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星空の約束


「せいっ! はっ!」


 星空の明かりの下、訓練場にミキオの鋭い息遣いが響き渡っていた。

架空の敵を想定し、ミキオは繰り返し拳を放ち、彼の足は鮮やかに空を切る。

 彼は玉のような汗を額に浮かべながらも、疲れを知らずに夢中で拳を打ち続ける。


 71位迷宮ダンタリオンの最深層への侵攻まであと二日。


 必ず最深層へ達して、ブライ副官よりも先にDRアイテムを手に入れて、自由を取り戻す足掛かりとする。そのためには今できることを、後悔が無いように精一杯こなしておきたい。

そう思い、今に至っているのだった。


「全く、真夜中なのに元気ね、ミッキーは」


 辛辣だが、親しみが込められた声が背中に響く。


「トモこそこんな真夜中にどしたの? もしかして俺に会いたくなった?」

「バカ!」


 トモは少し頬を赤く染め、そっぽを向きながら、ミキオへ小瓶を投げつける。

辛くもキャッチできたソレは、ポーションの小瓶だった。


「こんな真夜中にそんなことしてちゃばてちゃうわよ。飲みなさい」


 昔からトモはなんだかんだと云っても、結局はミキオのことを何かと気にかけてくれていた。それはこの世界に来ても変わらず。むしろ、以前よりも増して、身を案じてくれているように感じられた。

 そうして気遣って貰えることへの感謝。

それとは別に、ミキオはある種の感情を、トモへ抱くようになっていた。

そしてトモもミキオと同じ気持ちであることには気づいていた。


「そっち行っていい?」

「どうぞ」


 歩み寄ってきたトモは、ミキオと一緒にその場へ腰を下ろす。

 並んで座り込んだ二人は、揃って吸い込まれそうになるほど綺麗な星空を見上げる。


「ねぇ、ミッキー」

「なに?」

「もしもよ……もしも、この世界に来てなかったら、私達どうしてたんだろうね?」

「急にどしたの?」

「ちょっと、思うところがあってね……」


 おどけて見せたが、トモは至ったって真剣な様子だった。

流石に真面目に答えないと、本気で怒られると思ったミキオは、


「普通に卒業して、就職なり進学なりしてたんじゃないかな?」

「もう、そういうつまんない解答しないでよ」

「あはは、ごめん。そういやカゲアキは卒業したら自衛官になるって言ってたっけ」

「へぇ、そうなの? でも、なんか想像できるわ。カゲアキの自衛官姿」

「で、確かフウタはゲームクリエイター? プランナーだかだったような……相当ブラックだから止めろって言ったけど聞かなくてね」

「じゃあ、ノゾミとお似合いかもね。あの子、フウタくんに影響されたのか、マンガとかたくさん買ってたみたいだし。この間なんて夜中に夢中で何してるのかなぁって思って覗いたら、フウタくんとカゲアキにそっくりな絵を描いてたのよ? しかも何故か裸の」

「へ、へぇ……」


 ノゾミが二次元の世界に目覚めたとは知っていたが、まさかその方向性だったと、ミキオは内心驚いていたのだった。


「トモはどうするつもりだったの? やっぱり小さいころから変わらず医者か弁護士?」

「うーん……それも良いんだけど、今はお父さんの跡を継ごうかなって」

「議員に?」

「そっ。お父さんは立派にお仕事をなさっていたけどさ、他は内輪もめばかりする、世の中のことよりも自分のことばかり考える連中ばっかりじゃない。そんな連中に未来を託すだなんてまっぴらごめんだわ。だから私は、そんな連中を叩きのめして、頂点に立って、世の中を良い方向に導きたい……そう思うのよ」

「トモらしいね。トモだったら本当にできそうだし、もしかすると総理大臣になっちゃうかもね」


 未来への希望――しかし、それが今やミキオ達にとって絵空事でしかないことは分かっていた。既に彼らは死者であり、元の世界へ帰ることは叶わない。

どんなに夢を語っても、それが現実になることはもうない。

 それでも彼らは生きるため、醜悪なこの世界で、希望を見出すために、例え空しいとは分かっていても、輝かしい未来を夢想し、語り続ける。


「ミッキーはどうするつもりだったの?」

「俺? 俺かぁ……俺は、ノープランだったなぁ。とりあえず行けそうな大学へ行って、それから考えようかと……もしくはトモに食べさせて貰うとか?」

「はぁ……あんた堂々とヒモ願望を語るなんて、男として恥ずかしくないの?」

「恥ずかしいも何も、トモは俺より優秀だからね。一緒にいたら自然とそうなってたよ、きっと」

「……」

「トモ?」

「もしもさ、こっちに来てなくても、幹夫はそう思うようになってくれてたかな……?」


 意外な智の言葉に、幹夫の心臓が大きく跳ね上がった。

しかしこの話題にしてしまったのは何を隠そう幹夫自身。

自らでまいた種は、自分の手で収穫する義務がある。

 彼は意を決して、


「たぶんだけどさ、あっちの世界にいてもそう思うようになってたと思うよ。こっちに来てずっとぼやっとしてたのが、はっきりしたって云うか、そんな感じかな」

「……そっか」


 すると智はそっと幹夫の手を取った。

彼女に成されるがまま幹夫の手は、妹の望程大きくは無いが、それでもはっきりと存在感のある胸へ押し当てられる。


「感じる? 私の心臓の音」


 幹夫は静かにうなずいて見せた。


「私も、ずっと、幹夫とのことが良く分からなかった……男女の垣根を超えた中のいい友達? 幼馴染? どれも正解だと思っていたけど、どれもちょっと違う……でも、こっちに来て、幹夫が助けてくれて、たくさん笑いかけてくれてわかったの。どうしてこんなにまで胸が高鳴るのか。私が幹夫のことをどう想っているのか……」


 智は耳まで真っ赤に染めて、それでもしっかりと幹夫を瞳に映す。


「す、好き、よ……私、幹夫のこと、が……」


 まるで望のように肩を震わせてる智。

そんな彼女を見て、幹夫は愛おしさを感じ、笑顔を送る。


「うん、知ってた。勿論、俺も同じ気持ちだよ」

「し、知ってたわ。だから、その……」

「?」

「て、欲しい……」

「えっ? 何?」

「して、欲しいの、幹夫に……」


 智は極限まで顔を真っ赤に染めて、消え入りそうな声でそう云った。


「はっ? してって、何を……?」


 流石の幹夫も頬と耳を真っ赤に染めて、素っ頓狂な答えを返してしまった。


「分かれこのバカ! してって、言ったんだったら、もうアレしかないでしょ! 何、言わせてんのよ、このバカ! エッチ、スケベ、変態、鬼畜にドSッ!」

「マジで……? てか、智って……」

「あ、あ、でも勘違いしないで! 私未だ経験ないから! 幹夫が初めてだから! むしろ幹夫以外はあり得ないからっ! だ、だから、ほら!」


 智は無理やり幹夫の手を掴んで力を籠める。

幹夫の手の中で、智の存在感のある胸がむにゅりと潰れる。


「男の子って、そういうものでしょ? 我慢しなくて良いのよ! 辛いでしょ? 遠慮しないで、私なら大丈夫だから! むしろ、アンタに触れてほしくて仕方が無いの! もう止められない……って、痛ぁっ!?」


 物凄い勢いでまくし立てる智のおでこを、幹夫は指で弾いた。

そうされてようやく智は我に返り、慌てて幹夫の手を離した。


「あ! あ! ご、ごめん、私、なんてことを……!」

「智って結構スケベだったんだね。意外!」

「う、うるさい、このバカ!」

「でもさ、嬉しいよ。それだけ智は俺のことを想ってくれてるってことだよね」

「そ、そうよ、だから……」

「だったら、今は智のこと受け取れないね」


 幹夫がそう云うと、智はまるでこの世の終わりかのような、愕然とした表情を浮かべる。そんな彼女の艶やかな黒髪へ、幹夫はそっと触れた。


「もしするんだったらさ、もっと良いところでしようよ。こんな何にもない殺風景なところじゃなくてさ、超豪華なスイートルームみたいな部屋で、お姫様が眠るようなベッドの上でさ。それまで智とのそういうこと大切にとっておきたいかなってね……それだけ俺、智のことを大切に思ってるんだけど、伝わんないかな?」


智の頭を撫でながら、あやすように語り掛ける。


 今、この場で智を抱くことは簡単だった。

しかしそれを良しとしない幹夫がいた。

 正直、そうした欲望が無いと云えば嘘になる。

現に、智に誘われて、一瞬でもこの場でことに及ぼうと思った自分が居たのは確かだった。

だが、そんな獣じみた感情に突き動かされて、大事に想う彼女トモを、この場でどうこうしようとは、どうしても思えなかった。

 もっと大事に、大切に。

 辛い世界だからこそ、思い出に残る儀式は、最高の時、最高の場所で。

幹夫はそう思う。


「それまでお預け?」


 智はまるで拗ねた子供のように唇を揺らす。


「そっ。お預け。それにさ、そういう目標があった方が人間、頑張れるってもんよ。だから俺は、いつか智をとっても素敵なところで、最高の夜を迎えるために頑張るよ」

「じゃあ……今のこの気持ちはどうしてくれるの? このまま何もなくて引き下がるなんて、生殺しよ……」

「生殺しって、はは。じゃあ、どうすれば良い?」


 少し涙ぐんだ智の瞳が幹夫を捉えた。

彼女はそっと瞳を閉じ、花の蕾のような唇を傾けて来る。


――せめて今は、これくらい良いよね。


 自分にそう言い聞かせ、幹夫は向けられた智の唇へ距離を寄せて行く。


「だ、ダメですっ! もうダメですっ!!」

「あ、おい、のぞみん!」


 と、その時近くの茂みから望が飛び出し、慌てて風太と景昭が続いてくる。


「の、望!? なんでこんなところにいるのよ!?

「夜起きたら姉さんが居なくて、どこに行ったのかと探してたら風太くんたちが、幹夫くんと姉さんが二人きりでお話していると伺って……そんなことよりも何抜け駆けをしてるんですか! 約束しましたよね? 幹夫くんに何かを伝える時はお互い、事前に、ちゃんと報告しようって!」

「そ、そうだったかしら?」

「そうですっ! 酷いですっ! 幾ら姉さんでもあんまりです、うう、ひっく……ぐすん……」


 望はとうとう泣き出してしまった。

智は必死に背中をさすりながら繰り返し謝罪を口にする。

しかし望は一向に泣き止む気配を見せない。


「オラ、幹夫。のぞみんが泣いてんぞ」

「おわっ!? ふ、風太?」


 幹夫の背中を押した風太は、少し不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向く。


「行けよ。今、この場を収めるのがお前の役目だろうが」

「わ、分かった!」


 幹夫は急いで望へ駆け寄り、栗色をした柔らかい彼女の髪を必死に撫でる。


「ほ、ほら望、泣かないで。ねっ?」

「うっ、うっ、ひっく……望も……」

「ん?」

「望も、好きです。幹夫くんのことがっ! 一人の男の子としてっ! 姉さんに負けないくらい大好きなんですっ!」


 智とは違い、まっすぐで、曇り一つない望の告白だった。

薄々は感づいていた。

智よりも遥かに女の子っぽく、守ってあげたい雰囲気を惜しげも無く放つ望の告白に、幹夫の心臓は破裂しそうな程の拍動を上げる。


「幹夫くんは、望のこと、好きではないですか……?」

「あ、えっと……好きだよ、望のこと……あいてて!」


 至極不満そうな智が幹夫の耳を、千切れんばかりの勢いで摘まんでいた。


「ミッキー、あんたなんで望の時はそんなに顔真っ赤になるわけ? 私の時は”好き”さえも言ってくれなかったじゃない!? これ一体どういうこと!?」

「ふふ、これではっきりしましたね姉さん。幹夫くんはやはり、姉さんのようにガサツで冷たいお方よりも、望の方がお好きなようですっ!」


 すっかり泣き止んだ望は幹夫の腕に抱き着き、智よりも遥かに存在感のある柔らかい胸を強く押し付けてきた。

すると反対側の腕へ、般若のような形相の智が抱き付いてくる。


「ミッキー、確かに望よりも胸は心もとないけど、トータルバランスだったら私の方が上よ? 胸なんて所詮は脂肪の塊。大きすぎてもアンバランスで、全く美しくないわ」

「貧乳の僻みですか? ああ、嘆かわしや姉さん……さっ、幹夫くん、存分に望の胸を感じてくださいっ! 幹夫くんでしたらどんなに好きにしても構いませんよっ?」

「止めなさいよ、このホルスタイン妹!」

「ひがまないでください、淫乱姉さん!」

「「むむむっ……!」」


 智と望は幹夫を挟んで激しい火花を散らし始めた。


「景昭―景昭さーん、助けてくれぇ―」

「知らん。自分で何とかしろ」


 ぴしゃりと景昭には切り捨てられた。


「んったく……そら!」


 幹夫はにらみ合う智と望を抱き寄せる。

それまで火花を散らし合っていた姉妹は、急に大人しくなり、顔を真っ赤に染める。


「智!」

「何よ?」

「望!」

「はいっ!」

「俺は……二人が大好きだ。だから、俺は二人を同じように幸せにするよ。約束する!」


 そんな幹夫の宣言を聞いて姉妹は揃って妖艶な笑みを浮かべた。


「聞いたわね、望?」

「はい、姉さん確かに」


 二人はより幹夫へ体を寄せた。


「信じてるからね、幹夫」

「約束ですからね、幹夫くん」

「ああ、約束する」


 幹夫と姉妹は深く互いを抱きしめ合い、熱を感じ合う。


「良いのか?」


 そんな様子から目を背けていた風太へ景昭が声を掛ける。

すると風太はフッと、ため息を付いた。


「良いさ。だってあれでのぞみんが幸せなら、俺はそれで十分だからよ。だったら俺は一日でも長く、のぞみんが幸せに過ごせるようこの命をかけるだけさ」

「だったら、俺はそんな風太のために命をかけよう。お前のことは俺が守る。お前に危害を及ぼすものは誰であろうと、駆逐、破壊、殲滅だ」

「おう。頼りにしてるぜ、相棒」


 風太と景昭は互いに拳を突き出し、固い契りを交わす。


 最悪な形でこの世界に呼び出された彼ら。

しかし星々が瞬く夜空は、どんな世界であってもその眩く優しい輝きで、人々を照らし出す。

 そんな星空の下幹夫達、【グリモワール】は固い約束を交わす。


 やがて開けの明星が輝き、朝の到来を告げて来る。

眩しい朝日は彼らを照らし出し、明日への希望を抱かせるのだった。


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