ダンタリオン迷宮の惨劇【後編】
*ストレス展開、残酷描写箇所です。
「クカカッ……!」
広い石室に甲高い不気味な音が響き渡った。
襤褸のローブを纏い、大鎌を持つ不気味な影。
ローブを纏った髑髏、モンスターハウスの司令塔――スカルウィザード。
ウィザードの放つ顎の音を聞き、石室へ次々と醜悪な影が、双眸を赤く輝かせながら次々とやってくる。
毒針で相手を麻痺させ、捕食するスライム属のモンスター ――迷宮クラゲ。
人の形をしながら、人を餌にする鬼 ――食人鬼
他にも見上げるほど巨大なゴーレムや、ゴブリン、キラービーに、リザードマン、多様なモンスターが次々と姿を現し、縄張りへ土足で踏み込んできた愚かな五人の人間を一斉に睨みつける。
「ッ……!」
あまりの数、目の前の脅威にミキオは恐怖を通り越し、怒りを覚え歯噛みした。
今すぐ、この場から踵を返し、仲間達と共に全力で逃げ出したい。
しかしそんな意思は、胸に刻まれた絶対服従の証”呪印”がブレーキをかける。
彼らの思考など、命令の前では全くの無意味。
「やるぞ、みんな」
もはやできることはそれしかないと、ミキオはリーダーとしての声を上げた。
「そうするしかなさそうね! 行くわよ、ノゾミ!」
トモは勇ましくそう云い、彼女の腕に黒い紫電が浮かぶ。
「は、はい、姉さん! がが、頑張りますっ!」
妹のノゾミも、声を震わせながら、足元へ緩やかな風の魔力を発生させた。
「……」
カゲアキは無言で腰の鞘から太刀を抜く。
その瞳は獲物を狙う狩人のようにギラついていた。
「フウタ、お前は下がってろ」
ミキオは戦闘力が皆無に等しいフウタへそう促す。
「ばっきゃろ! こんな時に俺だけ一人下がるわけにはいかねぇだろが!」
フウタは肩に背負った大きな道具袋を下す。
そして中から、皮のバンドでぐるぐる巻きにされた金色の魔石を取り出す。
「こんなこともあろうかと、作っといて良かったぜ。フウタ様特製魔石爆弾ってやつよ」
「フウタ、お前……」
「俺だって、グリモワールの一員だ! それにのぞみんが戦うっつってんのに、男の俺が後ろでガクブルできるかっての!」
「フウタ、お前は俺が守る!」
カゲアキはフウタへ僅かに身を寄せ力強く宣言する。
しかしフウタは静かに首を横へ振った。
「カゲアキ、お前はミキオと並んでグリモワールの前衛だ。俺だけじゃない。お前がみんなを守るんだ。良いな?」
「フウタ……」
「みんなのこと頼むぜ、相棒!」
「了解した! 皆に近づくものは全て、駆逐、破壊、殲滅だ!」
ミキオは自分を含め、この【グリモワール】というパーティーはバカで、愚か者ばかりだと思った。だからこそ勇気が湧いた。
絶望の中でも、それに囚われず、前を向き、未来へ向かおうと心に決めた彼ら。
もはや恐れるものは何もない。
――切り抜けられる、俺たちなら! きっと!
「良いか、みんな! 狙うのはスカルウィザードただ一体だ! アイツさえ潰せば勝てる! そしてここを切り抜けて、自由を手に入れよう、必ず!」
幹夫の声に、智が、望が、景昭が、風太が強く頷きかえす。
「おっし、森智! こいつを投げたら、お前の稲妻をぶつけてくれ!」
「わかったわ!」
「じゃあ、いくぜ……おらぁーっ!」
風太が魔石爆弾を放り投げ、
「メガサンダーッ!」
智の放った黒い稲妻が魔石爆弾を飲み込む。
皮のバンドで封じられた魔石が、カッと強い光を放つ。
「伏せろぉ!」
風太の声に従って、幹夫達は一斉に姿勢を低くし、視界を塞ぐ。
刹那、轟音を伴って魔石爆弾がさく裂し、ほの暗いモンスターハウスを、真昼の迷宮外のように明るく照らし出す。
その荘厳で眩しい光は、数多くのモンスターから視界を奪い、怯ませた。
そして幹夫達は一斉に地を蹴り、魑魅魍魎の群れへ果敢に挑む。
「ウィンドスネークっ!!」
望が翳した腕から、文字通り大蛇のような風が巻き起こった。
大蛇はあらゆるモンスターを飲みこみ、風の中で翻弄する。
「メガフレイム!」
そして智が鋭く腕を振り下ろせば、彼女の腕から紅蓮の炎が湧いて出た。
風を受け、燃焼力を増した炎は一瞬でモンスター共を燃やし尽くす。
息の合った姉妹だからできる、魔法の重ね技。
それぞれの属性を理解し、重ね合わせることで威力を増大させる――それこそが魔法使いとして覚醒した森川 智、森川 望の戦い方。
一瞬でモンスターの壁が灰燼に帰し、司令塔であるスカルウィザードへの道がまっすぐと切り開かれる。
「景昭ッ!」
「応ッ!」
幹夫と景昭は地を蹴って、飛んだ。
しかし二人の行く手を隊列を組んだ、敏捷性に優れる巨大な蜂:キラービーが塞ぐ。
先行する幹夫が姿勢を僅かに屈める。
彼の背中を踏み台にして、後続の景昭が一気に飛んだ。
「殲滅ッ!」
太刀が横なぎの軌跡を描き、目前のキラービーを全て切り伏せた。
景昭自身の魔力は乏しく、幹夫や森川姉妹のような魔法を彼は扱えない。
だが自らで鍛え上げた肉体と天性の戦闘センス。
それを彼が保有する僅かな魔力が潤滑油となって、密接に結びつける。
太刀を握れば相手を選ばず、暗殺のように一刀の下、駆逐、破壊、殲滅。
これが景昭の唯一の戦い方であり、最良の戦闘方法であった。
「行け、幹夫!」
「はいよー!」
幹夫はたじろぐスカルウィザードに肉薄し、
――アクセルブーストッ!
幹夫は得意とするスキルを自身へ重ね掛けした。
元々、自らの速度を上げる”加速”のスキルが、多重で掛けられた”増幅”のスキルによって、力を増す。
彼は世界を置いてけぼりにし、静止したように見えるスカルウィザードへ最接近し、拳を放った。
フック、アッパー、ストレート、様々な拳を繰り出し、本来の時間の流れの中にいるウィザードを次々と殴り飛ばす。
更に、トーキック、踵落とし、回し蹴りを叩きつけた。
身体に寒気を感じたミキオは飛び退き、ウィザード背後へ降り立つ。
「クカカッ! カカカカッ!」
時の流れが戻り、”複数の幹夫”が同時にスカルウィザードを叩きのめす。
だが撃破には至っていない。ウィザードの表面が一瞬、蒼い輝きを放つ。
――障壁を張ったか。クソッ!
しかし今、障壁の気配は皆無。
次の一撃で終わらせると決意した幹夫は、力を振り絞って踵を返し、ウィザードを睨む。
刹那、背中から鋭い殺気を感じた。
「――ッ!?」
「クルアァァァ!」
リザードマンが剣を振りかざし、今まさに叩き落さんと、二の腕の筋肉を震わせる。
”加速”を発動させることは元より、”障壁”を展開して防ぐ暇さえない。
しかし幹夫はにやりと笑みを浮かべ、目を閉じた。
既に幹夫とリザードマンの間へ、”輝きを放つ魔石爆弾”が投げ込まれていたからだった。
爆弾がさく裂し、幹夫の瞼を真っ赤に染める。
怯んだリザードマンの声が聞こえ、彼は拳を繰り出した。
鋭い拳筋はリザードマンの背骨をへし折り、文字通りくの字へ曲げ吹き飛ばす
奥で同じように閃光で目を焼かれてたじろぐモンスターへ叩きつけると、再び隊列に混乱が生じる。
幹夫はまずは足場を固め、スカルウィザードへ攻撃がしやすくなるよう、雑魚の駆逐へ思考をシフトさせた。
「姉さん!」
「ありがとう、望! 助かったわ」
「いえ。参りましょう!」
「ええッ!」
「「さぁ、どんどん来い雑魚共! 私達が全部焼き尽くしてやるっ!!」」
森川姉妹は息の合った連携で互いを守りつつ戦い、
「オオッ!」
景昭の鮮やかな太刀捌きは何物をも寄せ付けず、
「へへっ……おらぁ! 出し惜しみはしねぇぞぉ! 全部持ってきなぁ!」
風太は次々と魔石爆弾を放ち、正確にモンスターの視界を奪って、バックアップをしていた。
完全な布陣であった。完璧な連携であった。
立ち入ったら最後。生還はほぼ皆無に等しい、恐怖の空間:モンスターハウス。
だがそこに犇めく魑魅魍魎は、息のあった【グリモワール】の前に成す術が無い様子だった。
――絶対に生き残るんだ! そして自由を手にするんだ!――
五人はそれぞれの想いを、一つの約束に託し、戦い続ける。
「アースソードッ!」
望は魔力を地面へ放ち、呼び起こした岩の剣でゴーレムを両断する。
そんな彼女の視界に何かがキラリと映った。
両断されたゴーレムの奥。液状の背ヒレを伸ばし、そこから毒針の先端を伸ばす、迷宮クラゲの姿が。威力の高い魔法を放ったばかりで硬直状態にある望は目を見開くことしかできない。
「望ッ!」
気づいた智が飛ぶが、距離が空き過ぎていた。
そんな智の悲痛な叫びを聞き、幹夫達の意識が一瞬、望へ向いた。
瞬間、望へ向けて迷宮クラゲの無数の毒針が無慈悲に放たれた。
望はきゅっと目をつむり、恐れで身を固める。
だが痛みはやって来ず。
僅かに瞼の裏に暗さを感じる。
そっと目を開け、そしてすぐさま瞳から涙が零れ落ちた。
「風太くんっ!?」
望の前へ立ちふさがっている風太。彼の背中には無数の毒針が突き刺さり、きらりと輝きを放っていた。赤い雫が零れ落ち、彼の足元を赤黒く染めている。
「だ、大丈夫、のぞみん? 一発も、貰ってねぇよな……?」
「どうして、風太くんっ、ひっく、なんで……?」
「のぞみんは、可愛いなぁ……森姉と同じ顔だってのに、全然ちげぇーもん……やっぱ可愛いよ、ホント」
「こんなの時、何言ってるのぉ……?」
風太は弱々しい笑みを浮かべる。
その笑顔を見て、望の胸は張り裂けそうに痛んだ。
「なぁ、のぞみん。お、俺だってカッコいいだろ? そりゃ、幹夫みたいに身長はねぇし、力は無いけど……でも、のぞみんを好きって気持ちは、アイツよりあるって自信を持って言えるぜ?」
「……ッ!?」
「だからのぞみん、もしここから出られたら、俺と……」
風太の言葉が半ばで消えた。彼の唇は動いているものの、音は発せられず。
どさりと身体が切り離されたソレが目の前に転がり、望の顔を朱の体液が汚す。
「クカカッ!」
そんな望の様子を見て、鎌の刃を真っ赤に染めたスカルウィザードが愉快そうに顎を鳴らしていた。
「風太くん……?」
望は状況が飲み込めず、目の前にごろっと転がる風太の髪へ触れた。
まだ温かさはあるものの、反応はせず。
「風太くん…………?」
もう一度呼びかける。しかし彼の顔は目を見開き、だらんと唇を緩めたまま、一切反応を返してこない。
望の中で何か皹が入った。
浸食は止まらず、瓦解を始め、形を失う。
もう風太はいない。
今、目の前にあるのはかつて風太と呼ばれていた躯。
否応なしにその事実が望へ叩きつけられる。
「あっ、あああっ……嗚呼嗚呼嗚呼ッ! いやあぁぁぁぁっーー!」
望の慟哭がモンスターハウスを席巻する。
魔法とは強大な力を理性で制し、自由に扱う術。
だが、理性を失った途端、それは周囲を無造作に破壊へ導く、破壊の権化と化す。
望からあふれ出た魔力がランダムに魔法を発生させ、モンスターハウスを混乱に導く。
「オオオッ! 嗚呼嗚呼! 風ぅ太ぁぁぁーー!」
次に吠えたのは景昭だった。
「待て、景昭ッ!」
「お前らが、お前らがぁぁぁっ!!」
幹夫の声などまるで届かず、景昭は遮二無二地を蹴った。
そして早速風太の亡骸に群がる、食人鬼共をまとめて切り伏せた。
景昭は返り血を浴びることなどまるで気にせず、近くにモンスターを認めては無茶苦茶に太刀を振る。
いつもは機械のように正確で、冷酷無比な景昭の太刀筋。
しかし今の彼は、太刀をまるで鈍器のように振り回し、刃こぼれを気にすることなく暴れまわる。
幹夫は懸命に景昭のところへ向かおうとした。
しかし、群がるモンスター、そして暴走した望がランダムで発生させる岩の剣に行く手を阻まれ、なかなか先に進めずにいた。
「おああああっ! 嗚呼ッ! ……!」
「景昭ぃーッ!」
幹夫の目の前で、景昭は無数の食人鬼に、手足、首筋から、耳までをも噛り付かれてた。長身痩躯の景昭はあっという間に食人鬼共に飲み込まれ、姿を消す。
幹夫はそんな凄惨な光景から思わず目を逸らす。
そして次に姿を思い描いたのは、彼にとって最愛の人。
「智ぉーっ!」
丁度、智は望の魔法を掻い潜り、彼女の肩を抱いたところだった。
そんな彼女の背へ向けて、スカルウィザードが杖を振りかざす。
智の左腕と、ウィザードの杖に魔力が収束する。
「――ッ!?」
数瞬早く放たれたウィザードの閃光が、智の左腕を木っ端みじんに吹き飛ばしていた。
唖然とする智と望の間へ、閃光が矢のように降り注ぐ。
瞬間、姉妹は轟音と共に魔力の閃光に飲み込まれた。
「望ぃっ! 智ぉぉぉーっ!!」
幹夫は無我夢中で走った。
目前を塞ぐ食人鬼は頭を叩き潰し、リザードマンは蹴り飛ばす。
ただひたすらに、まっすぐと、心から愛する者のところへ。
「ぐっ!?」
突然、足がしびれ、感覚がなくなる。
いつの間にか足には、迷宮クラゲの毒針が突き刺さっていた。
ぐらりと体勢を崩す彼へ、背後のリザードマンがちろりと舌を出しながら、左腕の片手剣を振り翳す。
「嗚呼ッ!」
鋭い痛みと熱が幹夫の背中を過った。
強い衝撃は一瞬、彼から意識を奪い去る。
しかし無理矢理意識を繋いで、正気を保った幹夫は、
――アクセルブーストッ!!
体中に残った僅かな魔力を絞り出し、スキルを発動させた。
自分へ一太刀浴びせたリザードマンを始め、周囲にいたあらゆるモンスターへ拳を叩きつける。
時の流れが元に戻り、幹夫の周囲では多数のモンスターが、彼岸花のような血飛沫を上げる。
だがそれが幹夫の限界だった。
全身からドッと力が抜け、膝が地面へ吸い寄せられる。
彼は前のめりに倒れた。
立ち上がるどころか、指一本さえ動かせそうもない。
「み、幹夫……」
幹夫の鼓膜を智の声が揺さぶる。
すぐ目の前には、彼と同じように地面に転がる智がいた。
「望、幹夫よ、近くにいるわよ。だから、起きて、ねぇ……?」
智は脇でうつ伏せに倒れ、ピクリとも反応を示さない望へ優しく語り掛ける。
だが幹夫は既に、望がもはや何も話せないと分かっていた。
望の下半身はスカルウィザードの魔法によって吹き飛び、綺麗に無くなっていたのだった。
「と、智ぉ……!」
幹夫は芋虫のように這いつくばりながら、それでも必死に智の傍に行こうと動き出す。疾うの昔に体力も、魔力も底を尽いていた。
はやる気持ちはあれど、身体は全く言うことを聞かず、幹夫はもどかしさを覚える。
すると、智は残った右腕を伸ばし、幹夫へかざして魔力を集め始める。
森川 智。
長い時間を共に過ごした幼馴染。そして今や、最愛で、守りたい、大事なたった一人の存在。そんな彼女だからこそ、分かった。彼女の表情、息遣い、雰囲気、言葉は無くとも、彼女が今、何をしようとしているのか、幹夫は自然と理解した。
「止めろ、智……」
しかし智は魔力の収束を止めない。
「お願いだ、もう、良いから……」
彼女の黒い瞳が幹夫を捉えて離さない。
彼女はまるで”最後”と云わんばかりに、彼を見つめ続ける。
そんな彼女に忍び寄る醜悪な影。
血の匂いに引きずられ、無数の食人鬼が、すり足で迫ってきていた。
幹夫の中で、心が弾けた。
「もう良いから! 俺も一緒に逝くから! もう十分だから!」
幹夫の叫びが冷たく暗い迷宮に木霊する。
そして智が優しい笑みを浮かべた。
「幹夫……貴方は生きて、私の、私たちの分まで……ッ!」
智に右腕に魔力の輝きが満ちた。
「転送ッ!」
打ち出された魔力が幹夫の身体を優しく包み込む。
それは次第に彼の視界を真っ白に染め、身体が空間に溶ける感覚を抱かせる。
既に声さえも出せない幹夫は智へ手を伸ばす。
すると智は黒い瞳から涙をこぼし、唇を震わせる。
おそらく幹夫も伝えたかった五文字の言葉。
彼女へ抱いていた正直な気持ちを表す言葉。
”愛してる”
しかし音は聞こえず、彼女の姿は白い世界に飲まれて消えたのだった。
●●●
『ほう、ここにまで至るとは素晴らしい。この瞬間をどれほど待ち望んだことか』
口ぶりから男性を想像する。しかし、はっきりと判別はできない不可思議な声。
『君、是非名前をお聞かせ願えないだろうか?』
だが、そんなことを考える余裕は、今の幹夫には無かった。
音は聞こえるもそれだけ。視覚は愚か、身体の感覚さえ曖昧だった。
自分が生きているのか、死んでいるのかさえ分からない現状。
そんな状態の彼であっても、明確に感じる想いはあった。
星空の下、自由への脱出を約束した仲間達。
風太、景昭、望、そして智。
そんな彼らは幹夫共々、罠に落ち、そして命を散らせた。
――何故こうなった?
自分が見誤ったから。バスティーヤという組織を。組織というものを。
そして自分たちの実力と存在価値を。
だから、死んだ。彼の大事にしていた人たちは皆、凄惨な最期を迎えた。
自らの選択が引き起こした惨劇。自分自身への強い憤り。
だが、その矛先はやがて自分自身と共に、外へ向かい始める。
呪印でモンスターハウスへ向かうよう呪いをかけた副官ブライ。
かつて智と望へ酷い仕打ちをしていた、カトウミズホ。
そして――すべてを承知の上で、自分たちを切り捨てると決したバスティーヤの首領カロン=セギュール。
――憎い……
負の念が沸き起こる。
そもそもカロンが、バスティーヤが幹夫達さえ転移転生させなければこんな惨劇は起こらなかった。
昇天の果てに何が待ち受けているかは分からない。
しかしそうであっても、こんな酷い、二度目の死を迎えることは無かったはず。
怒り、悲し、絶望――そしてそれは渇望となった。
――力が欲しい。あいつらを、なんとかできる、力が……!
『ふむ、力を欲するか。何故か?』
再び不思議な声が幹夫の頭に響く。
――あいつらを叩き潰したいから。俺から大事な人たちを奪った、あの連中を……!
『なるほど。では、提案を投げかけよう』
不思議な声が幹夫の思いを拾い、勝手に話を進めた。
『私は君のことを助け、あまつさえ力を分け与えることができる。しかし代わりに君の体を半分貰う……これが”是”の回答。このままここで死亡し、幕引きをする……これが”否”の回答だ。今から君の頭へ直接回答を流す。どちらにするか選びたまえ』
茫然とする意識の中、感覚的に是と否の選択肢が浮かんだ。
――お前の目的はなんだ?
ミキオは不可思議な声に問いかける。
『私はここから出たいだけだ。数千年、私はこの場に封じられ、身動きが取れずにいる。しかし君が私を所持することで、私は数千年ぶりに外へでることが叶う。ただそれだけの単純明快な答え。それに君は、このままではただ死ぬだけぞ? それでも構わぬなら良いが』
この声の正体も、身体を半分貰うとか物騒な言葉も気になる。
――だけど俺はここで終わる訳にはいかない。
智は云ったのだ彼へ、「生きて欲しいと」
そして生きているのならやることは一つ――
”是”の回答。
瞬間、くぐもった声は嬉しそうに笑い声を上げた。
『良くぞ、決断した。私は序列71位の魔神:ダンタリオン! 歓迎するぞ、少年』
ダンタリオンが一通りそう言い終えると、霞んだ視界に白い輝きが見えた。
輝きは増幅し、ミキオを包み込む。
輝きはミキオの体へ次々と流れ込んでゆく。
そして一通りの流れが終息したころ、彼の指先が動いた。
腕へ力を籠めると、傷ついた身体が起き上がり、両足で迷宮の地面を強く踏みしめる。
「俺は一体……?」
ボロボロだった筈の体が、まるで迷宮へ潜る前のように元通りになっていた。
そんな彼の手には”白塗りの仮面”が握られていた。
『さぁ、教えてくれたまえ、君の名を! 私が封じられしDRアイテム、【幻影仮面】の所持者よ!』
ダンタリオンの声が頭に響く。
全身に漲る、圧倒的な力を感じながら、”白髪”となったミキオは口元をゆがめた。
「ミキオ=マツカタ。俺は……グリモワールのリーダーだ!」




