復讐の白閃光
*残酷描写箇所です。
圧倒的な”魔神ダンタリオン”の力。
それを駆使し彼は、あふれ出るモンスターを拳一つで蹂躙し、ほの暗い迷宮をどんどん駆け上がってゆく。
溢れんばかりの力と活力。
軽く拳を突き出せば、ゴブリンは水風船のようにはじけ飛び、リザードマンはただの肉塊へと化す。
『どうかねミキオ君、レベルを解放した感想は?』
ミキオと同化した七十一位魔神ダンタリオンの、まるで教育者のような声が響く。
「最高だね、コレ」
ダンタリオンの話では、ミキオ達奴隷兵士は呪印の力によって、ある程度のレベルにまで達すると、成長を抑制するように仕組まれていたらしい。
ミキオの現在のレベルは90。カウントストップの99、神代の領域である100は目前であった。
――この力さえあれば、もしも俺がこの力をもっと早く解放できてたなら……!
後悔が押し寄せ、仲間達の最後が頭を過る。
胸に強く刻まれた絶望の瞬間。最愛だった人の最後。
それはすぐに、激しい”憎悪”へ変換される。
「グルアァァァ!」
そんなミキオの前へ、巨大な鬼のようなモンスター”オーガ”が姿を現す。
しかも一体ではなく、六体も。
ミキオはゴーレムに匹敵する強敵集団を鋭く睨みつける。
「邪魔をするな」
吊りあがった双眼のような穴と、鼻筋だけの仮面、DRアイテム【幻影仮面】
ミキオはソレを素早く顔へ押し当てる。
突然、仮面を付けたミキオが分裂を始めた。
一人だったミキオが、二人に、四人にと分裂を繰り返す。
そんなミキオに”恐怖”を感じたのか六体のオーガが一斉に襲い掛かる。
複数の仮面を付けたミキオもまた、オーガへ立ち向かう。
「グガッ!?」
ミキオの軽い蹴りが、オーガの顎を捉え、巨体を吹き飛ばす。
岸壁に叩きつけられたオーガは首をありえない方向へ傾け、動かなくなった。
他のミキオも同じようにオーガを叩きのめしている。
魔力の強弱によって自在に”幻影の質量”を変えられる能力。
姿だけで霞のような存在も生み出せ、加減によっては分身のように扱うこともできる。
かつて彼が編み出した【アクセルブースト&ファントム】のようなまやかしでは到底発揮できない圧倒的な力。
崩れゆくオーガをミキオ達は捉える。
そして一斉に魔力を高め始めた。
彼の身体が、変色した白髪と同じ輝きを放った。
「「「「アースブレイドッ!」」」」
次々と地面が隆起し、岩の巨剣が出現し、オーガを両断してゆく。
ミキオはオーガをむさぼりつくした、岩の剣を見上げて、この魔法を教えてくれた森川 望の姿を思い出す。
彼は胸に湧いた痛みをそっと堪え、踵を返す。
そして再びほの暗い迷宮を一人歩き始めた。
――そろそろか……
ダンタリオンの補助を受けながら、ミキオはスカルウィザードの魔力を追って、迷宮を昇ってゆく。
既にこの迷宮の中に彼の行く手を阻むものは皆無。
恐れるものは何もない筈なのに、”ソコ”へ近づく度に体が震え、胸が押しつぶされるように痛い。
そして彼は”ソコ”へ戻った。
不発に終わった魔石爆弾が転がり、折れた太刀が地面に突き刺さっていたソコ。
既に人の生気は感じられず、食人鬼が一か所に群がり咀嚼の音を上げていた。
グールの間からちらりと、白く美しい細腕が見え隠れしている。
ミキオの頬へ自然と涙が伝った。
――ああ、あれはどっちなんだろ。望のかな、智のかな。もうあんな姿になっちゃどっちだかわかんないや……
もう沢山だった。
これ以上、大事な人たちが汚されるのは我慢ならなかった。
――せめて、幕引きだけは美しく。俺の手で……!
ミキオは強く地面を踏みしめた。魔力を内側で燃やし、高めて行く。
圧縮の余波が彼の身体がにじみ出て、紫電を浮かべ、足元の砂を巻き上げる。
そうしてようやく、このモンスターハウスの主であるスカルウィザードがミキオの姿に気が付いた。
「クカカカッ!」
顎を鳴らし、鎌を旗のように振って指示を送る。
途端、夢中で食事をしていた食人鬼や、数多のモンスターが一斉に顔を上げ、魔力を燃やすミキオの方を向く。
その時既に、ミキオの溜めこんだ魔力は臨界を迎えていた。
彼は黒い紫電を浮かべる腕をモンスター共へ掲げ、
「ギガサンダー……!!」
壮絶な漆黒の稲妻がモンスターハウスへ降り注いだ。
それは岩を砕き、スカルウィザードを、食人鬼を、数多のモンスターを飲みこみ、消し去ってゆく。
不発の魔石爆弾も、折れた太刀も、そして唯一形を留めていた白い細腕さえも、灰燼に帰す。
光が履け、巨大な石室に静寂が訪れる。
そこにはもう、何も存在してはいなかった。
「ありがとう、智……」
智が最後の魔力を振り絞ってかけてくれた転送の魔法。
そのお陰で彼は偶然にも迷宮最深層にまで達し”偉大な力”を手にすることができた。
彼は機会と力を与えてくれた最愛の人の想いを胸に、”次の標的”の魔力を感知しつつ、先へ進んでいった。
●●●
ダンタリオン迷宮の深層部。
そこの中でも極めて浅層に探索ギルド:バスティーヤのキャンプが設けられていた。
キャンプと言っても、モンスターの侵入を阻む障壁が張り巡らされてただけで、奴隷兵士たちはたき火を囲んで、冷たい地面の上で雑魚寝をしている。
――あの二人は悠々とあそこでお楽しみ中だよね、きっと。
キャンプ地を視界に収めたミキオは短く嘆息する。
そして【アクセルブースト】を発動させた。
時間が止まったかのように見える、元同僚たちの間を進み、奥にある立派な天幕の中へ踏み込む。
途端、汚らわしい大男:ブライの背中が見えた。
彼の下には大股を広げて、ブライへ縋りつく、全裸のカトウミズホもいる
どうやら彼らは二人きりで夜のお楽しみ中の様子だった。
「やぁ! こんばんはお二人さん」
アクセルブーストを解除したミキオは声を掛ける。
「ッ!?」
ブライは慌てて腰に布を巻きながら振り返る。
「あ、あんた、なんで……?」
カトウは脱ぎ捨てたローブで、胸元を隠しながら声を震わせていた。
「なんでって、帰還の報告をブライ殿にしに来ただけだけど? お邪魔するの、一瞬考えたけど、まぁ、良いかなってね」
「まさか、モンスターハウスから!?」
ブライは声へ明らかに動揺を滲ませている。
「そっ、モンスターハウスから帰還したのさ。残念だったね。俺が死んでなくてさ」
にこやかにミキオは答える。
そんな彼へブライは魔力を含ませた腕を掲げる。
「ミキオ=マツカタへ命じる。俺にひれ伏せ!」
「ぐわぁ! ああー……!」
「苦しめ、この糞ガキがぁ!」
「うーわぁー……なーんてね」
ミキオが一歩踏み出し、ブライの顔が凍りつく。
「な、何故だ!? どうして呪印が!?」
「もうそんなの今の俺には利かないよ? 残念だったね……さぁて、お二人さんをどう料理してあげようかねぇ?」
「ぜ、全、奴隷兵士命じる! ミキオ=マツカタを殺せ! 今すぐにだ!」
ブライの声が響き、天幕の向こうからガシャリガシャリと鎧や装備品の音が聞こえだす。
ミキオはやれやれと言った具合にため息を着いた。
「アースブレイド」
魔力を地面へ流し込む。
巨大な岩の剣が出現し、天幕の屋根や壁を押し上げ破壊する。
彼の周囲を取り囲む岩の剣へぽたりぽたりと、赤い鮮血が流れている。
ミキオの出現させた岩の剣は天幕を破壊したばかりか、命令のまま周囲を取り囲んでいた奴隷兵士達を刺し貫いていたのだった。
「「わぁぁぁぁ!!」」
岩の剣が砕けると、その先から怒涛のように彼の殺害を命じられた、かつての同僚たちが迫る。
「ストームスネーク」
ミキオが腕を凪げば、竜巻のような風の大蛇が現れ、奴隷兵士達を飲みこむ。
風に飲まれ重い装備品ごと圧力で押しつぶされるもの、風の翻弄に必死に耐える者、様々だった。
――彼らに安息を。魂の解放を……
中にはミキオと共に転移転生された同級生たちの姿もあった。
彼はかつての同僚たちへ憐みの想いを馳せつつ、再び魔力を高める。
「ギガフレイムッ!」
腕を横へ凪げば、苛烈な業火が湧き出た。
それは風で威力を増し、全ての奴隷兵士を無作為に飲み込む。
阿鼻叫喚は一瞬のこと。
同僚たちは一瞬で灰になり、塵となって、はらはらと迷宮を舞うのだった。
「え、なに、これ……?」
振り返るとカトウは唇を震わせていた。
そんなカトウの様子が凄くおかしくて、ミキオは自然と笑みを浮かべてしまう。
「ちょっと、松方、あんたバカなんじゃないの!? ウチらク、クラスメイトでしょ!? なんで殺すの!? マジ、意味わかんない! なんなの、あんた!?」
「何って、みんなに自由を与えただけだど?」
「はぁ!?」
「だって俺たちは奴隷兵士じゃん。呪印なんて糞みたいなものがある限り、俺たちに自由なんてものは無いし、俺達みたいに、いつか使い捨てにされるのが関の山じゃん? だったら苦しんだり、悲しんだりする前に、死んだ方が良いって、絶対に……」
ミキオの頬は笑っている。そうしていなければ、悲しみで心が壊れそうだったから。
せめて、作り物だったとしても笑顔を浮かべていなければまともな思考が保てそうもなかった。
「ぬおぉぉっ!」
そんなミキオの様子に隙があると見たのか、長い野太刀を握ったブライが、鋭く切りかかる。
「おっと」
しかしミキオはあっさりと人差し指と中指で刃を挟んで受け止めた。
ブライは必死に太刀へ力を込めるが、ただそれだけ。
ミキオの身体は微塵も揺らがない。
「ブライ殿、さっきはよくも理不尽な命令を下してくれましたね。おかげで大変だったんですから、俺たち【グリモワール】は」
「ぐっ……!」
「お前にも理不尽を与えてやるよ」
ミキオはブライの太刀を指でへし折った。
力の矛先を失ったブライの巨体がぐらりと倒れ込んでくる。
「呪印付与」
ブライの分厚い胸板へ手を押し当て魔力を流し込んだ。
そして軽く蹴り飛ばし、岸壁へ叩き付ける。
「こ、これは……!?」
ブライの胸には禍々しい魔方陣のようなもの”呪印”が刻まれた。
「ブライ殿、俺たちの世界、というか俺の住んでいた国にはね、武人として名誉を守りつつ、自ら命を絶つとっても良い方法があるんだ。あなたにはせめて、その死に方をさせてあげるよ」
ミキオはブライの呪印へ向けて魔力を発した。
「ブライ、その太刀で腹を斬るんだ。命尽きるまで、ずっと!」
「ッ!?」
ブライの身体がビクンと反応を示した。
彼の腕が一人でに動き出し、折れた刃を強く握る。
「ぐ……ああああっ!!」
ブライは自らの手で、太刀の刃を腹へ突き刺した。
切っ先の無い刃は容易に通らず、メキメキと音をたてながら、ブライは意志に反して割腹してゆく。
彼は苦しみ悶え、ガクンと首を落とす。
ミキオはそんなブライの頭を無造作に持ち上げた。
「どう? 自分の意志に反して動かされる感想は? 悔しいでしょ?」
「くっ、き、貴様ぁ……!」
「えっとね、この死に方って、本当は苦しみを和らげるために最終は首を落とすんだ。でもね、お前にはそれをしてやらない。むしろ、こっちをしてあげるよ。”自動回復”」
ブライが腹から刃を引く抜くと、あふれ出ていた血が止まり、傷口がみるみると塞がってゆく。
だが呪印の力は再び、塞がったばかりの腹へ、刃を突き立てた。
もはや刃とは言えない金属片が肉に引っ掛かり、引きずりながら進んでゆく。
「アンタの魔力が尽きるまでこれは続くよ? せいぜい、女の子みたいに泣き叫びながら、苦しみながら死んでね」
「嗚呼っ!! うぐ、ああああっ! ミキオ=マツカタぁぁぁ!」
ミキオは”二人目の標的”に向かうべく、立ち上がる。
そんな彼の足へ全裸のカトウミズホが飛びついてきた。
「カトウさん、これ何の真似?」
「あ、あのさ、松方その……」
「ん?」
「じ、実は、あたし前からアンタの事良いなって、お、思ってたんだ! だから、悔しくて、森川さん達に、あんなことを……」
「へぇ、そうなんだ。知らなかったよ」
ミキオはにこやかにカトウへ答える。
すると緊張しきっていた彼女肩から僅かに力が抜けた。
「そ、そうなんだよ! もう、あたしはあんたものだから! ほ、ほら! 森川さん達よりも、あたしの方が胸も大きいし! それにあっちの方だって自信あるよ! 松方の好きにしていいから! 何でもするから、だから私は助けて、お願いよ!!」
カトウは必死にミキオの足へ胸を寄せ、懇願する。
そんなカトウの髪をミキオは笑顔を浮かべながらくしゃりと撫でた。
「そうだよね、カトウさんはあっちのこととか上手そうだもんね」
「うん! 上手、すっごく上手だから! 絶対に松方を満足させるから!」
「うんうん、良いねぇ。その意気込み、気に入った!」
ミキオはカトウの頭の上へ魔力を収束させる。
「じゃあさ、カトウ、たくさん孕んで沢山増やしてね。そうすりゃ魔石が取り放題になるしさ」
「へっ……?」
「死ぬまで増やし続けてね。よろしくね、ミズホちゃん? 転送」
脚に縋りついていたカトウの姿が忽然と消失した。
ミキオは裾を払い、既に倒れているブライへ近づいて、つま先で突く。
ブライの瞳孔は既に開き切り、彼は血の海に沈んでいた。
「なぁんだ、もう終わっちゃったのか。君も意外と根性なかったんだね。ははっ!」
完全にブライの死亡を確認したミキオは”最後の標的”へ向けて再び歩き出したのだった。
●●●
「……こ、ここは……?」
気が付くと、カトウミズホはポツンと一人、薄ら寒い石室に転移させられていた。
「グヘェ……」
「ひっ!?」
生臭い匂いと不気味な唸り声に、カトウの声が引きつる。
闇の中にいくつもの赤い輝きが見えた。
そして小さな黒い影が次々と飛び掛かってくる。
「ッ!?」
無数のゴブリンが全裸のカトウへ一斉に飛び掛かった。
彼女は手足を押さえつけられ、魔法を封じられた。
そんな身動きの取れないカトウを見て、ゴブリン共は醜悪な笑みを浮かべた。
「い、いや! やめて、そんな……いやぁぁぁぁぁっ!!」
健康的なカトウの肌はゴブリンのヘドロのような体液に汚される。
何度彼女が泣き叫び、必死に許しを請いても、ゴブリンの蹂躙は留まることを知らない。
カトウはただ成すががまま、なさるがまま、ゴブリンに群がられ、何度も何度も犯される。
際限のない狂気。終わりのない宴。
次第にカトウミズホは壊れ、ゴブリンの慰みものと化す。
そして彼女は生涯で数百匹のゴブリンを産み落とし、役目を終えるのだった。




