いじめと決意
「さぁ、来いよ幹夫」
「……」
幹夫はロングソードを模した木製の模造剣を脇に下段脇に構えて、友人の影山景昭と佐々木風太の二人と対峙していた。
一面砂と岩ばかりの荒野に設けられた探索ギルド”バスティーヤ”の城砦。
その中庭では幹夫達と同じく、この世界に奴隷兵士として転移転生させせられた男女問わずの数十名が様々な模造武器を手に打ち合いを繰り広げていた。
「そこ、手を抜いてんじゃねぇ!」
監督官のバスティーヤの構成員が叫び、腕を魔力で輝かせる。
すると、奥で打ち込み合っていたグループが一斉に苦しみだし、石畳みの上でもがき出す。
そんな有様を見せつけられれば、誰もが手を抜けず、ただ言われるがまま戦いの訓練に精を出す。
勿論、幹夫もその罰を恐れて、訓練へ真剣に取り組んでいたが、それだけではなかった。
――今日こそは景昭に勝つ! 勝って見せる!
この世界に連れてこられ、早数週間。
景昭と対峙するのはもう何度目のことか。
元々剣の才能があった景昭に、幹夫は未だ一勝もできていなかった。
今思い起こせば、元の世界でも、成績こそ幹夫の方が上だったが、運動系では常に景昭の遅れを取っていた。
戦うことは不本意だし望んではいない。
だが、こうした空気は自然と、幹夫の中にある動物的な本能を刺激し、闘争心を煽る。
「行くぜ、景昭!」
幹夫は先手を取って地面を蹴った。
同時に足元へ”加速”の魔法を施した。
”魔力”という筋力とは別の力が存在するこの世界は、術によって前の世界ではありえない力を容易に発揮させる。
幹夫は矢のような速度で飛び、景昭との距離を一気に詰める。
腰より下に構えた模造剣を力いっぱい振り上げたが、盛大に空ぶった。
既に景昭の姿は無し。
脇にすぐさま別の気配を感じ、盾代わりに腕へ魔力を発し”防壁”を展開する。
「残念だったね、風太?」
「いつの間にそんな術を!?」
ショートソードの模造剣を受け止められた風太は驚き、目を見開く。
「悪いちょっと伸びててくれ!」
「ぐーわーっ!」
障壁を押し込んで体勢を崩させたところで、魔力を込めたトーキックを放つ。
小柄な風太は弧を描いて吹き飛んだ。
そして背中にもう一つの殺気を感じ、前方へ思い切り転がり飛んだ。
「殲滅ッ!」
それまで幹夫が居たところへ、日本刀のように長い模造剣を振り落とした景昭の姿があった。
「おっし景昭、これで二人っきりになれた! 今日こそお前から一本取ってやるからな!」
「よくも風太を……例え幹夫だろうと、許さん……!」
「あ、あれ? 景昭さん?」
どうやら勝負云々ではなさそうで、景昭は本当に怒っているようだった。
「幹夫、撃滅ッ!」
「わわ!」
慌ててバックステップを踏んで間合いを取り、辛うじて景昭の刀を避ける。
「殲滅ッ! 殲滅ッ! 殲滅ッ!」
「わ! ちょっと! ひゃっ! か、景昭!? 景昭さーん!!」
「撃滅ッ!」
幹夫は景昭の太刀筋から本気の殺意を感じる。
剣筋は鋭く、勢いはいつも以上にある。
しかし、
――いつもより雑だ。これなら!
幹夫は容易に見切れる景昭の太刀を受け流しながら、頭の中では術式を編む。
「あっ!?」
幹夫の手から模造剣が弾かれる。
意識を術式を編むのに回し過ぎた結果だった。
見上げればそこには、刀を上段に構え、鬼のような形相の景昭の姿が。
幹夫は咄嗟に左腕を掲げて、障壁を展開させる。
「ぐっ!?」
景昭の太刀が障壁に阻まれ、一瞬止まる。
その隙に幹夫は頭の中で編んだ、”加速”と”増幅”を自分へ重ね掛けた。
瞬間、景昭の動きが止まったかのようにみえた。
【加速】の術――文字通り、加速器のように一時的に移動速度を上げる術
【増幅】の術――直前に施したスキルを瞬間的に高める術。
幹夫は固有の力として目覚めさせた”加速と増幅”は、多大な魔力を消費し、一瞬だけ彼を世界を置いてけぼりにするほどの速度の世界へ誘った。
グッと踏み込み、晒された景昭の胴へ遠慮なく右の拳を叩きつける。
そのまま彼の背後に過った途端、魔力が底を尽きた。
無理やり重ね掛けした加速と倍加が解除される。
「ふ、不覚……」
「や、やったぞ……!」
幹夫と景昭は同時に地面へ倒れるのだった。
その時、鐘の音が鳴り響き、訓練の終了を告げて来る。
そしてその音に交じり、甲高い拍手が聞こえてきた。
「いやぁ、皆さん訓練お疲れ様です。素晴らしい成長ぶりですよ! 探索開始日が楽しみですねぇ!」
この探索ギルドの代表で、幹夫達をこの世界に強制的に呼び出した仇敵:カロン=セギュール。
そんな彼へ数人の男子生徒が嬉々とした様子で駆け寄り、まるで子犬のように目を煌めかせる。
「良い攻撃だったぞ、幹夫。お前は武器よりも徒手空拳の戦い方があっているかもな」
「ありがとう。やっぱそうみたいだね」
先に立ち上がった景昭の手を借りて、幹夫は起き上がる。
「おいおい、見てみろよ」
先に起き上がっていた風太は、気味が悪そうにカロンと彼を取り巻く男子生徒をみやる。
「あいつら良い生活してるみたいだぜ? 代わりにカロンに毎晩ご奉仕しまくってるらしいけどな。オエー」
風太は横目でそう愚痴り、カロンと目が合ってしまって身体を震わせる。
口は悪いが裏腹に低い身長と、小さい子供のように可愛い顔立ちは、その手の人間からすれば好物なのかもしれない。
そんな風太を心配してか、景昭はさりげなく彼とカロンの視線の間へ、大きな背中を割り込ませるのだった。
――そういえば智と望は元気にやってるかな。
適性検査の結果、幹夫達は前衛職の剣士、智と望は後衛職の魔法使いとして、城砦本館の向こう側にある施設で訓練を受けることになっていた。
家が隣同士で両親同士も仲良し。中学までの学区も一緒。進学した高校も何故か一緒。不思議とクラス分けでも、常に同じな始末。
ならば当然、幹夫と森川姉妹は生まれてからこの世界に来るまで、片時も離れたことは無かった。
女の子っぽい妹の望は良いとして、強気でいつも口うるさい智には辟易していた。
しかしその口煩さも幹夫の生活の一部になっていて、傍に無いとやはり物足りなさを覚える。
それに気がかりなこともあった。
牢獄を出る際、智は明らかに他の女子生徒から反感を買っていた。
その後も、わざとかそうでないのか、智の方はつま先を踏まれたり、押されたりしていた。
智と自身は”大丈夫だ”と言っていたが、果たして本当にそうなのか?
考えれば考えるほど、幹夫の中で不安が膨らんで行く。
そして姉妹の姿が頭の中から離れなくなった。
――たまには智の嫌味でも聞いてあげるかな。望は泣いてなきゃ良いけど。
そう思いながら幹夫は粛々と訓練の片付けを進めながら、今夜の予定を頭の中で組み立てるのだった。
●●●
【隠匿】の術。
景昭が真っ先に体得したスキルで、止まれば完全に気配を遮断できるものである。
こっそり景昭伝いに”隠匿”の能力を得た幹夫は、それを駆使して真夜中のバスティーヤ城塞の中を駆け巡る。
全ての奴隷兵士には呪印が刻まれており、城塞から一歩でも出れば、外に設置された塔から魔力が発せられ、即死に繋がる。
また正規構成員はおしなべて、呪印の支配権を持っている。
そんな状況なものだから、夜間の警備等、正規構成員にとっては退屈で、けだる仕事でしかない。
故に、隠匿のスキルを上手く活用して行けば、城塞の向こう側にある魔法使い養成施設へ行くなど容易なことだった。
もっとも、隠匿のスキルがあったからこその結果ではあるが。
そうして幹夫は智と望のいる魔法使い養成施設へ降り立った。
とはいうものの、だたっ広い砂地を城壁がぐるりと囲んでいるのは、剣兵の施設と相違ない。
唯一違う点と云えば、魔法の標的になるであろう、訳のわからない文字が刻まれた大岩が数個あるということだけ。
そんな大岩の前にぼんやりと人影が見えたような気がする。
「うっ、うっ、ひっく、ぐすん……」
聞き覚えるのある鳴き声に突き動かされ、幹夫は足早に大岩へ駆けて行く。
「お父様、お母様……ひっく……」
「大丈夫よ望、大丈夫……」
「よっ! 二人とも、元気してた?」
幹夫は努めていつもと同じ調子で森川姉妹へ声を掛けた。
しかし内心は、二人の酷い有様を見て、煮えたぎるほどの怒りを感じていた。
何故か望は、上はブレザーで、下には赤いジャージのズボンを履いていた。
彼女が胸に抱いているのは無残にも引き裂かれた制服のスカート。
ブレザーも所々が解れみすぼらしく、加えて髪はぼさぼさだった。
なによりも、いつもは花のような甘い香りを漂わせていた二人から、少しツンとする異臭を感じる。
「幹夫くんだ……! 幹夫くんっ!」
望は倒れ込むように、幹夫の胸へ飛びつく。
幹夫は匂いなどまるで気にせず、べたついた望の栗色の髪をワシワシと撫でた。
「望、どうした? そんなに俺に会いたかったの?」
「幹夫くん……ああ、幹夫くんだぁ……うう、ひっく……もう、嫌です、こんな生活……!」
「ほらほら、泣かないっての。ホント、望は昔から泣き虫なんだから」
「ミッキー、何しに来たわけ?」
智が幹夫を見下ろす。
彼女も望と同じ有様で、胸がざわつく。
「二人が元気か気になってね……てかさ、この状況何?」
「……」
「せっかく来たんだから聞かせてよ。ねっ?」
「……」
「かっこつけんな。答えろ、智。これは何なんだ?」
真剣な幹夫の声に、智は肩をビクンと震わせた。
「そ、そんな怖い言い方しないでよ……」
「ごめん。だったら教えて。なんで二人はこんなことになってるんだい?」
「……加藤よ」
”かとう”と聞いて、幹夫はそんな名字の女子生徒が居たと思い出す。
当然、そんなのだから下の名前など覚えてはいない。
しかし、クラスの中では目立った存在だったとは認識している。
そして、この世界に転移転生させられた直後、智へわざとらしく肩をぶつけたのも、その加藤であった。
――嫌な予感が当たっちゃったかなぁ……
「で、その加藤がどうしたんだい?」
幹夫は沸々と沸き起こる負の感情を堪えつつ、努めて優しく智へ問いかけた。
「最初の標的は私だったわ。私がカロンに食って掛かったのが気にいらなかったみたいね。で、こっちに来てからずっと嫌がらせ受けてたんだけど、必死に望が庇ってくれて……そうしたらあいつ等、今度は望まで……だからご覧の通り、まともに水浴びさえできない始末よ」
口調はいつもの強気。
反して、智の頬は酷くやつれ、瞳は淀んだ光りを湛えている。
「あいつらは望に手を出した……絶対許さない。いつか必ずぶっ殺……痛っ! な、何するのよいきなり!?」
幹夫のおでこを弾かれた智は、眉間に皺を寄せて抗弁する。
ほんの少しだが、いつもの”智”が見られたことが幹夫は嬉しかった。
彼は思わず脂で艶を失った彼女の黒髪へ手を添える。
「こら智。幾らむかついてたってそういう言葉遣いは女の子として、どうかと思うよ、俺?」
「別に良いじゃない、今更。ここで取り繕う必要なんてもうないんだし……!」
「辛いなら辛いで良いし、泣きたいなら泣いた方が良いよ。無理しないで」
「べ、別に無理なんてして、ない……」
しかし言葉とは裏腹に、黒々とした智の瞳は輝きを取り戻し、そこからボロボロと涙がこぼれ出る。
「肩、貸そうか?」
コクリと首肯。
智はゆらりと幹夫の肩に寄りかかって来た。
「もう最悪、ひっく。ミッキーに、ミッキーなんかにこんな姿見られるなんて……」
「あはは、最悪って。酷いなぁ」
「誰にも言うんじゃないわよ。特に景昭と風太になんて言ったら、ただじゃ置かないからね」
「はいはい、分かりましたよ。この秘密は墓の下まで持ってくから安心して。智、」
「ひっくっ……何よ?」
「良く頑張ったね。智は良いお姉ちゃんだ」
ほんのわずか、幹夫は智を抱き寄せた。
彼女はなんの抵抗も無く、彼へ寄り添い、
「……バカ。あんたこそ良い奴よ……」
そう一言呟いた切り、智はむせび続ける。
「望、良かったら一緒にどう?」
「えっ? い、良いんですか?」
脇でずっと大人しく佇んでいた望は意外そうな声を上げる。
きっと望は智の辛さを分かっていて、あえて今は場を譲ったのだと思う。
本当はもっと泣きたくて、縋りたい自分を押さえて。
「望も、来なさい……こんなこと滅多にないわよ……」
「姉さん……はいっ!」
望もおずおずと幹夫へ歩み寄り、彼の肩へ身を預ける。
そんな望を安心させるよう、幹夫は彼女もまた、そっと抱き寄せるのだった。
――智と望を守れるのはもう俺しかいない。
もはやここに頼れる人は誰一人存在しない。
正直なところ、幹夫も、これから自分がどうなってしまうのか不安で一杯だった。
だからといって、腕の中の二人を放っておくか――否。
そんな選択肢は、幹夫の中に元々存在してはいなかった。
「二人は俺が守るから。必ず……」
幹夫はむせび泣く幼馴染の双子の姉妹へそう宣言する。
自ら口にした言葉を強く胸へ刻み、そして硬い決心をするのだった。




