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ダンタリオン迷宮の惨劇【前編】


奴隷兵士スレイブソルジャー前進! 敵を飲み込め、一匹たりとも逃すなぁ!」


 探索ギルドバスティーヤの副官ブライ指揮の下、71位迷宮ダンタリオン最深部よりDRアイテムを回収するための一大クエストが開始された。

ミキオ達【グリモワール】を含む総勢100名はくだらない大部隊は迷宮最深層を目指して、突き進む。

クエストはミキオ自身も驚くほど、順調にスケジュールを消化していた。

 特にその中でも目覚ましい活躍をしていたのが、本来は後衛である、三人の魔法兵士であった。


「メガサンダー!」


 トモの黒い稲妻は広範囲でモンスターを焼き尽くし、


「アースソードっ!」


 妹のノゾミが放つ”岩の剣”が敵へ更なる被害をもたらす。


「ホーミングフレイム!」


 トモとノゾミが打ち漏らしたモンスターを、かつて二人へ酷い仕打ちをしていた”カトウ”が得意の追尾機能のある火属性魔法で駆逐する。


「さすがモリカワ姉妹! すごいねぇー」


 カトウはかつてのことなどまるで無かったかのように、親しげにトモとノゾミへ声を掛けた。

臆病なノゾミはカトウの声にビクンと身体を震わせる。

トモも横目で睨むような視線を送ったものの、


「ありがと。カトウさんもさすがね」

「そんなことないって! なんか、うちらって案外相性いいかも?」

「そうかもね」

「じゃあさ、今度から”トモ”って呼んでいい? あたしのことは”ミズホ”で良いからさ!」

「……分かったわ。ノゾミもそれで良いわよね?」


 ノゾミは怯えた様子ながらも、小さく首を縦に振る。


「わぁ、ありがとう! じゃあ、これらもよろしくね、トモちゃん! ノゾミちゃん!」

「よろしくね、ミズホさん」

「よ、よろしくお願いします……ミズホちゃん」


――女の子って不思議だよなぁ。なんであんなにすぐに前のことが無かったかのように仲良くなれるんだろ?


「ミキオ! 集中しろ! 死ぬぞ!」


 カゲアキの声でモンスターへ集中を戻したミキオは、魔力の籠った拳で敵を殴り飛ばし、撃退する。


「殲滅ッ!」


 先行するカゲアキはいつもより、遥かに調子良さげに太刀を振り、言葉通りモンスターを切り伏せていた。


「こっちのルートは迂回になりますけど、罠のことを考えると返って近道になりますよ」

「ほう、なるほどな」


 マッピング用の羊皮紙をフウタが指でなぞり、指揮官のブライは関心の唸りを上げていた。

戦闘力は皆無なものの、サポーターとしての能力に優れるフウタも、この巨大パーティーの目鼻として働いていた。


 何もかもが順調だった。

 順調すぎて返って怖いほどだった。

そんな恐怖は一瞬、ミキオへ足止めをさせようと忍び寄ってくる。

しかし、この状況、この瞬間に不審な点は一切ない。

だったら、今、この場で足踏みをするなど、時間を浪費する愚行としか言いようが無かった。


――だったまっすぐ進むだけ。俺はDRアイテムを手に入れて、みんなと自由を勝ち取るんだ!


 ミキオは輝かしい未来を心に思い描き、それを力に変えて、突き進む。



……

……

……



「はぁ、はぁ、はぁ……ト、トモ、無事か?」


 幹夫は迷宮に荒い呼吸を響かせながら、彼と同じく膝を突くトモへ聞く。


「え、ええ、まぁ。ノゾミ、疲れてない? 大丈夫?


 トモは横でぺたりと座り込むノゾミの背中を優しく擦った。


「は、はい……」


 そうは答えたものの、ノゾミはむせび込み、もう一歩も歩ける様子は無かった。


「……」


 カゲアキも呼吸さえ荒げてはいないものの、岩壁に背中を預けて項垂れている。


 度重なる、息つく暇もない戦いの連続は、例え順調であろうとも彼らから大量の魔力と体力を奪い去っていた。特に、もっとも突出し、目覚ましい活躍を上げていたミキオ達【グリモワール】の消耗は他の誰よりも著しかった。


「あちゃーマジかぁ……」


 そんなミキオ達の後ろで、羊皮紙へ視線を落とすフウタが後ろ髪を掻く。


「マズいっすよ、大将。この先にたぶんモンスターハウスがあります。この状態じゃ突っ込むのは危険なんでこのルートを通って、この石室でキャンプを張って、一旦体制を立て直した方が良いと思いますよ?」


 しかしブライは無表情のまま、何も答えない。

 その時、ミキオの肌が突然泡立った。

それまで全く感じていなかった迷宮の冷たい空気に、身体が凍える感覚を得る。

心臓も嫌な鼓動を放ち、息苦しさを覚えた。


「だから、それがどうした?」


 ブライの意味の分からない言葉が聞こえてきた。


「は……?」


 思わずフウタは間抜けな返しをしてしまう。


「だからどうしたと言っているんだ。モンスターハウスが目前にある? それがどうした? 最深層を目前にして迂回するだと? そんなのんびりしている暇があるか」

「そりゃそうですけど、でもこのままじゃ!」

「黙れ、ガキ」

「あくっ!?」


 フウタは突然ビクンと背筋を伸ばす。

そして頭を抱えて膝を突いた。

ブライがフウタの頭に刻まれた”呪印”を発動させたようだった。


「ブライ、あんた何を!?」

「おっと、動くなクソガキ」

「うっ!」


 ブライはミキオの胸に刻まれた呪印を発動させた。

胸に焼けるような感覚が沸き起こり、呼吸がまともにできない。


「ミッキー!」

「ミキオくんっ!」


 慌ててトモとノゾミが駆け寄り、苦しみ悶えるミキオを抱き起した。

二人は鋭くブライを睨む。しかし呪印を恐れてか、それ以上の行動に出られずにいた。

そんな二人の前へ、ゆらりと新しい影が寄ってくる。


「ミズホちゃんっ! お願い、ブライを止めてっ!」


 ノゾミは今にも泣き出しそうな声で、ブライの横に現れた”カトウミズホ”へ叫ぶ。

するとミズホはにっこり笑顔を浮かべて、


「あのさ、キモイからその呼び方止めてくれる? モリカワちゃん? って、どっちもモリカワだっけ? あはは!」

「カトウ、あんた!」


 トモが怒りに満ちた声を上げる。

だがカトウは全く動じた素振りを見せず


「ねぇ、ブライ、あの姉妹うざいのぉ。大人しくさせて」

「ああ、良いぜ」


 ブライの腕が再び妖艶な輝きを帯びる。

するとトモは胸の、ノゾミは目の呪印が発動し、地面へ倒れた。

 そんな中、颯爽と黒い影が、ミキオを猛スピードで過る。


「ぐっ!? ああ……!」


 しかし風となってした景昭は首を押さえて、地面に転がる。

カゲアキの手から太刀が離れた。


「ひゅー危ねぇ、危ねぇ。未だ一人いること、忘れるところだったぜ。そらクソガキども、お仕置きの時間だ!」

「うぅっ、あああああっ!!」


 呪印が更に効力を増し、ミキオは地面の上をのたうち回る。

トモも、ノゾミも、カゲアキも、フウタも、それぞれに刻まれた呪印の発動を受け、獣のように吠えながら、冷たい地面の上を這いまわる。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 そんなミキオ達の様子を見て、カトウは頬を赤らめ、呼吸を荒げ興奮していた。

カトウは、自らブライの唇に吸い付いた。

淫靡な音を響かせながら、ブライとカトウが舌を絡め合う。

一通り、カトウを満足させたブライは、再び醜悪な笑みをミキオへ向ける。


「ミキオ、あの時は良くも俺に恥をかかせてくれたな。あのことのお陰で、俺達は散々な目にあったんだ。なぁ、ミズホ?」

「全く。あんた達が余計なことをしてくれなきゃ、なにもかも上手く行ってたのにね?」

「て、てめぇら……このまま、ただで済むと思うなよ……!」


 ミキオは煮えくり返る怒りに任せ、呪印の痛みに堪えながら声を絞り出す。


「ただって、オイ、この状況でお前に何ができるんだよ?」

「お、俺たちにこんなことして、カロンが黙っているわけないだろうが……!」


 ミキオはパーティーリーダーになってからというもの、成果を上げ続けていた。

首領のカロンも、ミキオや彼ら【グリモワール】の功績を認め、奴隷兵士という立場は変わらないものの、組織の中では一定の生活水準を保証されていた。

 この場さえ切り抜ければ、こんな仕打ちをしているブライはカロンの怒りに触れて、罰せられるはず。


「悪いな、ミキオ。これはボスのご意志でもあるんだぜ?」

「なっ……!?」


 ミキオは我が耳を疑う。そんな中、ブライは続けた。


「ボスはてめぇらがバスティーヤから脱走を企ててることや、DRアイテムを横取りしようとしているだなんて全部お見通しなんだよ。ボスのお言葉を借りるなら……犬は犬らしく飼い主に逆らわないこった。逆らうものはみんな容赦しねぇ。だって、てめぇらは、これぐらいの価値しかねぇ連中なんだからな!」


 そう云ってブライは鈍い輝きを放つ、赤色の小さな魔石を投げて転がした。

 モンスターを倒した際、50体に1体の確率で体内から摘出できる魔力の塊。

個人ソロでの狩りでは入手に難儀するものだが、基本的に複数の集団パーティーで狩りを行うバスティーヤにとっては取るに足らないものだった。


「こんなもの一つでお前等は転移転生しょうかんされるんだぜ? そりゃまぁ玉石混交だけどよ、結構な確率でお前等みたいな”当たり”が出て来るんだ。だったらお前等が居なくなったところで、またやたらと呼べばすぐに当たりが引けるってもんよ。まぁ、ミズホみてぇな、いい女はそんなには出てこないけどな」

「もう、ブライは上手なんだからぁ」

「あっちもだろ? この後どうだ?」

「勿論! もう疼いて仕方が無いの。早くあたしをたくさん気持ちよくさせて。おねがぁい」


 ブライとカトウはまるで、苦しむミキオ達の姿が見えていないが如く、卑猥な会話を続ける。

 そしてミキオは、自分の愚かさに絶望していた。


 結果さえ出せればそれで良いと思っていた。

 多少、上にへつらいつつ、結果さえ示せば自分たちの立場は盤石だと思っていた。

組織は常に利益を追い求め、そのために個人の感情を制し、論理的に振舞うものだと思いこんでいた。

だが違った。

 ミキオ達は所詮小さく、取るに足らない魔石で呼び出される奴隷兵士。

結果よりも周りに敵を作らず、おべっかを使う方が重要だと思い知らされた。

 そんなことはずっと前にあったパーティーリーダー決めの時に分かっていた筈。

 所詮、このバスティーヤという組織は、上の意向で全てが決まる、極めてワンマンな組織だった。

 しかし今更その真実に気づいたところで、後の祭りであった。


「よぉし、グリモワール。このまま呪印で殺されるのも流石に気の毒ってモンだからよ、最後に一仕事して貰うぜ!」


 ブライから放たれる魔力の流れが変わった。

呪印から全身へ広がっていた痛みが、スッと引いて行く。

代わりにミキオの身体は、彼の意思を無視して、すくっと立ち上がる。


「【グリモワール】に命じる! この先にあるモンスターハウスへ向え! そして命が尽きるその時まで戦い、道を切り開け!」

「ッ!?」


 意思に反して体は踵を返し、ブライに背中を向けて動き出す。

次いでフウタが、カゲアキが、ノゾミが、トモが立ち上がり、ミキオの背中に付き従う。


――糞って! なんでこんな……こんなことに! クソッ! クソッ! 糞ッ!


 そう思うが体の前進は止まらない。

ミキオ達、グリモワールは迷宮の闇に飲まれるよう進んでゆく。

 そして惨劇の幕が上がるのだった。


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