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ホムンクルスと迷宮孤児【前編】


――起動術式……問題無し。


――魔力ジェネレータ……問題無し。


――魔力コンバーター……起動確認。


――各アクチュエーター……駆動確認。


――各項目異常なし。ライン番号29 Z0043 起動開始……



 ソレは覚醒し、そして産み落とされた。

アダマンタイトとミスリルの合金で形作られた鈍色の人形。

魔石を動力とし、命じられるがまま、戦い続ける哀れな存在。


【迷宮探索用ホムンクルス】



「……?」


 しかし彼は他の個体とは少々事情が違った。

目前に佇む魔導士たちをはっきりと認識し、周囲の様子に興味を抱いていた。


 周囲には無数の円筒が均一に並んでいた。

ほの暗いそこはただただ広く、そして暗い。

そんな周りの様子は、鋼の下にある、魔力コンバーターの稼働率をやや低下させた。


”不安”


 そう表現するにふさわしい”感情”が鈍色の彼を席巻する。

だが、身体はまだ自由にならず、彼は生まれたての小鹿のように震えるだけだった。

そんな彼は魔導士に両脇を抱えられ、引きずられるように別室へ連れて行かれるのだった。



 次いで彼が感じたのは、”賑やかさ”と”狂気”だった。

彼が産み落とされた寒々しいところとは違い、ここには沢山の”人間”が居て、鉄を打ち付けってたり、黒い衣装を縫製したりしていた。


 何故か彼はここが”工場”というのに相応しいところであると認識する。

彼は、彼と同じような”硬質感を持つ人の形をした何か”の長い列に並ばされる。

列の足元には不可思議な魔方陣が列のようにまっすぐ並んでいる。

それを踏んだ途端、彼の四肢はしゃんと力を持ち、身体がピンと張り詰めた。

しかし身体を思うように動かすことはできず、ただ勝手に前へと進むのみ。

彼は勝手に動く身体に違和感を覚えつつ、列を進んでゆく。


「嗚呼ッ!」


 列の先から悲鳴が聞こえた。


「不合格!」


 列の先にいた魔導師がそう言い放つと、彼と同じ姿をした存在は膝を突かされた。

兵士が剣を振り落し、首を切って落とす。

血は流れず、首を失った身体がごろっと床へ転がった。

腕に打ち付けたガントレットが引きはがされた。


「ライン番号29 Z1801 ホムンクルス痛覚試験不合格……次!」


 そんな声が上がり、列から新たな”ホムンクルス”が壁に据えられ、鉤爪のついた籠手を装着され、太い鋲が、鈍重な槌で激しく打ち付けられる。

するとそのホムンクルスは、身じろぎどころか、悲鳴すらも上げなかった。


「合格」

「ライン番号29 Z1989 ホムンクルス。痛覚試験合格……次!」


 腕にガントレットを打ち付けても悲鳴一つ上げなかったホムンクルスは、

そのまま黒い鉄兜を被せられた。


――悲鳴を上げれば首を切られ、上げなければ無事に済むのか……


 彼は状況からそう判断する。

 繰り返される阿鼻叫喚と、無機質な合否の判定。

それは彼の不安を掻き立て、胸の奥にあるジェネレータを小刻みに揺らす。


【恐怖】


 そう呼ぶに相応しい感情が、彼を席巻する。

そしていよいよ、彼に対する試験の番が回ってきた。


 自由にならない腕へ無理やり籠手がはめられ、固定用の太い鋲が据えられる。

彼は身構え、鈍重な槌が勢いよく振り落とされた。


「――ッ!」


 腕がもげそうな痛みが湧き、ジェネレータが僅かに強い熱を発する。

 槌を打ち付けた試験官が一瞬、彼をぎろりと睨む。

ここで声を上げてしまえば首を跳ねられる。全てがここで終わってしまう。

痛みによる苦しみよりも、”死”への恐怖を感じた彼は、悲鳴を飲み込み、耐える。


「合格」

「ライン番号29 Z0043 ホムンクルス。痛覚試験合格……次!」


 辛くも試験をパスした彼は、真新しい黒衣を着せられ、頭部に鉄兜アーメットを装着され流される。

 彼は同じ格好をした同様の存在と共に、次の部屋へ魔方陣に従って流されてゆく。


 彼は何とか生き延びられたことに安堵する。

しかし、その先が本当の地獄だった。



●●●



「ホムンクルス、突撃!」


 指揮官である人間の指示が飛び、彼――ライン番号29 Z0043ホムンクルス――を含む、ホムンクルス部隊は、巨大で凶暴な竜型のモンスターへ突撃してゆく。


 竜が真っ赤な炎を溜めた口を開き、彼は危険を察知して、回避行動に移る。


「25、27、89。炎を防げ!」


指揮官の指令が飛び、三体のホムンクルスはわざと竜の前へ飛び上がった。

紅蓮の炎は三体のホムンクルスを犠牲にして防がれる。

そして彼を含む残りのホムンクルスへ指示が飛び、竜は倒されるのだった。



 これが彼らホムンクルスの日常であり、唯一の生き方だった。


 主である人間の命令で、簡単に死にもすれば、生きもする。

数を失えば、また新たなホムンクルスが補充され、道具のように扱われる日々。


――なんだコレは。これでは命の無駄遣いではないか……


 彼は自分たちの処遇にずっと疑問を抱いていた。

何故自分たちはこんなにも軽く扱わらなければならないのか。

存在としての尊厳は存在しないのか。

 他のホムンクルスは果たしてそう思っているのかどうかは疑問だが、少なくとも彼は生まれてから今日までそう思い続けていたのだった。


 それでも逆らうことは、すなわち死を意味するため、彼はそんな”感情”を押し殺し、日々黙々と戦い続ける。

 だがある日、とうとう彼は血気にはやってしまった。



「き、貴様ぁ……ホムンクルスの、分際で……!」

「命を弄ぶ貴様を、殲滅……!」


 彼は指揮官の腹を折れた剣で更に抉った。

それが止めとなり、指揮官の膝から力が抜ける。

彼は無造作に指揮官の死体を蹴り飛ばした。

しかし、それでも失った命はもう二度と戻っては来ない。


 彼の背後には巨大モンスターを倒すために無残にも死に絶えた、ホムンクルスの死骸がゴロゴロと転がっていた。


 無謀な指揮、物のように扱われ命を散らす同胞。

ついに我慢の限界を超えた彼は命令を無視し、”怒りの感情”の下、指揮官を殺し今に至る。


「何をしているんだ!」


 そんな彼のところへ、別のホムンクルスを連れたシャトー家の探索パーティーがやってきた。

 彼の手には血塗られ、折れた刃。

足元には絶命した人間の死骸。


「暴走だ! あのホムンクルスを破壊せよ!」


 人間の命令を受け、彼の周りにいたホムンクルスが彼へ一斉に飛びかかる。


「ッ!」


 彼は咄嗟に折れた剣を構え、ホムンクルスの鉤爪を受け止める。


――死にたくない!


 胸にそんな思いが去来した。

 このままでは自分が破壊され、殲滅されてしまう。


「ぬおォォォッ!」


 彼はジェネレータで魔力を燃やし、コンバーターで全身に張り巡らされたアクチュエーターを全開にした。

 数多の戦闘経験を有する彼は、的確な力で接近したホムンクルスを吹き飛ばす。

 だがホムンクルスは音も無く起き上がり、彼を恐れもせずに突撃を続ける。


 彼は異質なホムンクルスだった。

他の存在とは違い、”感情”というべきものが、最初から存在していた。

彼は他のホムンクルスのように、あっさりと死を受け止められない。

だからこそ彼は踵を返した。


――死んでたまるか。こんなところで……!


 彼はホムンクルスへ背を向け、全力で迷宮の中を走り始める。

そしてその日から彼は、追われる立場となった。



●●●



 少年は物心がついた時から一人ぼっちだった。

その上、住むところもなく、着ているのはたまたま森で拾った襤褸切れ一枚きり。

どうして少年が、そんなことになったのか。

それは少年自身も分かってはいなかった。

しかし、少年は生きている。だからこそ、腹は減るし、喉も乾く。

 だから彼は一人で街を彷徨い、ゴミで飢えを凌ぎ、地面にたまった雨水で渇きを癒す。


「薄汚ねぇ、餓鬼だな。あっち行け!」

「嫌だ、もう近寄らないで変な病気が移るじゃない!」

「なんだ、その成り? お前人間か?」


 少年に寄せられる悪意のある罵詈雑言。

 彼が歩けば指を指され、石を投げられる。

彼が特に何をしたわけでもない。ただ、汚く見すぼらしい。

ただそれだけの理由だった。


 そんなある日、窓の向こうに見えた、温かい家の中。


 彼と変わらない少年がいて、両親が彼を囲み、笑い合っている。

窓の向こうの人々は、透き通った水を飲み、暖かく美味しそうな食事を取っている。

その時初めて少年は、自分が異常な生活をしていると気が付いた。

次いで浮かんだ、おぼろげな記憶。


 親、両親。

 はっきりと顏は分からない。どんな声をしていたのかも定かではない。

しかし少年には居た。彼を守り、そして温かく迎えてくれた両親が。

そしてそのぼんやりとした記憶の中、少年の両親は”序列迷宮”に向かったのだと思い出す。


――オイラも会いたい。父さんや母さんに……


 少年はおぼろげな記憶を頼りに歩き出す。

そしてはやる気持ちに突き動かされ、迷うことなく迷宮へ飛び込んだ。

どんなに危険だろうと、モンスターに襲われようと、少年は必死に迷宮を彷徨い続ける。しかし幾ら探し求めても、幾ら彷徨っても、少年を優しく抱きしめてくれる両親の姿は見つからず。

 どんなに求めても、どんなに彷徨っても、何も見つからない。


「しっ! あっち行け、クソガキ!」

「邪魔をするな!」

「汚い、消えろ!」

「失せろ、物乞い!」


 与えられるのは少年を見て冒険者たちが投げかける罵詈雑言。

酷い時は憂さ晴らしにと蹴られ、突き飛ばされたりもした。


――どうしてオイラばっかこんな目に……!



 それでも彼は他人にあるものは、自分にもある筈だと疑わなかった。

きっとこの迷宮のどこかに自分を守ってくれる”両親”がいると信じて、足の皮が何枚破れようと歩き続けた。

 来る日も、来る日も少年は迷宮へ潜り続ける。

そんな日々の中、少年は自分が持つ、ある能力に気が付いた。


 迷宮の回廊に倒れる冒険者の死体。

少年は臆せず死体を探った。


 この薬草は標準品、魔石はこっちの方が高価、短剣のみ材質が良いものだから家宝か何かに違いない。

死体が抱える数多のアイテム。全てを持ち帰ることはできない。

だから少年は、自然と”ものの価値”が分かる、不思議な力に従って、できるだけ良い品物だけを取って、袋に詰めた。


 何故自分にこんな能力があるのか、彼自身もよく分かってはいない。

だが、こうして良いものだけを持ち帰れば、町の住人は喜んで金を支払う。

金があれば飢えることも無ければ、より長い時間、両親の姿を求めて迷宮を彷徨うことができる。


 理由などどうでも良かった。

手段があることに少年は感謝した。

 少年は手に入れたアイテムを換金し、真新しい靴と服を買った。

生きるために水と食料を買い、命を繋いだ。

少年は金を手に入れた。

しかし少年は最低限しか使わず、金を溜めて続ける。

彼には大きな目標があったのだ。


 家を買い、両親と暮らす。

その両親を探すために、たくさんの冒険者を金で雇う。

そのためだけに少年は必死に迷宮へ潜り、金を溜める。

大事な大事な金を誰にも取られないよう、肌身離さず持ち歩く。


「よぉ、ガキの癖に随分と稼いでるみたいじゃねぇか」


 とある日、少年は背中に響いた男の声に不安と震えを感じる。

振り返ると、そこには数人の冒険者がいやらしい笑みを浮かべて佇んでいる。

 少年の勘が危険を知らせてくる。

彼は脱兎の如く地を蹴り、無我夢中で走り出した。


――取られてたまるか! これはオイラが必死になって溜めた金だ! 誰にも渡さない。


「ぎゃ!?」


 そんな少年の顎を、正面に現れた男の冒険者が蹴った。

身体が球のように吹き飛び、前歯が折れ、口の中に血が広がる。

少年は必死に立ち上がろうとする。

そんな彼を男たちは取り囲み、そしてまるで物のように蹴り始めた。

少年は成すがまま、成されるがまま、男たちの酷い暴力に晒された。


「ううっ……」


 やがて嵐のような暴力は過ぎ去り、少年は呻きを上げる。

懐へ大事にしまっていた金の膨らみは、当然のことながら無くなっていた。


「なんで、オイラばっかこんな目に……畜生……!」


 絞り出すように声を出す。

理不尽で、最悪な世界を呪い、無力な自分に怒りさえ覚える。

だが少年の身体は既にボロボロだった。

立ち上がるは愚か、起き上がることさえできそうもなかった。


――ああ、畜生、こんなところで終わりなのかよ……


 新たな足音が彼の鼓膜を揺らす。

鈍く重い、奇異な足音。

しかし少年は確かめることもできず、意識が途切れ、そして暗黒の中に沈むのだった。


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