ。
命中した電撃は先行するオークへぶつかる。
オークはビクンと身体を痙攣させながら、軽く吹き飛ぶ。
「アースナイフ!」
次いで左腕から魔法を放ったのはオウバ。
地面から細く頼りない鍾乳石が生え、ゴブリンを足元から肩まで串刺す。
当たり所が良かったのかゴブリンは絶命した。
得意げなオウバに、シャギは眉間に皺を寄せて、前へ飛ぶ。
黒い小さな電撃が洞窟を疾駆し、頼りない鍾乳石が次々と生え、モンスター共を翻弄する。
だが迷宮浅層にいる弱小モンスターにとっては十分過ぎるほどの威力を発揮していた。そんなアイス姉妹を見て、魔法の指導をした甲斐があるとミキオは強く感じていた。
『流石は多大な魔力を秘める”不浄の一族”といったところか。実に興味深い』
DRアイテムに宿る71位魔神:ダンタリオン関心の声を上げている。
――なんか昔と逆だなぁ……
かつてミキオへ魔法を教えたのは”森川姉妹”
そして今は智と望にそっくりな”アイス姉妹”にミキオが魔法を教えていた。
偶然か、誰かのいたずらか。
僅かに胸の奥がチクりと痛む。
ミキオはその痛みをそっとしまうのだった。
「オウバ、この獲物は私のよ!」
「何を仰いますっ! あやつを狙っていたのはオウバですっ!」
相変わらずアイス姉妹は仲良く口喧嘩をしながら、迷宮の中を飛び回る。
その時、ミキオは別の強大な魔力を感じ、気持ちを引き締めた。
「ウガァァァァ!」
「なっ!?」
「きゃって!?」
地面を割って、巨大な一つ目巨人:サイクロプスが姿を現す。
「シャギ、オウバさがって!」
ミキオの声にアイス姉妹は素直に従って左右に飛んだ。
その間をミキオは白い閃光となって飛び、拳へ僅かに魔力を集中させる。
「よっと!」
バシンッ! と、ミキオの拳がサイクロプスの頬を打った。
一つ目巨人の頭部が120°に折れ曲がる。
そればかりか巨体はビュンと宙を舞い、岩壁へ叩き付けられる。
大型で、シャギやオウバのように未熟な冒険者にとっては脅威となりうるサイクロプス。しかしミキオにとっては赤子の手を捻るよりも簡単で、アリを蹴散らすぐらいの労力でしかなかった。
「流石、ミッキーね。お見事だわ」
シャギは頬を真っ赤に上気させてミキオを賞賛し、
「素晴らしいですミキオ様っ! かっこいいいですっ!」
オウバは青い瞳を宝石のように輝かせていた。
「あはー、ありがとう二人とも!」
あまりの嬉しさにミキオは本音のお礼を二人へ伝える。
この200年、彼は数えられない程の賞賛を浴びて来た。
【史上初のブラッククラス】
【シャトー家の要】
【ダルマイヤックの騎士】
【白閃光】
どの言葉も彼の胸には響かず、かえって自分を利用しようとする悪意にさえ思えていた。賞賛されたところで喜びなどまるで浮かばなかった。
しかし今は違う。
シャギとオウバが送ってくれる言葉に計算も、策謀なく、ただ純粋に彼を認めてくれているだけ。アイス姉妹はミキオにとって生きる希望だった。
そして再び巡り会えた”守りたい人”だった。
そんな彼女達の言葉は例え短くとも、彼にとってはどんな名言よりも、どんな格言よりも心に響くものだった。
「よーし、この調子でどんどん進んでレベルあげよう!」
「「はい!」」
ミキオはアイス姉妹と共に、モンスターを蹴散らしながら、奥へ奥へと進んでゆく。
「……?」
ふと、少し先を行っていたシャギがはたりと足を止めた。
シャギはしきりに黒い三角の耳をぴくぴく動かしている。
「聞こえる、オウバ?」
「はい、姉様」
オウバも神妙な面持ちで耳を揺らしていた。
「どしたの二人とも?」
「ミッキー、この先からちょっと嫌な音が聞こえるわ」
「嫌な音?」
「人間が人間に追われてるみたいね」
「姉様違います。一人と一体ですっ」
オウバが補足してきた。
「一体って?」
「たぶんこの音は……シャトー家のホムンクルスでしょうか? 金音のような足音が聞こえますっ」
ホムンクルスは奴隷兵士を呼び出すための”転移転生術”が生み出される以前に、迷宮探索の任を帯びていた人造人間のことだった。
そのホムンクルスが何故追われているのか?
胸騒ぎのしたミキオは、上着のポケットに縫い付けたアイテムボックスから、干からびた”目玉”を取り出した。
握りしめて魔力を注げば、ミイラだった目玉は張りを取り戻すばかりか、目玉の左右から蝙蝠のような翼を生やして闇の向こうへ飛んでゆく。
SRアイテム:アイザック
ミキオはアイザックの視野と自分の視界をリンクさせた。
やがて闇の中に、不気味な鈍色をした肌を持つ男と、人間の少年。
必死に逃げ惑う彼らを、別のホムンクルスと立派な装備をした人間が追い回していた。
銀色の男は刃こぼれだらけの太刀で応戦しているが、数が多く成すがまま、切り付けられる。おそらく殆ど戦闘力が無いだろう少年は、ひたすら石を拾って、必死に敵へそれを投げつけていた。
そんな二人を追跡者はげらげらと笑いこけながら、なます切りにしている。
「チッ……」
ミキオは思わず舌打ちをした。
何故銀色の男と少年が追われているのか分からない。
もしかすると彼らに非があるのかもしれない。
だが、追跡者たちは明らかに、彼らを襲うことを楽しんでいた。
彼らのことを弄んでいた。
――例えどんな理由があろうと、これは見過ごせない。
ミキオはアイザックに帰還の指示を送り、視界のリンクを解く。
そして一歩を踏み出す。
「ミッキー、どこへ行くつもり?」
怪訝そうにシャギが聞いてきた。
ミキオは顔を強張らせ、笑顔を形作り、
「二人はここで待ってて! 悪い奴等をさくっと倒してくるからね!」
「あ、ちょっと、ミッキー!?」
「ミキオ様っ!?」
●●●
「グオッ!」
ホムンクルス・ライン番号29 Z0043の彼は不意を突かれ、背中に大きく一太刀浴びてしまった。ガクンと膝から力が抜け、その場に蹲る。
「てめぇらぁぁぁっ!」
「ま、待て!」
彼の静止を振り切り、憤怒の少年は無謀にも素手で、彼と同じ姿をした鈍色のホムンクルスへ殴りかかる。
が、身長の低い少年の拳が届くはずも無かった。
拳をぶつける前に、固い金属のつま先が腹を穿ち、少年を突き飛ばす。
「大丈夫か……?」
「お、おう。あんたこそ平気か?」
彼もそして少年も互いを心配し合う程、既にボロボロだった。
彼の太刀は折れ、少年のお手製である魔石爆弾は底を尽いている。
おまけに彼の動力である魔石からの魔力も、残量が残り僅かとなっていた。
「おい、どうしたホムンクルス? もっと抵抗してみろよ」
シャトー家からの追手の男はいやらしい笑みを浮かべながら、指を鳴らす。
すると男に操られるホムンクルス達が双眸を赤く明滅させ、地面を蹴った。
彼は咄嗟に少年を胸に抱き、背中を丸める。
ホムンクルスが標準装備する、伸縮式の太刀が何度も彼の背中を切り付けた。
鈍色の肌が砕け、緑色をした循環液が流れ出す。
鋭い痛みが何度も意識を飛ばしかけたが、彼は耐えた。
ここで自分が倒れてしまえば、次は胸に抱く少年の番。
それだけはなんとしても防ぎたかった。
しかしそうしていてもいずれ自分は限界を迎えて、どの道少年が陰惨な結末を迎えてしまう。
――どうすれば良い、オレは、どうすれば……!
そう思った刹那、背中に感じていた衝撃が一瞬で止んだ。
センサーがこの状況への介入者を感知する。
同時に彼は生まれて二度目の胸が押しつぶされそうな感情――恐怖、を感じた。
「おーい、未だ生きてるよね? 大丈夫?」
振り返るとそこには白髪の青年が、人懐っこい笑顔を浮かべて、彼を覗き込むように屈んでいた。青年の周りにはバラバラに砕かれたホムンクルスの残骸が、取るに足らないもののように転がっている。
「き、貴様何者だ!」
青年の奥に居る、鎧を着こんだシャトー家の男が叫ぶ。
「あのさぁ、俺、お前になんて声かけてないんだけど……」
白髪の青年から再び冷たく、恐ろしい気配が周囲に発せられた。
それは強い魔力の反応となって、彼のセンサーへ振り切れんばかりの反応をさせる。
「こ、殺せ! 我らシャトー家に逆らうものは皆殺しだ!」
シャトー家の男が指示を出した。
男の周囲にいたホムンクルスが赤い双眸を明滅させる。
そして鈍色の風のように青年へ向けて飛びかかる。
気が付くと青年の姿が一瞬で数十歩前に移動していた。
青年に飛びかかっていたホムンクルスは既に様々なパーツに瓦解して宙を舞っている。
彼のセンサーを持っても、今の一瞬で何が起こったのか感知しきれていない。
しかし事実として、青年に襲い掛かっていたホムンクルスが瞬きをするよりも早く撃退されていたのだった。
「この状況、どっちが悪いのか良くわかんないけどさ」
「あぐっ!」
青年はシャトー家の男へ歩み寄り、無造作に首を掴む。
指を深く喉元に沈ませ、軽々と持ち上げる。
「殺るならさっさと殺ってやれよ。なます切りにして楽しむなんて趣味悪いって。もしかしてこれもダルマイヤックの趣味かな?」
「うぐっ、かはっ……!」
突然、彼のセンサーが警告反応を示した。
闇の中から腕に鉈爪を装備したホムンクルスが現われる。
そして白髪の青年の背中目掛けて、飛び出した。
「プティサンダー!」
どこからともなく凛然とした少女の声と共に、黒い電撃が迸り、ホムンクスルを撃ち落とす。
「アースナイフっ!」
次いで声音はやや柔らかいが同質な少女の声が響き、地面から生えた鋭く細い鍾乳石でホムンクルスを刺し抜く。
「全く……ミッキー、背中ががら空きだったわよ?」
脇の闇から獣のような耳を生やし、不思議な格好をした黒髪の少女が現われ、そう指摘する。
「どうでしたかミキオ様っ! オウバのアースナイフはっ!」
黒髪の少女にそっくりな少女が嬉々とした様子で、青年へ聞く。
「うん、最高! 二人ともありがとね。助かったよ!」
青年は男を締め上げながら、爽やかな笑顔で答えた。
「あとさミッキー、もうそいつ死んでるわよ? さっさと離せば?」
「あっ……」
青年は既に絶命して、だらんと舌を垂らすシャトー家の男を無造作に投げ捨てる。
「な、なんなんだよ、あいつ等……」
彼の腕の中にいる少年は、あまりの恐怖に肩を震わせる。
彼は少年を守るように抱きしめる。
そんな彼と少年へ、白髪の青年は歩み寄り、
「とりあえずさ、これどんな状況だったか聞かせてよ。まるっときっちり、包み隠さず、真実をね!」
青年は爽やかな笑顔を浮かべて聞いてくる。
何故か彼、ホムンクスルライン番号29 Z0043は、その笑顔にひどく懐かしいような感覚を覚えるのだった。




