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自由への脱出 【後編】


「高レアリティアイテム所持者の肉体を破壊。対象アイテムを奪取!」


 黒衣の忍者:シャドウが、無機質な声を発した。

 シャドウの右腕に巻き付く蛇が、口から剣の刃を吐く。


「希少アイテムを奪取! 奪取! 奪取ッ!」


 シャドウの姿がケンの前から消えた。


 ケンが咄嗟に抜いたショートソードと、シャドウの剣がぶつかり合い赤い鮮やかな火花を散らす。

 明確な殺気と、冷たい気迫。


――ザコモンスターとはわけが違う!?


「ラフィ、下がれ! 隠れてろ!」

「ケンさん!」

「俺には構うな! 最悪、お前だけでも逃げろ! 良いな!?」

「そんな!」


 ラフィを意識から除外し、ケンは拮抗状態だったシャドウへ足払いを繰り出す。

 シャドウはあっさりと飛び退き回避する。

だが、それはケンの想定範囲内。

 ダッと地を蹴り、距離を詰める。

 シャドウも同時に地を蹴って再び剣戟が始まった。


 ケンとシャドウは静かに、しかし激しく剣を打ち合う。

 ケンが首を狙えば、シャドウはわきの下を狙う。


 無駄な動きの一切ない、相手を殺すことを目的とした剣戟は、一進一退の攻防を繰り返しながら、

夜空へ赤い火花を散らす。


――やっぱり一筋縄じゃいかねぇか……!


 剣戟の速度、身のこなし、あらゆる点において、シャドウの攻撃は完成されていた。

 互いに剣を打ち合うことはできるも、【サーチ】を施すための、触れるタイミングは皆無。


「チッ!」


 【サーチ】を諦めたケンは、HPを消費し【絶対不可視】の力を発動させ後ろへ飛び退いた。

急な気配の消失にシャドウはたじろぐ。

 その隙にケンは脇へ回り込み、逆手に構えたショートソードを振るう。


 【切れ味増強】のスキル発動によって【絶対不可視】が解除。

シャドウは瞬時にケンを捉えたが、やや遅い。

 スキルによって切れ味が増強されているショートソードは、シャドウの黒衣と下にあった鋼の鎧を断ち切る。


 柄に感じる確かな手応え。

 わき腹への直撃。


 しかしシャドウからの殺気は止まず、ケンは緊張したまま、再びショートソードを掲げた。


――なんだよ、こいつ。急所をやられても平然としてる!?


「お前、何なんだ!?」


 ケンは思わずそう叫んでいた。


「……」


 しかしシャドウは覆面の奥にある赤い双眸そうぼうを輝かせるだけで、言葉を一切発しない。

 シャドウから発せられるまるで機械のような、冷たい感覚はケンの背筋を凍らせた。

 感覚に任せてショートソードを掲げる。


「破壊ッ!」

「なっ!? くっ!?」


 受け止めようとしたショートソードがシャドウの剣に砕かれた。

シャドウのつるぎがケンの胸へ袈裟切りを浴びせかける。


 一瞬、意識が飛びかけたケンだったが、しかし気合で何とな正気を保ち、後ろへ飛び退いて、

シャドウの二激目をなんとか回避した。


刹那、別の殺気が肌を撫でた。


 横目で見てみると、そこには巨大なリュックサックを下ろし、探検家風の少年:ウィンドが。


「へへっ! シャドウ! この手柄はオイラと半分だからな!」


 ウィンドが不気味な笑みを浮かべ、リュックの蓋を開ける。

そこにあったのはまるで暗い洞穴のような虚無。


「蹂躙しろぉ! 野獣共ぉッ!」

「ブフォォォ!!」


 ワイルドボワの猛り声が聞こえ、ウィンドのリュックから、次々とワイルドボアが飛び出してきた。


「ぐわっ!!」


 ワイルドボワの群れにケンは飲まれた。

 天地が逆転し、全身のあらゆるところが、ワイルドボワに踏み荒らされる。それでも彼の頭の中は冷静を保ち、



【スキル:毒針(麻痺)】



「こ、このぉっ!」


 遮二無二、ワイルドボワの群れの中で毒針を投げつける。


「ブフォッ!?」


 毒針が突き刺さったワイルドボアは四肢の動きを止め、

次々と玉突きを起こす。

 群れの中から飛び出せば、目下ではワイルドボワの群れが、まるで肉団子のように折り重なってゆくのが見えた。


「肉体を破壊! アイテムを奪取!」


 無防備を晒すケンの背後には、既に黒衣の忍者:シャドウの姿が。

黒衣の蹂躙者は赤い双眸を輝かせ、蛇の剣を構え、刃を光らせる。


「殲滅ッ!」

「ぐはっ!?」


 シャドウの剣がケンの背中を切りつけた。

 焼き鏝を当てられたような熱い痛みが全身へ伝播する。

 ケンはそのままシャドウへ蹴り飛ばされた。


 廃屋を幾つも突き破り、居住区の隅の岸壁まで吹っ飛ばされ、叩きつけられる。


『おい! しっかりしろ! おい!』

「う、うるせぇな、聞こえてるって……」


 ケンは頭の中のアスモデウスへ応える。

が、強気の言葉とは裏腹に、身体がほとんど動かなかった。


 迷宮での戦闘、謎の蹂躙者シャドウとウィンドとの戦いは、ケンから殆どのHPを奪い去っていた。

 立ち上がろうにもシャドウの剣で切り裂かれた体からは、真っ赤な血が滴り、大きな血だまりが広がっている。

 ウィンドの召喚したワイルドボワに蹂躙され、肋骨が何本か折れていて、呼吸をする度に激痛が全身に響く。


「生命反応微小。高レアリティアイテムを奪取」


 シャドウは双眸を真っ赤に燃やし、


「さぁて、どんなアイテムかな? 楽しみだな、へへへっ!」


 ウィンドは子供らしからぬ軽薄な笑みを浮かべながら、

シャドウと並んでケンへ迫る。


 きっと体力が万全だったなら、シャドウとウィンドに後れを取ることは無かった、

とケンは思う。

しかしそう想えど後の祭り。

 今は指一本動かすことさえ叶わず、ただ迫りくる狂気をただ茫然と見つめるだけだった。


 今のケンはこの状況に歯噛みしながら悔しさを募らせることしかできない。

 心は熱くたぎるが、身体は出血のために凍えるように寒かった。


――ここまで、なのか……


「ケンさん! しっかりしてください! ケンさんッ!」


 絶望の中に胸を高鳴らせる声が聞こえ、霞む視界の中に煤だらけのラフィが写る。

 彼女は瞳から涙を流しながら必死にケンの名前を呼ぶ。


「に、逃げ、ろ……」


 ケンは残った力を喉へ注いでそう云った。


「嫌です!」


 ラフィはそうきっぱり答えた。

 本当なら怒鳴り散らしてでも、ラフィをこの場から逃がしたい。


 この残酷で最低な異世界で出会えたかけがえのない存在。

 彼女には生きていて欲しい。

辛いことは多いだろうけど生きていればきっと良いことが有る筈。

だからこそ、ここでラフィには命を落として欲しくはない。

そう想うも、その願いは言葉にできずただケンの中で渦を巻き、外に出ることは無かった。


――せっかく自由を手にできたのに……それなのに……


「……?」


 その時、ラフィが強くケンの両肩を掴んだ。


「ラ、フィ……?」


 彼女は涙を拭い、煤で汚れた瞼を見開いて、真剣なまなざしをケンへ送る。


「ケンさん。わたし、貴方に感謝しています。貴方は戦えなくなったわたしへ、生きる意味をくれました。わたしを必要としてくれました。だから、わたしは貴方に助けられた日から決めたんです。何があっても、わたしはずっとケンさんと一緒に居たい。ううん、居るって……そのためだったら、わたしは!」


 ラフィの顔が視界一杯にまで近づいた。


「わたしの命、分けます。だから、これからも生きてください! 一緒に、いつまでも!」

「ッ!?」


 凍えた体に温かい感触が触れた。

 重ねられたラフィの唇から温かく穏やかで優しい何かが流れ込んでくる。



回復士ヒーラー


 序列迷宮にて主に回復を役割とする職業。

 その存在は自らの命を燃やし、自分以外の誰かの傷を癒す。

本来なら代償はほんの僅か。

 しかし、燃やす命の力は回復士自身の意思による。


 いつもの優しいラフィの命が流れ込み、ケンの深い傷を癒す。


 いつもより命を燃やし、いつもより強く、いつもより優しく、そしていつもより気高いラフィの感覚。


――その気持ち、その意志、決して無駄にはしない。絶対に!


 ラフィの命の輝きはシャドウに切り付けられた傷を塞ぎ、連戦で消耗した体力を回復させる。


 否、”回復”ではなく、


『新生』


 ケンとラフィの燃える命の輝きが一つとなって、新たな命となった瞬間。


「ありがとう、ラフィ」


 傷が癒えたケンはラフィの髪をそっと撫でた。


「どういたしまして、ケンさん」


 ラフィは額に汗を浮かべながらも、いつものように優しく微笑んでくれる。



「俺たちはもう自由だ。もう誰もラフィと俺の自由は奪わせない。だから行こう」

「はいッ!」


 ケンはラフィと共に立ち上がった。

 ラフィの命を分けて貰った身体には力が漲り、足は強く大地を踏みしめる。

 圧倒的な力と、身体を巡る熱。


「生体反応回復!? コレは!?」


 歩み寄っていたシャドウがたじろぎ、


「回復したところでこっちは二人、お前は一人と半分だ! 死ねぇ!」


 ウィンドが再びリュックの蓋を開いた。


「ブフォォォ!」


 虚無を浮かべるリュックから、次々とワイルドボワが飛び出してくる。


――やるぞ、アスモデウス!

『ははっ! 良いぜ、了解だ!』


 アスモデウスと示し合わせ、ケンは登録済みスキル一覧を呼び出す。


――【毒針】の後ろへ【火炎放射】を、そして先端には【光属性魔法】を付与! これこそ!



飛翔針砲ニードルミサイルだぁッ!」



 ケンの周りに無数の魔力で形作った針が浮かび上がった。

 それは底部から火炎を吹いて、一斉に飛び出す。


 未だ銃火器が存在しない異世界。


 この世界に初めて顕現した【ミサイル】は、矢よりも早く、音速を超え、

無数の針がワイルドボワの群れへ襲い掛かる。


「ブフォッ!?」


 針が刺さった瞬間、ドンッ! と光と熱を放ってボワを内側から爆発させる。


 前列のボワは全ての針を受け倒れ、後続するボワもまた針のミサイルで爆破され肉塊へと変わる。


 爆発は爆発を呼び、花火のような炎が無数に沸き起こる。

100頭はくだらなかったワイルドボワの群れがほぼ数瞬で全滅。

 そんな様子をボワを召喚した、ウィンドは唖然とした顔で見つめていた。


「今度はあいつ等だ! 行けぇッ!」


ケンの指示を受けて、【針のミサイル】は、狙いをウィンドを定め飛翔する。


「ウィンド! 防衛ッ!」


 するとシャドウがウィンドを守るように前へ立った。


「駆逐! 駆逐! 駆逐!」


 シャドウは針のミサイルを蛇の剣で弾く。

 切り裂かれた針の先端はシャドウに突き刺さることなく宙を舞い、目前で爆発していた。

 シャドウの剣筋ははやてのように素早く、機械のように正確無比。


 しかし今のシャドウの標的は小さく細い針。

 幾らシャドウが剣で弾こうとも、細い針は、剣戟の間を抜けて行く。


「駆逐、くち……グオッ!! グアッ!!」

「シャドウッ!」


 ウィンドの悲痛の叫びは、爆音でかき消された。


 突き刺さった針のミサイルは、次々とシャドウの身体に突き刺さり爆発を起こす。

 それでもシャドウはウィンドの盾になって、爆発に耐え続ける。

が、シャドウはその場にくぎ付けとなった。

 その隙をケンは見逃さない。


 地を蹴って、レベル99の脚力に物を言わせ、瞬時にシャドウとの距離を詰めた。


「散々やってくれた御礼だ!」

「ツッ!?」

「釣りはいらねぇ! 取っときなッ!」


 ケンの拳がシャドウの兜を捉えた。

 クリーンヒットの感触。


「グオッ!?」


 蒸気を上げる黒衣の忍者は、思い切り吹っ飛ばされ、玉のように地面を転がりそして倒れる。


「お前! ぶっ殺すッ!」


 見上げるとそこにはジャンプしたウィンドの姿があった。

ウィンドはリュックの虚無から爆弾を取り出し、構える。


「吹っ飛べぇっ!」


 瞬間、ケンは【絶対不可視】の力で姿を消失させた。


「なっ!? どこに!?」


 飛び上がり、ウィンドの脇を過って背後へ回り込み、力を解除。

 気配が戻ったことでウィンドが驚愕の表情を向けてくるがもう遅い。


「――ッ!?」

「ガキのうろつく時間じゃねぇ! 家に帰ってさっさと寝んねしな!」


 ウィンドの背中へ渾身の回し蹴りを放った。


「ぐわぁーっ!?」


 蹴り飛ばされたウィンドは地面へ深いクレーターを作る。

 それでも勢いは収まらず跳ねて、転がり、そしてシャドウの傍へうつ伏せに倒れ込んだ。


「対象、認識、変更……脅威度、最高……レベル……!」


 シャドウは赤い双眸を明滅させながら、弱々しく立ち上がり、


「ち、ちきしょう……なんなんだよ、あいつ……かはっ!?」


 ウィンドは鼻血をこぼしながら、砂を握りしめるだけで立ち上がれず。


 そんなシャドウとウィンドを目前に、ケンはラフィの手を強く握りしめた。


「行こう」


 静かにそう告げると、ラフィは強く手を握り返し、


「はい!」

「もう俺たちを縛るモノは何もない。だから行こう。明日へ! 自由がある、俺たちの明日へ!」

「わたし、ケンさん付いて行きます! ケンさんと一緒が良いです! どこまでも、いつまでも!」


――もう絶対にこの手は離さない。何があっても!


 ケンは強くそう誓い、「星廻りの指輪」を輝かせた。

 必殺のスキル【魔神飛翔拳ロケットパンチ】が発動する。


 土が盛り上がり、瞬時にケンとラフィの足元には、巨大な岩の拳が形作られ、真っ赤な炎が噴射を始めた。

ケンとラフィを乗せた巨大な拳の加速が始まる。


「ッ!!」

「ぐわあぁぁぁぁーッ!!」


 岩の拳はシャドウとウィンドを紙切れのように吹っ飛ばした。

 拳はウィンドの体を折りたたみ、シャドウの兜を粉々に粉砕。


 確かな手応えが岩の拳から伝わった。

 拳はそのまま天高く舞い上がる。


 ケンとラフィはずっと自分たちを虐げ続けていた、探索ギルド「アエーシェマン」の廃墟を一切振り返らない。

二人はただ満点の星が浮かぶ美しい夜空だけをまっすぐ見つめ続けるだけ。

 その瞳には希望の光が輝いていた。


――長かった奴隷兵士としての生活もこれで終わりだ。


 異世界へ連れて来られてから今日まで、ケンはこの世界の空を見上げたことは無かった。


 異世界の空。

 そこには澄んだ闇の中で、宝石のように瞬く星々の数々。

 醜悪な世界とばかり思っていたが、こんな良い空をしていたのだと気が付く。

 

そして何よりも――


 隣にラフィが居たことが嬉しかった。

 二人でこうして自由を手にする日が来たことに、喜びを感じていた。


 ケンが手を強く握りしめ、ラフィはそれに応えてくれる。


――俺は生きる! この世界で、ラフィと共に!


 ケンとラフィを乗せた魔神の拳は夜空を駆け巡る。

そして流星のように空の彼方へ消えてゆくのだった。


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[気になる点] アエーシェマンに生き残りは居ないのかな? 奴隷兵士に生き残りは?全滅? 同じ境遇の人を助けたりはしないのかな
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