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最後の標的

*残酷描写箇所です


 ダンタリオン迷宮を出ると、外は闇に包まれていた。

冷たい風が頬を撫で、星明りがぼんやりとミキオを照らし出す。

 そんな彼へ黒々とした巨大な影が落ちてくる。


 闇夜に浮かぶ黒鉄の城。

 大量の魔石の力で常に滞空するバスティーヤ要塞の威容がそこにあった。


滑空エア


 足元へ魔力を発生させ、そう呟く。

イメージと魔力がリンクし、トリガーたる言葉がミキオの身体を宙へ浮かせた。

加速アクセルを発動させる。

彼は矢の如く夜空を舞い、あっという間に上空に浮かぶバスティーヤ要塞にまで達する。

 しかし彼の行く手を、要塞全体を守る、魔力障壁が阻んだ。

ミキオは僅かに拳へ力を込め、魔力をそこへ回す。


「よっと」


 たった一発。

それだけで巨大な要塞を覆う障壁が、ガラスのように砕けて散った。

途端、城塞全体からけたたましい鐘の音が鳴り響く。

だがミキオは気にせず、静かに苦衷要塞の中庭へ降り立つ。


 つい数日前、彼はここで智や仲間たちと約束を交わした。

しかし今は智はおろか、彼の傍には誰もない。

悲しみが押し寄せ、頬に自然と涙が伝う。

そんな彼へ向けて、バスティーヤ城塞から警報を聞きつけた兵士達が続々と姿を見せる。

 ミキオは泣き顔を隠すように、【幻影仮面】を装着した。


「貴様、何者だ!」


 バスティーヤの正規構成員が叫ぶ。


「君たちの代表に会いたい。そこを開けて貰えないかな? 大人しくしてくれれば悪いようにはしないよ?」


 とりあえず声は掛けてみる。しかし怪しい輩の言葉など誰が信じるものか。

構成員を始め、ミキオを取り囲む奴隷兵士達は一様に武器の柄を握り締め、臨戦態勢を取る。

 ミキオは仮面の裏でため息をついた。

 刹那、彼の姿が一人から二人へ、二人から四人へと次々と分裂をしてゆく。


「じゃあ、遠慮なく行くよ!」


 無数に分裂したミキオは同時に地面を蹴った。

 

 これがミキオのできる、彼なりの”慈悲”であった。

所詮、奴隷兵士は奴隷兵士。その存在である限り自由はおろか、命の尊厳さえも簡単に踏みにじられてしまう。

 智や望と研究していた呪印解除の魔法は未だ完成の目途が立っていない。

そんな彼に今できること、それは――再び昇天させることだけ。

魂をこの醜悪な世界から解放する。それが彼のできる唯一の救済。


 迷いも、躊躇いも無かった。

自分がしている行為は、今目の前にいる人々へ自分ができるせめてものこと。

自分のような想いをしてほしくは無いと言う、ねじ曲がった優しさ。

彼は”救済”の言葉の下、蹂躙を繰り返す。


 拳を振り、稲妻を放ち、岩の剣で同胞たちを切り裂く。

 後退する者も逃さず、許しを乞う者も、そして勇ましく立ち向かって来る者は言わずもなが。

全て等しく、死を与え、解放してゆく。


 もはやこれは戦いと云えず。

一方的な暴力と破壊。蹂躙というに相応しい状況だった。


「ギガサンダー!」


 黒い稲妻が城塞の塔を崩壊させた。

残りわずかとなった敵は全て黒い稲妻に飲まれ、瞬く間に消し炭と化した。


城壁が崩れ落ち、まるでミキオを導くかのように道を開く。

彼は警戒もせず、城塞の中へと踏み込んでゆく。


 道を塞ぐ全てのものを容赦なく切り裂き、ミキオは真っ直ぐと、城塞の最上階を向かってゆく。

 そして立派な二枚扉を、思いきり蹴破った。


「き、貴様! 無礼であろう! 名を名乗りなさい!」


 立派なベッドの上には半裸の首領:カロン=セギュールがいた。

彼の周囲には、かつてはクラスメイトで、今はカロンの犬としてご奉仕を続けているパーティーリーダーの男性陣がいた。

カロンとお楽しみ中だった彼らは立派な体躯を、小鹿のようにブルブルと振わせている。


――さっきからこんな場面ばっかし。夜になればみんな獣か……汚らわしい。


「何者かと聞いている! 答えなさい、愚か者!」

「どーも、ただいまっすカロン様!」

「その声は、もしや……!?」


 驚愕するカロンを見て、ミキオは思わず笑みを浮かべる。

愉快で愉快で仕方が無く、彼はにんまり笑顔を浮かべたまま【幻影仮面】を外した。


「ミキオ=マツカタ、カロン様のご指示通り、モンスターハウスを切り開き、ダンタリオン迷宮からDRアイテムを回収してきました!」

「……」

「この仮面がDRアイテムでして、これには……って、聞いてます、カロン様?」


 カロンは苦々しい表情で魔力を帯びた腕を翳していた。


「あっ、すみませんカロン様。もう呪印は利きませんよ? ほら?」


 ミキオは軽く胸元を開き、呪印が消えているのを見せる。

するカロンは歯噛みし、


「お前達、ミキオを殺しなさい! 奴は反逆者です!」


 カロンの指示を受け、彼を囲んでいたパーティーリーダー達が一斉に武器を手にし、行く手を塞ぐ。

奥ではカロンがシーツを跳ね除け、ベッドから飛び降りようとしていた。


「おっと、逃げないくださいよカロン様?」

「なっ――!?」


 アクセルブーストで加速したミキオは、既にカロンの頭を無造作に掴んでいた。

彼の背後ではすでにミキオの攻撃を受けたパーティーリーダー達が、風船のように破裂し、絶命する。


「ミ、ミキオ君! DRアイテムを持ち帰ってくるだなんて素晴らしい! 素晴らしいですよ、貴方――あがっ!?」


 ミキオは笑みを浮かべたまま、カロンを投げ飛ばした。

カロンは立派な壺を割り、壁へ叩き付けられる。


「けほ、ごほっ……す、済まなかった。君たちグリモワールにしたことは謝る。だ、だから……!」


 カロンの言葉を寸断するように、頬を蹴り飛ばす。


「とりあえず、コレは今まで死んでったみんなの分ね」


 強引にカロンを立たせ、腹へ一発見舞った。


「で、これは風太の分!」

「かはっ!?」


 細身のカロンがくの字に折れ曲がり、口から血を吐く。

表情は苦悶で歪んでいる。

そんなカロンへミキオは何度も、何度も、拳を叩きつけた。

 次いで拳を叩きこむのに飽き飽きしたミキオは、カロンの頭を下にして、丸太のように掲げた。


「これが景昭の分!」


 垂直にカロンを頭から、さっきまで情事に耽っていたベッドへ叩き落とす。

立派なベッドの底が抜け、半分に折れた。


「も、もう止め……」


 カロンのか細い声の懇願を聞き流して、ベッドの残骸から引きずり出す。

そして床の上へ放り投げた。

 もはや動くことも敵わない、かつての飼い主の様に、ミキオは興奮を隠し切れなかった。

カロンへ馬乗りになったミキオは、愉悦で思わず口元を歪ませる。


「そしてこれが、望と智の分だッ!」

「ひっ!?」


 拳をカロンの顔面へ叩き込む。

細面のカロンがぐにゃりと歪む。

だが、ミキオの拳は止まらない。

 幾らカロンが許しを叫んでもミキオは拳の応酬を止めない。


――憎い、憎い、憎い! この男が、心底!


 勝手にこの世界に呼び出した挙句、道具のように自分たちを使い捨てた憎むべき輩。

自分の命ならまだしも、大切な人たちの命を奪い去った、このカロン=セギュールという卑劣漢をミキオは許し難かった。

 絶望と悲しみは怒りへ代わり、それは拳の力となって、何度もカロンの顔へ拳を叩き込む。


『ミキオよ、そろそろ止めにはしないかね? これはただの力の浪費というものだぞ?』


 ダンタリオンの声が聞こえ、ミキオは我に返る。

拳を引き抜くと、カロンの頭が力なく床へ落ちた。


『計画と違うではないか。君は一通りこの男へ応酬した後、呪印をほどこして、この組織を手中に収める算段ではなかったのかね?』

――あー、そういえば、そんなことを計画してたような……

『残念だが、この男は既に死亡している。この後はどうするつもりかね? この城塞も、君が殆ど破壊しつくしてしまったではないか』


 ほんの僅かだが後悔はあった。しかし満足感の方が上回っていた。

これまで自分たちを閉じ込めていた城塞。

そして自由を奪い続けていた、憎むべき相手はもうこの世に存在していない。


 怒りも悲しみも絶望さえも、ここの場に置いてゆく。


そう決めたミキオは窓を割って飛び出し、滑空エアで大空へ身を投げた。


 星々の瞬きを背に、目下へ黒煙を上げ、次第に下降を始めているバスティーヤ城塞を視界に収めた。

両腕へ魔力を集中させ始める。


『何をするつもりかね?』

――最後のお掃さ、ダンタリオン。汚れた思い出は全てこれで消し去る。


 両腕の魔力が臨界を迎えた。

ミキオが手を重ねて突き出せば、そこに真昼のような魔力の輝きが湧き、夜空を明るく彩る。

相反する魔力を高め、ぶつけることで生じる対消滅の膨大な力。

 森川姉妹の増幅魔法を応用し、ミキオ自身が編み出した新たなる光属性の強大な魔法。


「全部、ぜーんぶなくなっちまえ! レイ・ソーラッ!!」


 ミキオの腕から壮絶な白色の閃光が迸った。

それは巨大なバスティーヤ城塞を飲みこみ、渦の中で瓦解さえて行く。

 溜めこんだ財宝やアイテムが、同僚たちの躯が次々と溶けて消える。


 空中を自在に飛んでいた黒鉄の城は空の藻屑となり、跡形もなく消え去る。

 バスティーヤ城塞の完全消滅を確認したミキオは、転送テレポートの魔法で、その場から姿を消すのだった。


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