200年ぶりの涙
「オウバっ!」
「姉様っ!」
シャギとオウバは互いに抱きしめあった。
姉妹はなりふり構わず、無事を祝ってワンワン泣き出す。
そんな彼女達を見て、涙腺の緩みを感じるミキオだった。
――良かった、助けられて本当に……
200年前、ミキオは森川 智と望を助けられなかった。
そのことをずっと後悔していた。
過ぎ去った時間は取り戻せないし、やり直すこともできない。
それでも智と望によく似た、仲の良さそうな姉妹を助けられたことに、ミキオは強い満足感を抱いていた。
「姉様、」
「わかってるわ」
「「ミキオ=マツカタ様っ!! この度は救っていただき、誠にありがとうございました!!」」
突然、姉妹は仲良く揃っておでこを地面につけて、ひれ伏した。
土下座というものである。
「「しかし申し訳ございませんが、私達姉妹はご覧の通り、貴方に報酬としてお支払いできるものが、この身以外にありません。ですから、もし宜しければ、私達姉妹をお使いください! 好きになさってください!」」
やり過ぎと思い、ミキオは苦笑いを浮かべつつ、屈みこんだ。
「えっと、二人とも、顔上げてくれる?」
「「はいっ!」」
一糸乱れない動作に笑いを堪えつつミキオは、
「とりあず、二人ともお風呂入って綺麗になろうか?」
「お風呂、」
「ですか?」
臭いが少しきついのもあったが、シャギとオウバを綺麗にしてあげたい。
そう思ったミキオは転送を使うのだった。
●●●
――さてさてどうしたものか。
焚火の温かい炎で彩られた洞窟の中で、ミキオは真剣に頭の中を捻る。
目の前には、既に服というにはあまりにも無残でみじめな襤褸が並べられていた。
流石にこれを再びシャギとオウバに着ろと命じるのは酷というもの。
ミキオは上着のポケットを探り始める。
上着に縫い付けたLRアイテム 、アイテムボックス(S)サイズ。
ほぼ無限に収納でき、しかも収納時の状態を保存できる、その中を指でかき回す。
そうして指に引っかかった二着の衣装を取り出す。
濃紺のブレザーとスカート。白のワイシャツ。
かつて智と望が、装備変更をする際に、ミキオへ収納を押し付けて、忘れていった”制服”だった。
流石にこれを着せるのはどうかと思う。
しかしここ数百年まともに買い物をしておらず、しかも女の子に着せてあげられるものは、これ以外に無かった。
――まぁ、しょうがないか。
ミキオは胸にほんの少し痛みを感じつつ、洞窟を出て行く。
星空の下、大岩の向こうから白い湯気が上がっていて、空気も少し暖かい。
念のためにと五十年ほど前に見つけた温泉地帯を転送座標に記録しておいてよかったと、今日ほど思ったことは無かった。
「シャギちゃん、オウバちゃん! 着替え、ここに置いとくからね」
「き、着替え!? 何故ですか!?」
岩の向こうからばしゃりと水音が鳴って、素っ頓狂なシャギの声が聞こえてくる。
「何故って、服着ないと風邪ひくでしょ? それにあんな雑巾みたいのを着せるわけにはいかないよー。それじゃー」
「あ、え、ちょっと! ご主人様ぁっ!?」
ミキオはそそくさと、洞窟の中へ戻ってゆく。
そして食事のことを考え始めたのだが、
――やば、料理ってどうやるんだっけ?
最後に料理などをしたのは百年以上前のことだった。
そもそもシャギとオウバに出会うまで、彼はこの永遠にも近い時間を終わらせようとしていた。
気の利いた食料など持っている筈も無い。
ようやくアイテムボックスから探り当てるも、出てくるのは干し肉が数枚切り。
『命に食あり。生を軽視した結果というわけだな』
「あはは、そっすねぇー……」
ダンタリオンの真っ当な意見にミキオは苦笑いを浮かべる。
「ご主人様!」
「着替えましたっ!」
声の方へ振り向き、懐かしさがこみ上げてくる。
一瞬、そこにいるのが”智”と”望”ではないかと錯覚した。
しかし頭に生えた耳を見て、今目の前にいるのはシャギとオウバだと我に返る。
そんなミキオへ、何故か駆け寄り、ずずっと身を寄せてきた。
「さ、さぁ、ご主人様! どうぞ!」
花のようないい匂いになったシャギは顔を真っ赤にして胸を突き出し、
「遠慮なさらないでくださいっ!」
オウバもシャギよりやや大きな胸を翳す。
「えっと、何?」
よく分からないミキオは首を傾げる。
するとオウバは眉間に皺をよせ、シャギを睨んだ。
「違うではないですか、姉様っ! ご主人様、何も反応してくださいませんよ!?」
「そ、そうね。うーん……」
シャギは難しい顔をして唸り始める。
「あのご主人様、どうして私達へ服を用意してくださったのですか?」
「えっ? だって服着なきゃ風邪ひくじゃん?」
至極当たり前のことを答えた筈なのに、シャギは不思議そうに首を傾げた。
「それだけですか?」
「そうだけど、なんか問題あった?」
「だってすぐに脱ぐのに、どうして服なんかを着せるのかと……もしかするとご主人様は脱がせるのがお好きなのではないかと……」
「はっ?」
「まぁ、良いです。ご厚意は感謝します。では……オウバ!」
「はい、姉様!」
何故か姉妹は折角着た服を脱ごうとボタンに手をかける。
「ちょっと、ストップ!」
「「?」」
「あのさ、もしかして好きにしてもいいって、そういうこと?」
「え、ええ、そうですけど……」
シャギは改めて意識したのか耳を真っ赤にして応え、
「だって、私達がご主人様にして差し上げられることはこれぐらいしか……」
オウバも頬を朱に染めて応える。
どうやらこの二人は、あの館でそういう教育をされ続けていたのだと感じ、悲しさと怒りがこみ上げてくる。
そんな中、ミキオの腹の虫が、久方ぶりにくぅと音を上げた。
「あはは、今はそっちよりもお腹空いたなぁ」
「もしかして食料が無いのですか?」
すかさずシャギが聞いてきて「そうなんだよ、あはー」と答えると、
「かしこまりました。オウバ!」
「はい、姉様っ!」
「あ、ちょっと!?」
制服姿のシャギとオウバはタタっと駆け出し、洞窟を飛び出してゆく。
そして暫く経って、
「う、旨い……!」
久しぶりに”食事が旨い”と感じ、ミキオは声を上げた。
干し肉を出汁に、この辺りに自生する芋のような根菜類を煮ただけのシンプルなもの。
しかし不思議と味わいが深く、身体に染み入るようなその味は、文句なしのできたった。
「良かったですわ、喜んでいただけて。さっ、もっと召し上がってくださいね、ご主人様」
シャギは満足そうに微笑み、
「姉様、何ご自分が作ったようなお顔をされているのですか? このお料理を作ったのはオウバで、姉様はお芋の皮を剥いただけではありませんか?」
オウバは真実を口にし、ばっさりとシャギを切り捨てる。
「うっ、そ、それは……」
「さって、ご主人様! 粗末なものですけど、オウバが作った特製スープ、どんどん召し上がってくださいねっ!」
――そういえば智よりも、望の方がこういうことは得意だったよな。
そうミキオは思い出していた。
過ごせば過ごすほど、アイス姉妹が、森川姉妹のように見えて仕方がない。
これは偶然なのか。もしくはあまりにも似すぎていて、ミキオ自身が勝手にそう解釈をしてしまっているのか。
どちらなのかは定かではない。
しかし事実として、今目の前にいる双子の姉妹と一緒にいると、凍り付いていた心が人間らしい温かさを取り戻している。
そう感じていた。
「ねぇ、二人はさ、もしかしてこれからも俺の傍にいるつもりなの?」
ミキオはそう聞くと、
「えっ……そ、そのつもりですけど……」
シャギは消え入りそうな声でそう答え、
「ご主人様は、お望みでは無いのですか……?」
オウバは不安げに聞いてくる。
「そっか、良かった。俺もこのままバイバイは嫌だなぁって、思ってたから。ごめんね、嫌な聞き方しちゃって」
ミキオが笑顔を浮かべてそういうと、姉妹は安心したように胸を撫でおろす。
――だったら、少し重ねても良いよね。
シャギとオウバは、智と望ではない。
それは分かっていた。しかし、ミキオは重ねずにはいられなかった。
一度は壊れてしまった幸せが今、目の前にある。
だからこそ彼は、失ったものを取り戻すかのように、口を開く。
「だったらさ、二人とも、俺のことを”ご主人様”って呼ぶのを止めてくれるかな?」
「「えっ?」」
まずミキオはシャギを見た。
艶やかな黒髪。ルビーのように赤い瞳と、猫のような耳以外は”智”によく似ているような気がする彼女。
「シャギちゃん、君には俺のことを……”ミッキー”って呼んで欲しいな」
「ミッキー、ですか?」
「うん。俺の、なんていうかな……親しい間柄での呼び方がソレだからさ?」
「そんな! 私ごときがご主人様を!」
「頼むよ。代わりに俺も呼び捨てにさせて貰うから。っていうか、もしこれからも俺の傍に居たいならそう呼んでもらわないと。じゃないとシャギちゃんだけ一人にしちゃうよ?」
シャギは困ったように眉をへの字の曲げる。
しかしやがて口を開き、
「……わ、分かりました。ええっと……ミッキー……?」
「何? シャギ?」
「っ!!」
シャギは顔を真っ赤に染めた。何故か地面に突っ伏して、地面をパンパン平手でたたき始める。
ミキオ自身も平生を装っているものの、心臓は強く鼓動を放っている。
そして今度は脇で、サファイヤのような蒼い瞳をキラキラとさせるオウバを見た。
「で、オウバは、”ミキオ君”で宜しくね」
「ええっ!? オウバはミッキーではないのですかっ!?」
オウバはまるでこの世の終わりかのように叫ぶ。
脇では何故か、シャギが勝ち誇ったかのようにニヤニヤ笑みを浮かべていた。
「オウバには、なんていうかな、俺のことを丁寧に扱ってほしいんだ。それにそういう呼び方の方が、君には似合ってると思うんだよな、俺」
「そう、ですか?」
「うん。頼めるかな?」
戸惑い気味にオウバの蒼い瞳が振れる。
そんな様子が、まるで”望”によく似ていて、ミキオの体温を急上昇させてゆく。
「分かりました。では……ミキオ様?」
「いや、様じゃなくて、”くん”で良いよ」
「それはダメです! ミキオ様は私達を命がけで助けてくださいました! 様はせめてお許しください!」
智よりも生真面目だった望を思い出し、ミキオの胸が疼く。
「分かったよ、オウバはそれで良いよ」
「はい! では……ミキオ様?」
「何? オウバ?」
オウバも赤面。そんな妹を見て、姉のシャギは不満そうだった。
「ふん! 私は親しい間柄の証として、”ミッキー”の呼び方を授かりましたわ。ミキオ様だなんて、そんな他人行儀な……やはり姉である私の方が、ミッキーにとっては大切なようですね!」
「あら、姉様珍しくご嫉妬ですか? 見苦しい……オウバは姉様よりも、丁寧ということで、ミキオ様という、とても名誉ある呼び方を授かりましたの? 雑で、ガサツで、お料理一つロクにできない姉様に代わって、この私が!」
「ふぅん、オウバ? 妹の分際で姉に盾突くつもり?」
「元より私たちは双子。たまたま出てきたのが姉様先で、私がほんの少し後だっただけですわ!」
「オウバ!」
「姉様!」
「「むむむっ……!」」
にらみ合う姉妹。
二人を止めるべく、ミキオは二人を同時に抱きしめる。
「「きゃっ!」」
「悪い! 俺の我がままで喧嘩させて!」
傍に感じるシャギとオウバの体温。
春の陽だまりのような暖かに、ミキオは安らぎを得る。
凍てついていた心は既に元の温かさを取り戻していた。
「ありがとう、またこうして俺のところに来てくれて、本当に……」
とうとう堪えきれず、ミキオの頬を涙が伝った。
言い争いはするも、それでも結局仲のいい双子の姉妹。
シャギとオウバを見ていると、どうしても死んだ智と望を思い出す。
二人が帰ってきてくれた。そう思えて仕方のない彼の瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちる。
「ミッキー……?」
「ミキオ様……?」
「ごめん、うっ、ひっく……二人が、こうして傍にいるのが、嬉しくて……ごめんね、男の癖に泣いて……カッコ悪くて……ひっく……」」
「オウバ」
「はい、姉様」
シャギとオウバはそっとミキオへ身を寄せた。
「ミッキー。シャギ=アイスは貴方の傍に居ます。ずっとずっと、貴方の傍にいますよ?」
「姉様の仰る通りです。オウバ=アイスもここに居ります。ミキオ様、私達は貴方に助けて頂いたその時から、貴方のお傍にずっといると決めました。だから安心してください」
「「絶対に離れませんから。貴方を一人寂しくはさせません。お約束します」」
「ううっ、ひっく……うわぁぁぁぁぁ!」
感情が爆発し、幹夫は獣のように吠えた。
――もう二度と離れない。離さない、絶対に!
幹夫は更に強くシャギとオウバを抱き寄せ、彼女達もそれに応える。
200年ぶりの涙。
幹夫は涙が流せることに喜ぶ。
手の間からすり抜けるように、失ってしまった幸せの時。
200年もの間、悩み、苦しみ、渇望した現実が、今再びミキオの腕の中にある。
彼はシャギとオウバの存在に感謝し、二人の熱を思う存分感じ、過去の傷を癒すのだった。




