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アイス姉妹


 メドック地区と呼ばれるところには、かつて大きな一つの村があった。

名前も無く、地図にも乗らない村。

そこは獣の耳と尻尾を持ち、生まれながらにして膨大な魔力を保有する「不浄の一族」の村である。


 その村に仲睦まじい双子の姉妹の姿があった。


「オウバ、参りますよ」


 美しい黒髪。黒い三角の耳に、細い尻尾。

姉の”シャギ=アイス”は双子の妹の手を取り、


「はい、姉さまっ!」


 栗毛色の耳と尻尾をもつ、妹の”オウバ=アイス”は信頼する姉の手を握り返し、歩き出す。


 二人は生まれてからずっと一緒だった。

どこへ行くのも、何をするのも一緒だった。

 シャギは少し強気で、オウバは臆病。

同じ顔立ちなのに性格が反対の姉妹は、だからこそ上手く行っていたのかもしれない。

 シャギとオウバは互いを慈しみ、時に支え合いながら、小さな村で穏やかな時を過ごす。

 しかしそんな平穏の日々は、たった一日で崩壊した。




「うくっ、ひっく……お父様、お母様ぁ……」

「泣くのはおよしなさい! 必ず守ってあげますから。この私の命に代えても!」

「姉さまぁ……ひっく……」


 シャギとオウバは、僅かな同胞と共に森の中を必死に駆け抜けていた。

突如、飢えた多数のゴブリンが村へなだれ込んできたのだ。

村はあっという間にゴブリンに蹂躙された。

彼女たちの両親も、奴らの餌食となった。


――もうオウバを守れるのは私しかいない。


 責任感が強く、泣き虫な妹を愛してやまないシャギは、妹のオウバを必死に励ましながら、道を行く。


 「ぎゃっ!」


 突然、先頭から悲鳴が聞こえた。

先頭を進んでいた若い一族の男性がぐしゃりと弾け、血飛沫を上げる。

 一見何もないように見えるソコ。

しかし魔力の感知に優れる彼女たちは一様にして、今自分たちの目の前へ”魔力による障壁”が張られていることに気が付いた。


 そして木々の間からぞろぞろと、ローブで姿見を隠し、杖を携えた何者かが現われる。

彼女達は人よりも優れた嗅覚によって、目の前に現れたのが”人間の魔導士”だと気づいていた。


 リーダーと思しき、赤いローブを羽織った魔導士が杖を振り翳す。

魔導士たちの杖の先を真っ赤な炎が彩る。


「姉さまぁ……」


 縋りつくオウバを強く抱きしめ、シャギは魔導師共を鋭く睨みつけた。


――やってやる……私の力を見せてやる!


 シャギは、自分には”特別な力”があるという自覚があった。

そして今こそ、それを使う時。


 魔導士が一斉に杖から火球を放つ。

シャギはその力を腕に纏わせ、横へ凪いだ。

 紫電を帯びたシャギの腕は、火球をかき消す。

魔導士からどよめきが沸いた。


「魔力だと!? こいつ――!?」


 シャギは既に一人の魔導士の前に至っていた。

左腕へ霞のようなその力で形作った”黒く禍々しい爪”を振り落とす。

爪は障壁を切り裂き、その先にいた魔導士を両断した。


「さぁ、来い……オウバに近づく奴は八つ裂きにしてやる。覚悟しろぉッ!」


 シャギはピンと尻尾を立て、威嚇する。

魔導士たちへ更なる動揺が走った。

すると、他の一族も叫びを上げ、生き残りをかけた戦いへ身を投じる。


 魔導士の火球が容赦なく降り注ごうとも、一族は懸命に反撃を続ける。

例え、隣にいたものが炎で焼かれようと、自らを守るため。

ただひたすらに、懸命に。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 五人もの魔導士を倒したシャギは呼吸を整えていた。

そんな彼女へ複数の火球が降り注ぐ。

避けたいのは山々。

しかし疲弊しきった体は言うことを利かず、ただその場に佇むだけ。

すると、シャギの目の前へ白い影が降り立ち、火球をかき消す。


「オウバ!?」


 妹のオウバは膝を震わせながらも、その手には白い霞で形作った鉄球モーニンスグスターが握られていた。


「オウバも戦いますっ! 姉様!」

「できるのね……?」

「はい! が、頑張りますっ!」


 ずっとシャギの隣でビクビクしていた印象の強いオウバ。

しかし今は、震えながらも一緒に戦うと言って来てくれている。

そんな妹の成長ぶりにシャギは少しの寂しさと同時に大きな喜びを感じる。

 シャギとオウバは背中合わせに立ち、周囲を睨む。

既に彼女達は複数の魔導士に取り囲まれれていた。

状況は絶望的。しかし姉妹の胸には希望しかなかった。


――私はオウバを守る!

――オウバは姉様と戦うっ!


 「「さぁ、来い雑魚共! 私たち姉妹を舐めるなァァァ!!」」


 シャギとオウバは必死に応戦し、


「はいぃっ!」


 一族の少女が、魔導士を勢いよく蹴り飛ばす。

 最初の頃こそ、一族は優勢だった。

士気も高く、誰もがこのまま行けば、この場を切り抜けられるとさえ思っていた。


「ぎやぁあぁぁぁ!」


 一族の男が魔導士の炎に焼かれ、絶命する。

その瞬間から一族の優勢は失われた。

 魔導士の容赦ない魔法攻撃が次々と一族を焼き殺し、数を減らしてゆく。


戦は数、とはよく言ったもの。


 じわりじわりと数を失って行く一族は、次第に劣勢に立たされて行く。

このままでは全滅は必至だった。

だからこそシャギは決断した。


――せめて、オウバだけでも!


「うわぁぁぁぁっ!」

「姉様!?」


 シャギは黒い霞のような爪を、行く手を塞ぐ透明な障壁へ押し当てた。

 黒い霞の爪が蒸発し、彼女の左手を容赦なく焼く。

熱くて、痛くて、苦しい。

しかしオウバの未来のためならば、と彼女は懸命に耐えた。


 バリンっ! と、障壁が崩壊した。

瞬間、全ての力を使い果たしたシャギは、その場へ倒れ伏す。


「姉様っ!!」


 今にも泣きだしそうなオウバが駆け寄りシャギを抱き起す。

シャギは、殆ど力の入らいない手で、しかしそれでもオウバの身体を押した。


「な、何をしているの、逃げなさい……今ならオウバだけでも……」

「嫌ですっ! 姉様を置いてなんて行けませんっ! どうしてそんなことを仰るのですか!?」


――ああ、そうだ。オウバはこういう子だったわよね……


 臆病で泣き虫で、いつもシャギの跡を追ってばかりのオウバ。

しかしことさらにシャギのことになると、自分のことをなど顧みず、矢面を立つ。

小さい頃村の悪ガキにいじめられていた時も、オウバはびくびくしながらも、シャギを庇った。

他にも似たようなことがあったように思うが、思い出せず。

ただ、オウバは決してシャギを見捨てない。一人で逃げるなどありえない。

 シャギは判断を見誤った自分を心の中であざ笑う。

同時にオウバの気持ちをきちんと理解している自分に温かい気持ちを得た。

 気が付けばアイス姉妹は魔導師に取り囲まれていた。

 魔導師は杖に魔力で炎を浮かべる。


「ごめんね、オウバ、守ってあげられなくて……」

「何を仰います姉様。姉様と一緒に死ねるなら本望です。だってオウバ達は、世界でたった二人っきりの姉妹なのですから」

「ありがとう、オウバ」

「どうういたしまして、姉様」


 シャギとオウバは互いに抱きしめあい、最後の瞬間を待つ。


「待ちなさい」


 二人を取り囲んでいた魔導師が道を開け、その間からリーダー格と思しき魔導が姿を現す。頭まですっぽり覆ったローブの奥で、冷ややかな眼が、光ったように見えた。


「隊長、どうなさるおつもりで?」

「流石これだけの被害を出して手ぶらでは帰れません。この娘どもは土産にしましょう」

「よろしいのですか? 確か任務は一族の滅亡では……?」

「なら尚のこと良いではないか。貴重な一族の姉妹をセットで……好きもののあの方ならさぞお喜びになるでしょうよ」


 魔導師のリーダー格は杖を振りかざし、魔力をシャギとオウバへ注ぐ。

二人は魔力を封じる真っ赤な首輪をつけられ、連れ去られるのだった。



●●●



「さぁ、もっと鳴け! 叫べぇ!」


 ”主人”は調教部屋でゆららゆら揺らめく影を見て、それを肴に極上の酒を飲み干す。彼の従者もまた、主人の”玩具”である彼女達へ嬉々とした様子で、欲望の矛先を向ける。


「うっ、うっ、ひっく……」


 特に主人が気に入っていたのが、泣き虫な妹の方だった。

少し突けば泣き、激しくすれば更に泣き叫ぶ。

絶望と羞恥が入り混じったその表情は、いつ見ても飽きず、最高で極上の酒の肴だった。


「や、やめなさい……! やるなら私を……オウバはもう……!」


 そしてこの姉の反応もまた、いつ見ても飽きなかった。

妹を痛めつければ、決まって姉の方が身代わりになろうとして、憤怒の視線を向けて来る。それはお仕置きの時でも健在だが、押し寄せる感覚に耐えつつ、それでも理性が崩れて行く様は、とても愉快で興奮を覚えるものだった。


 最高で、極上の、そして貴重な玩具。

殲滅任務で多額の献金をして損害を被ったが、この玩具を手に入れられたのだから御の字。主人は今日も、手に入れた”貴重な姉妹”で遊び、悦に浸る。



 これが今の、シャギとオウバを取り巻く現状だった。


 ここがどこかは定かではない。ただ毎日のように、狭い部屋の中で、”主人”と呼ばれる者に弄ばれるだけ。奴隷と化したシャギとオウバに逆らうことは許されず、尊厳を踏みにじられる日々。

それは次第にエスカレートして行く。



……

……

……


「……」


 とある日、シャギは一人”檻”に残されていた。

珍しくセットではなく、オウバだけは連れ出された。

 まるで半身を失ったかのような寂しさと不安がシャギを席巻する。

だがこの場でいくら叫ぼうと、幾らオウバを呼ぼうとも、彼女がすぐに戻ってくることは無い。主人の玩具である以上、何をしても無駄。

だからシャギは一人、檻の中で膝を抱え、ただひたすらに妹の帰りを待ち続ける。


「――ッ!?」


 突然、シャギの耳が、オウバの悲鳴を捉えた。

シャギは鉄格子へ飛びつくが、看守に呪印を発動させられ、突き戻される。


――オウバ、嗚呼、オウバ、どうか無事で……


 シャギは檻の中で大人しく、そして必死にオウバを祈り、待ち続ける。

やがてオウバが戻ってきた。

何故か男二人に抱えられ、首はだらしなく下がっている。

そして檻へ投げ込まれたオウバの様を見て、シャギは絶句した。


 髪と同じ色をした尻尾が、オウバから無くなっていた。


「ね、姉様……」

「オウバ!? これはどういうことですか!? 尻尾は!?」


 シャギの腕の中で、オウバは顔を歪め、頬に涙が伝う。


「痛かったよぉ……姉様ぁ……ひっく……」


”主人”はどちらかというとオウバの方を痛めつけるのが好きだった。

きっとこの仕打ちも、ただオウバの泣き叫ぶ顔が見たかっただけに違いない。


――何とかしないと……一日でも早く!


 自分のことなどどうでも良かった。

こんな地獄から一日でも早く最愛の妹を解放した。

シャギはそう強く決意し、そのためには何でもすると、心に強く誓うのだった。



……

……

……



「オウバ、行きますよ!」

「は、はいっ!」


 簡単に着衣を正したシャギはオウバの手を取った。

絞め殺した看守の男の死体を過り、開け放たれた檻からシャギはオウバと共に飛び出す。

 シャギは看守が”この男”であったことが心底良かったと感じる。

特にこの看守だった男は低位の者なのか、主人の行う”遊び”には参加して居なかった。いつも物欲しそうにシャギとオウバを見ていた。

タイミングさえ間違わなければ、男を誘惑し、檻を開けさせるなど容易だった。

 既になりふりなど構っている間は無かった。

これ以上、この地獄の館にオウバを居させたくは無かった。

だからこそシャギは、事に及び、自由への脱出を試みる。

 殺した看守から奪い取った鍵で扉を開け放つ。

 シャギとオウバは久方ぶりの感じる外の空気で肺を一杯に満たしつつ、闇夜の中を駆け抜ける。


 順調に思えた逃走。

しかしシャギは左右から嫌な予感を感じ、オウバを先へ突き飛ばした。


「姉様っ!」

「ああっ!!」


 シャギの黒い尻尾が千切れ、闇の中へ舞い上がる。

下生えの中に隠されていた巨大な虎ばさみがシャギの尻尾を引きちぎる。

シャギはその場に倒れ込んだ。


「わ、私に構わず行きなさい、オウバッ!」

「嫌ですっ!」


 やはりオウバはシャギを見捨てず、駆け寄ってくる。

シャギの背後では、ようやく彼女達の脱走に館の人間が気づいたのか、真っ赤な松明の炎が覗き始める。


――せっかく逃げられそうだったのに……!


 妙に強い既視感を覚える光景。

確かに村が滅ぼされた時も、同じような場面があった。

だが、あのような場面は、シャギの人生の中で、それ一回きり。

しかし既視感を強く覚える。


 オウバではない誰かが、シャギを呼び、自分の危険も顧みず向かってくる。

そんな時、シャギの脳裏へ、突然理論が浮かび上がる。

知らない筈なのに、ずっと昔から知っていたかのような理論と式。

戸惑いはあった。

だが、今はソレに掛けるしかなった。

 シャギは魔力を高め、その理論と式を発動へ導こうとする。

端に魔力を封じる赤い首輪が、シャギの首を締め上げ始めた。

息苦しく、首が引きちぎられそうな圧力に襲われる。


それでもシャギは耐えた。耐えて、耐えて、耐え続けた。

全ては最愛の、世界でただ一人の血を分けた妹のため。

自分がどうなろうと構わない。


――オウバさえ、生きてくれれば、それだけで!


 術式に魔力が満たされた。シャギはオウバへ手を翳し、


「あ、貴方は生きて、オウバっ! 転送テレポート!」

「――!!」


 シャギの腕から理論と式で成り立った魔力が、一つの魔法となってオウバの姿をかき消す。


――これで良かったんだ、これで……オウバ、私の分も幸せになってね……


 館の追手が松明で倒れ伏すシャギを赤く照らし出す。

反抗する力さえ失ったシャギはそのまま館へ引きずり戻されるのだった。


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