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異世界で生き続けた彼ら


奴隷兵士スレイブソルジャー


 呪印という呪いで体の自由を奪われ、

命じられるがまま危険なモンスターが跋扈する、【序列迷宮ナンバーズダンジョン】で日々戦いに明け暮れる職。

 別の世界から拉致のように転移転生しょうかんされた者、この世界で金のために売り飛ばされたものなど出自は様々。


 彼らは人ではなく”道具”でしかない。

 そしてこの世界に72個存在する危険な【序列迷宮】へ潜り、

命を懸けて狩猟に明け暮れる。


 それが奴隷兵士の職務であり、この世界で生かされている唯一の意味。


――そんな世界で、松方幹夫達は未だ生き続けていた。



「メガサンダー!」


 黒のローブとドレスを足して割ったような法衣を着た探索ギルド:バスティーヤの魔法使い、トモ=モリカワは、壮絶な黒い稲妻を放った。

漆黒の稲妻が岩ばかりの迷宮を疾駆する。

そして見上げるほどの巨大なモンスター:ミノタウロスの角を吹き飛ばし、怯ませた。


「ノゾミ! 今よ!」

「はい、姉さん!」


 トモの背後で魔力をため込んでいた白の魔法使いが前へ出た。


「こ、これでっ! アースソードっ!」


 トモの双子の妹、ノゾミ=モリカワはため込んだ魔力を一気に地面へ流し込んだ。

魔力は鋭く巨大な”岩の剣”を形作り、ミノタウロスを足元から刺し貫く。

 しかし巨体が倒れても、所詮敵の壁を突き崩したに過ぎない。

 倒されたミノタウロスの背後から、コボルトとリザードマンの混成部隊が、武器を手に侵攻してくる。

 そんなモンスター集団へ向け、太刀を構えた、軽装鎧の男が真っ先に突っ込んだ。


「殲滅ッ!」


 前衛職の剣士で、切り込み役のカゲアキ=カゲヤマの鋭い剣筋が、迷宮の闇へ無数の鮮やかな軌跡を刻む。

 カゲアキの登場と不意打ちに、モンスター軍団の隊列が乱れた。


「カゲアキ―、下がってぇー! 一気に決めるよー!」


 カゲアキは背中に”リーダー”の声を受け、軽く血振りをすると、その場から飛び退いた。


 迷宮の奥、トモとノゾミを過り、高速で疾駆する人の形をした閃光グリント


――アクセルブースト!


 バスティーヤのパーティー:【グリモワール】のリーダー、ミキオ=マツカタは得意とするスキルを自身へ重ね掛けた。

 元々、自らの速度を上げる”加速アクセル”のスキルが、多重で掛けられた”増幅ブースト”のスキルによって、力を増す。

 彼は世界を置いてけぼりにし、静止したように見える迷宮を駆け抜け、モンスター軍団に肉薄した。


 フック、アッパー、ストレート、様々な拳を繰り出し、本来の時間の流れの中にいるコボルトを次々と殴り飛ばす。

 更に、トーキック、踵落とし、回し蹴りを、武器を振り上げた格好でいるリザードマンへ放った。

 身体に寒気を感じたミキオはモンスター軍団の背後へ急ぐ。


「たはっ!」


 魔力が底を尽き、彼は膝を突いた。

瞬間、世界はアクセルブーストの力から解放された。

 彼の背後には、アクセルブーストで形作った無数の彼が存在していた。


 質量を持った幻影ファントム

超加速の中で一方的に相手へ攻撃を浴びせかける戦法。

敵にはあたかも多数のミキオが存在するようにみえる。


これこそミキオが編み出した必殺技――【アクセルブースト&ファントム】


 背後のコボルトとリザードマンの混成部隊が、同時多発ではじけ飛んだ。

脅威はすべて排除され、そして最後に小さな影がモンスターの躯へ駆け寄る。


「うひょー! やった、魔石ゲットー!」


 戦闘能力は乏しいが、一級品の鑑定能力と、アイテム採集能力を開花させた、まるで小学生のように見える少年フウタ=ササキ。

彼は嬉々とした様子でモンスターの躯を調べ、肩に担いだ大袋へ次々と採集品を押し込んでゆく。


「立てるか?」

「サンキュ、カゲアキ」


 力を使い尽くしたミキオはカゲアキの手を借りて立ち上がる。

しかしやはり、足元はおぼつかなかった。


「ミキオくんっ! 大丈夫ですかっ!?」


 ノゾミがパタパタと駆け寄ってきて、心配そうな視線を送る。

そんな可愛げのあるノゾミとは対照的に、姉のトモはだらだらと歩み寄って来て、盛大なため息を吐いた。


「ミッキーさ、そんなに疲れるんだったらそのスキル使うのやめたらどうな訳?」

「あはは。でもこれさ、超気持ち良いからさ……」

「全く、バカなんだから……ノゾミ!」


 トモに促されノゾミは、彼女の手を取る。

手を取り合った姉妹は互いの魔力をリンクさせ、


「「回復ヒール!」」


 トモとノゾミの放った煌めく光を浴びたミキオから足の震えが無くなる。


「サンキュ、二人とも! 二人がこうしてくれるから俺は安心してあのスキルが使えるんだからね!」


 そう云ってトモとノゾミの髪を、まるでペットのようにわしわしと撫で始めた。


「えへへ……嬉しいです。ミキオくんっ」


 ノゾミは満足そうに顔を綻ばせ、


「も、もう、髪が乱れるじゃない……!」

「じゃあトモは止めようか?」

「良いわよ、もう……バカミッキー……」


 智はそう悪態を着きつつも、ミキオの手を振り払う様子は無かった。

姉妹は仲良く顔を俯かせ、ミキオの行為に甘んじている。


「おい、おめぇら遊んでねぇで採集やれよ! ザッケンナコラー!」


 っと、奥からフウタの怒声が聞こえてくる。


「す、すまない、フウタ! 今手伝う!」


 凄く慌てた様子でカゲアキが真っ先にフウタへ飛び出してゆく。


「おっし、じゃあ俺らもフウタのお手伝いだ!」

「はいっ! 頑張りますっ!」

「はいはい、やれば良いんでしょ。はぁ……服、汚れなきゃ良いんだけど……」


 ミキオはトモとノゾミを伴って、フウタのところへ向かっていった。



 奴隷兵士としてこの世界に転移転生しょうかんされた彼ら。

既に死者である彼らが二度と元の世界に戻ることはできない。

 彼らに許されるのは、こうして迷宮へ潜りただひたすらに戦い続けること。


 それでも彼らはこの世界で生き残ることを選んだ。

 生き続けることを望んだ。


 探索ギルドバスティーヤの奴隷兵士パーティー【グリモワール】


 ミキオ達はそのパーティー名を拠り所に互いの繋がりを確認し合いがら、今日も懸命に生きるために戦いへ身を投じているのだった。



●●●



 空を飛ぶ黒鉄の城。

大量の魔石を消費し、空中を自在に飛ぶ、それは探索ギルドバスティーヤが、持てる力の全てを出し尽くして建造した”空中要塞”であった。

 その一角、むき出しの地面と、標的である岩のオブジェが設置された、魔法演習所。

そこにグリモワールのリーダー:ミキオと、モリカワ姉妹の姿があった。


「まずは頭の中で稲妻をイメージするの。それでかざした腕の先へ意識を集中させて……ほら、腕下がってるわよ?」


 姉のトモは少し下がり気味だったミキオの腕を支える。


「ミキオくん、頑張ってくださいっ!」


 彼らの脇では妹のノゾミが真剣に応援の声を上げていた。

 ミキオは今一度深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。

そしてトモの云う通り、頭の中へ稲妻をイメージした。


――ちょっと試してみようかな。


 そんな実験半分、遊び心半分で自らへ”増幅ブースト”を施す。

瞬間、標的に翳した腕へ、怒涛のように流れ込む魔力の感触を得た。


「メガサンダー!」


 発射のトリガーとなる、叫びをあげると、ミキオの腕から収束した魔力があふれ出る。それは彼の頭の中に描いた稲妻のイメージとリンクし、黒い稲妻となって放たれる。

 ドンッ! と黒い稲妻を浴びたオブジェが吹き飛んだ。

跡には何も残らず、ハラハラと塵が舞うだけ。


「へっ……? これホントにメガサンダー……?」


 トモは目を点にして、口をパクパクさせていた。


「メガサンダーだけど、何か?」

「こんなに威力は出ない筈よ。せいぜい、オブジェを分断するぐらいで、消し飛ばすだなんて……」

「あはー、そうなんだ。じゃあもう、これってメガサンダーじゃなくて、”ギガサンダー”だね」

「はぁ……やんなっちゃうわもう……」


 がっくり肩を落とすトモへ「何が?」とミキオは意地悪く聞く。


「だってミッキーに魔法を教え始めて未だ二週間よ? それでこんなに差を見せられたら、今までの私の努力はなんだったのかしら……」


 ミキオ達とこの世界で必死に生きると決めたトモが、人一倍努力していた。

今ではバスティーヤでも、妹のノゾミと共にトップクラスの魔法使いとして名を馳せている。


「でもさ、こんな魔法が使えるようになったのもトモがまるっときっちり俺に教えてくれたからだよ? トモの教え方が上手だったから、今俺はギガサンダーを撃てたって思うな」


 正直な想いを、包み隠さず口にする。

すると、艶やかな長い黒髪の間で、彼女の耳が少し赤くなった。


「そ、そう。なら良かったわ……」


 相変わらず素直ではないし、可愛げもない。

だけど、きちんと喜んでいるのは分かる。

この世界に来てから、よりトモのことが分かるようになったミキオ。

そのことが嬉しくて、意図せず彼の頬が緩む。


「ミキオくんっ! 今度は私が魔法教えますっ!」


 と、脇でずっと大人しくしていた妹のノゾミが声を上げた。


「さっ、ミッキー、次はメガフレイムのレクチャーよ」


トモはあたかもノゾミの声が、元々無いように振る舞いミキオの手を取る。


「姉さん、酷いです! ミキオさんへ魔法を教えるのは交代でって約束したじゃないですか!」

「あら? そんな約束したかしら?」

「しました! さっ、ミキオくん、今度はノゾミが風の魔法をお教えしますっ!」

「ちょっとノゾミ? 姉の私を差し置いて、ミッキーにお誘いとはいい度胸ね?」

「姉と言いましても、もとより私たちは双子。姉さんの方が300秒程お生まれになったのが早かっただけです!」

「ノゾミ……!」

「姉さん……!」

「「むむむっ……!」」


 ミキオを挟んで仲良く睨みあうモリカワ姉妹。

丁度そんな時に、景昭と風太が演習場に現れた。


「カゲアキ―、なんとかしてくれぇー」


 火花を散らす仲の良い姉妹の間でミキオは悲痛な声を上げる。


「お前が二人を諫めるのが最良だろう。俺の出る幕じゃない」


 カゲアキは剣士らしくばっさり切り捨てるのだった。


「だいたい先日、あの魔法の方程式をみつけたのはノゾミですよ!?」

「でも、呪印解除の魔法に関する手がかりをみつけたのは私の功績よ! ノゾミは所詮、その後を追ったに過ぎなくて? 転送テレポートだって!」


 さすがに大声で、その件を叫ばれては困るし、誰かに聞かれるなど持って他だった。


「こら二人とも喧嘩はダメ―」

「「きゃっ!?」」


 ミキオは目の前でにらみ合う幼馴染の姉妹をそっと抱き寄せた。

途端に、火花をバチバチと散らせていたトモとノゾミは、急にシュンと大人しくなる。


「仲が良いのは分かるけど、その件はあんまり大きな声で叫ばないで欲しいな?」

「うっ……ごめん、ミッキー」

「ごめんなさい……ミキオくん」

「みんなで呪印解除の魔法を研究して、一緒にこんな生活終わりにしようよ。なっ? カゲアキとフウタもそう思うよな」

「ミキオの言う通りだ。俺たちは俺たちの手で自由を勝ち取るんだ」


 カゲアキは強くそう言い切り、


「あ、うん。そうだね」


 フウタは苦笑い気味に答えた。


「フウタ?」


 すかさずカゲアキは、少し様子のおかしいフウタのリアクションを拾う。


「やっぱ勝ち目ねぇよ。ミキオにはかなわねぇなぁ……」

「敵わない?」

森智もりともは良いとして……のぞみんもミキオにぞっこんじゃん。あーあー、元の世界だったらのぞみんの大好きなBL本を餌にして釣ってやったのになぁ……」


 目を細めるフウタの先では、既にノゾミが愛くるしい笑顔を浮かべながら、ミキオへ手取り足取りで風魔法の指導を行っていた。


「俺は傍に居るぞ。お前の傍に、ずっと」

「サンキュ、カゲアキ。でも、男の友達ダチにそう云われてもあんまし嬉しくねぇな」

「そうか……すまん」

「いやぁ、グリモワールの皆さん、訓練に精が出ていますね」


 訓練場にそんな声が響き、ミキオ達は慌てて居住まいを正した。

そして彼らの前に現れた、細面のバスティーヤの首領:カロン=セギュールへ傅く。


「調子はどうですか、ミキオくん?」

「絶好調ですよ、カロン様」


 ミキオはとりあえず、それらしい挨拶を返す。

するとカロンは満面の笑みを浮かべて「楽にしてください」と促す。

 許しの出たミキオ達は言われた通りに立ち上がる。

そしてカロンの後ろへ控えめに、野武士のような風貌のブライ副官がいたことにようやく気が付いた。


「ところでカロン様。御身が直々にこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。何か俺たちの御用ですか?」


 歯に衣着せぬミキオの言いぶりに、控えていたブライ副官が眉間に皺を寄せて一歩踏み込んでいる。しかしカロンは彼を制し、再びミキオへ微笑みかけた。


「実は折り入ってミキオくん達、グリモワールにお願いがありましてね」

「お願いですか?」

「実はいよいよ、我々バスティーヤは71位迷宮ダンタリオンの最深層に向かい、DRデビルレアアイテムを回収しようと思っているのです」

 


DRデビルレアアイテム】


 この世界に72個存在する序列迷宮。

その最深部にある最高位のアイテム。

SRスーパーレアLRレジェンドレアを超えるこの世界の至宝。


 序列迷宮へ潜る者は等しくそれを求め、危険へ挑む。

 だが多様な危険の潜む序列迷宮でそこに到達する存在はほぼ皆無に等しい。

少なくとも、ミキオが働かされている探索ギルド「バスティーヤ」では、存在していなかった。


「そこでブライを中心とした大規模な攻略パーティーを編成しようと思っているのです。是非、そのパーティーにミキオくん達も加わって頂きたいのですが……正直、貴方がたは未だ遺恨をお互いに抱いていますよね?」


 ブライはかつてトモとノゾミへ酷い仕打ちをしていた、”加藤”という自分の女をパーティーリーダーに推挙していた。しかし異議を唱えたミキオと加藤はリーダーの座をかけて決闘をし、見事彼はその座を勝ち取る。

 そのためかブライはつい先日まで、その責任を取らされ、バスティーヤ副官の座を追われていたのだった。


「DRアイテムの回収はシャトー家、オーパス家も成せずにいる偉業です。その偉業を我々バスティーヤが成し遂げ、私はこの世界に覇を唱えたいのです。そのためには私たちは互いの遺恨を捨て、手を取り合い、一丸となってその目標に向けて邁進せねばならないと思うのです」

「だからブライ副官殿との、俺たちの遺恨はここでチャラにして欲しいと。そういうことですね?」


 常に生還をし、組織のために貢献し続けているミキオだからこそ言える言葉だった。実際、この空中要塞の建造ができたのも、ミキオ達の目覚ましい活躍があったからこそ。

カロンは怒った様子も見せず、むしろ喜ばしい雰囲気で「ミキオくんのその賢いところは、大変助かります」と返す。


 ここで逆らったところで、何のメリットもない。

それにこれは”自由への脱出”に向けての、良い切っ掛けだとも思った。


 DRアイテムは、その中に迷宮の全ての力を司る”魔神”が封じられていると聞く。

その絶大な魔力さえあれば、呪印解除の魔法の研究は一気に進むばかりか、その力を使ってこのバスティーヤという組織をも乗っ取ることができるかもしれない。


――いつまでもカロンの犬として生きてくなんてまっぴらごめんだ。

俺たちは自由を取り戻し、この世界で幸せになるんだ。


 胸に刻まれた強い想いと決意。

それを奥に封じ込め、素直なカロンの犬を演じるのに戻ったミキオは、一歩を踏み出した。


「ブライ副官殿。貴方へしてきたこれまでの非礼をお詫びします。だからどうか、俺達を迷宮最深層まで導いてください。よろしくお願いします」


 ミキオがそう言って握手を求めると、ブライ副官の岩のような手が握り返してきた。


「良いだろう、ミキオ=マツカタ。そしてグリモワール、お前等の活躍に期待する」


 やはり上から目線のブライ副官に、ミキオは苦笑いを浮かべざるを得なかった。

そうして固く握手を交わしたミキオとブライを見て、カロンは満足げな笑みを浮かべた。


「よろしい! ではこれにてミキオくん達とブライの遺恨を手打ちといたします! この宣言は、バスティーヤの首領であるこの私の命において相成ったもの。双方とも、これを反故にした場合は相応の罰を受けるものと心得なさい!」


――でも、こんな状況もあと少しだ。

俺は、俺たちはDRアイテムを奪取して、自由を取り戻す。

必ず!


 ミキオはそう固く決意するのだった。


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