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自由への脱出 【前編】



――帰りが遅い……ケンさん、今日はどうしたんだろう……?


 不安と心配はラフィは耳を折り、尻尾の先を地面へ落とさせていた。

探索ギルド「アエーシェマン」の奴隷兵士が住む粗末な居住区の門前で、ラフィは今日もケンの帰りを待つ。


 いつもなら夕暮れ前には戻ってくる。

しかし今日は空が暗くなっても、馬蹄の音が聞こえてこない。

 種族的に人間よりも遥かに聴覚に優れるラフィであっても、未だ馬蹄の音を捉えていなかった。


――まさか、ケンさんに何かあったんじゃ……?


 不安がラフィの胸を席巻し始めたその時、彼女の耳が、はるか遠くから響く馬蹄の音を聞き取る。

 途端、それまで沈んでいた胸の内は晴れ渡り、毛並み鮮やかな尻尾は感情に合わせて激しく横へ振れはじめた。


 いつものように居住区の門前へ横付けされた馬車。


 ラフィは胸を高鳴らせた。


「えっ……?」


 しかし馬車の荷台から降りて来た奴隷兵士の中に、ケンの姿は無かった。


「あ、あのケンさんは!?」


 ラフィは必死に馬車から降りて来た奴隷兵士へ聞く。

しかし誰もが迷宮探索で疲れ切った表情を浮かべているだけ。

誰一人ラフィの質問に応えず、足取り重く居住区へ戻ってゆく。


「ケンさんは!? ケンさんはどこに!?」


 それでもラフィは必死にケンの姿を求め続けた。


 迷宮探索で助けられてから今日まで、彼女にとってケンという奴隷兵士は無くてはならない存在になっていた。

 


 役立たずになった自分を身を呈して守り必要としてくれる彼。


 彼が無事に帰ってくるとラフィは嬉しかった。

 彼と食事を取り、静かに眠ることが何よりも好きだった。

奴隷兵士で、しかも怪我によって前線から退いたことで、本来は処分される筈だったラフィをケンは温かく迎えてくれた。


 彼無しでは生きて行けない。

彼が傍に居てくれたからこそラフィには今があった。

生きる意味があった。


「ケンさん! ケンさん!」


 ラフィは必死に大切に思う彼の姿を追い求め、なりふり構わず声を上げ続ける。


「うるせぇ!」


 その時、馬車の奥から怒号が聞こえ、ラフィは叫ぶの止めた。

 恐る恐る声の方をみると、膝を抱えて、肩を震わせるひと際立派な装備を身に着けた男がいた。


 ラフィは装備の質の違いから、男が奴隷兵士ではなく、指揮を執る、探索ギルド「アエーシェマン」の構成員だと理解した。


「あ、あの! ケンさんは! ケン=スガワラはどこですか!?」


 ラフィは無我夢中で声を張る。


いつもなら呪印の支配権を持つ正規構成員に恐れを成して、叫んだりなどしない。

 だが、そんな恐怖など、今のラフィの前では些末なことでしかなかった。

 今はただ、ケンの無事を確認したい。

 もし彼が困っているなら命を懸けて力になりたい。

 その一心が彼女を突き動かし、無謀な行動へ移らせる。


「だから黙れって言ってるだろうが!」

「ッ!?」


 気が付くとラフィは構成員に腕を掴まれていた。

 反射で振りほどこうとするが、腕に力が入らない。

 ラフィの腕を掴む構成員の掌が僅かに妖艶な輝きを放っていた。

 どうやら構成員はラフィへ呪印の発動を促したらしい。


「あいつは、ケン=スガワラは死んだ。モンスターハウスの、餌食になってなぁ……!」

「そ、そんな……!」


 ラフィは構成員の言葉に落胆し、一気に身体から力が抜けるのを感じる。

 その時、構成員が汗だくの顔を、ラフィへ近づけた。

 

「い、いやっ!」


 ラフィは構成員からおぞましい感情を感じ取って、身を引こうとする。

 しかし構成員はラフィよりも遥かに筋力に優れていた。

更に呪印を発動させられている彼女が、幾ら構成員の顔を醜悪に感じても引きはがすことは不可能。


「へ、へへ……お前には前から目をつけてたんだ。邪魔なケン=スガワラは居なくなった。この機会を逃すほど俺は甘ちゃんじゃねよ……ひひっ。おい、お前ら手伝え!」


 構成員が更に呪印を発動させた。

 疲れ切って居住区へ戻ろうとしていた奴隷兵士が踵を返し、ゾンビのような歩調で迫る。


「や、やめ、んんっ……!」


 呪印で操られた奴隷兵士に手足を拘束され、口を封じられたラフィは居住区の中へ強引に引きずり込まれた。


 ラフィは必死に抵抗を試みる。

 しかし彼女自身の呪印も発動していて、手足はまるで、赤子程度の力しか発揮できず。


 居住区で待機していた他の奴隷兵士も何事かと次々と外へ飛び出す。


 周囲の耳目は拘束されたラフィに集中していた。

 そんな彼女へアエーシェマンの構成員が、ゆっくりと近づく。

 

 奴隷兵士がラフィの拘束を解いた時、パンッ! と構成員の平手が彼女の頬を打った。


 ラフィはそのまま地面へ転がされる。

 起き上がろうとするが、やはり体に力が入らず、まるで芋虫のように地面の上を這いつくばるだけだった。


「ッ!?」


 そんな彼女へ、構成員が覆いかぶさる。


「良いねぇ、この状況。衆目の中で嬲る……へへっ」


 構成員の薄気味悪い顔に、ラフィの心臓が激しく拍動を始める。

胸の奥は不快感と恐怖で席巻され、声が出ない。


「まずは俺からだ。で、その後は嬲られるお前を見ながらゆっくり酒でも楽しむとするぜ」

「い、いや……!」


 ラフィは渾身の力を喉へ込めて、せめてもの抵抗を試みた。

しかしそれは結果として、構成員を喜ばせることになっていた。


「さぇて……」



 構成員のごつごつとした指が、ラフィの豊満な胸に狙いを定めて動き出す。


 ラフィは涙が浮かんだ目をきつく結び、


――助けて、ケンさん!


 ラフィは既に居なくなった大切な彼へ助けを乞いながら、来るべき不快な感覚に耐えるべく身構える。

 が、いつまで経っても何も起こらない。


「よぉ、俺たちを見捨てた上に、ラフィを傷つけるたぁな。死ぬ覚悟はできてるな?」


 声を聴いてラフィの心臓が幸福で高鳴る。

 諦めていた。

 もう二度と会えないと思っていた。

 だけど、彼は戻ってきた。


 いつものように、今日も、無事な姿で!


「お帰りなさない! ケンさん!!」



●●●



 三十二位の迷宮アスモデウスから【魔神飛翔拳ロケットパンチ】に乗り、まっすぐと居住区を目指すケン。

 レベル99の彼の聴覚は、ラフィの悲鳴を聞き分け、足を急がせた。

 間一髪、ラフィが自分たちを見捨てた構成員の慰みものになる前に居住区へ帰還し、今に至る。


「お帰りなさい! ケンさん!」


 ラフィは涙を浮かべながら、いつものように帰還を喜んでくれた。

反対に構成員は、驚愕の顔をケンへ向けている。


「お、お前は確か、死んだはずじゃ……?」

「そうだな、確かに俺は一回死んだ。だけど戻った。てめぇのようなクソをぶっ飛ばすため――地獄めいきゅうの底からなぁッ!」

「へ、減らず口を!」


 構成員はケンへ手に平を向ける。

 黒い渦が浮かび、呪印の発動を促す。

 が、ケンには何の変化も起こらなかった。


「なんだ!? どうして呪印が!?」

「残念だったな。もはや呪印は俺には効かない! もうお前等アエーシェマンの自由にはならない!」


 ケンは勢い任せに、構成員の頭を掴んだ。

 まるで構成員の頭骨の感触が、華奢なガラス玉を彷彿させる。

だが、ラフィの目の前、あまり残虐なことはしたくないとケンは思う。


「二度とその汚ねぇ手でラフィに触るんじゃねぇ!」

「ひっ!?」


 ケンは構成員の頭を掴んで放り投げた。

 石ころのように軽く感じられた構成員は、あっさりと吹っ飛び、近くの家屋へぶつかって瓦礫に飲まれる。

 周囲にいた奴隷兵士から一斉にどよめきが起こった。

 だがケンは気にせず、ラフィへ屈みこむ。


「ただいま、ラフィ」


 努めて優しく、ラフィへ声を、倒れている彼女を抱き起す。


「えっぐ、ひっくっ……待ってました、帰ってくるの、わたしずっと……」

「ごめん……」

「良いんです、大丈夫です……ケンさんが帰ってきてくれたなら、わたし、それで、もう……」


 ラフィは嗚咽を漏らしながら応える。

 だが、力が入らないのか身体を震わせているだけ。


――呪印が発動してるのか。このままだとラフィを連れ出せない。


 ふと、ケンは思いつき、ラフィの胸元に見える呪印に触れ、【サーチ】をかけた。



●スキルライブラリ提示:呪印解除



――やっぱりそうか。サーチはこういう使い方もできるんだ。


「ラフィ、今楽にしてやるからな」

「あ、ちょ、ケンさん……!?」


 ラフィの呪印へ手をかざし、呪印解除のスキルを発動させた。

淡い光がほとばしり、ラフィの胸元に強く刻まれていた呪印が、溶けるように消えてゆく。


「あ、あれ……?」


 途端、それまで硬直していたラフィの身体が柔軟性を取り戻す。

犬のような耳がピクピク動いて、尻尾が緩やかに動き出した。


「呪印は解除した。もう安心だぞ」

「ふぇ!? でも、どうやっ……」


 突然、ケンの頭上で爆発が起り、ラフィの言葉をかき消す。

 顔を上げると、これまでずっとケン達奴隷兵士の居住区を見下ろしていた、「アエ―シェマン」の立派な城塞が天井から吹っ飛んでいた。



 状況が飲み込めないまま、次いで感じた身の毛もよだつ醜悪な感覚に背中が震える。


 居住区門の先。

 闇に沈む深い森には砂けむが上がり、数えきれないほどの赤い点が見える。

 瞬間、居住区の門扉、高い塀が積み木のように突き崩された。


「ブフォォォォォッ!」


 ワイルドボワ。

 迷宮外に住むイノシシの様な姿をした怪物。

 その突進力は油断をすれば即死に繋がりかねない。


 そんなモンスターが数え切れず、徒党を組んで、奴隷兵士の居住区へなだれ込んできていた。

 門前付近の奴隷兵士はワイルドボアの突進と潰され、瓦礫に飲まれた。


 真っ直ぐで強力な蹂躙はあっさり家屋を潰し、ワイルドボワの強襲で恐慌状態に陥った奴隷兵士達を雑草のように踏み荒らす。


「ラフィッ! 掴まれ!」

「は、はい!」


 ラフィは遠慮気味に寄り添ってくる。


「ああもう、そんなんじゃ!」

「あ……ふえっ!?」


 強引にひざ裏を腕を回して、ラフィを倒す。

反対の腕で彼女の背中を支えれば完了。 

ラフィを”お姫様だっこ”の体勢にしたケンは、深く膝を折って、そして飛んだ。



 刹那、それまでケンとラフィが居た個所を、ワイルドボワの群れが勢いよく過る。


 ケンはきつく目を閉じたまま必死にしがみ付くラフィを、更に強く抱きしめ、一匹のワイルドボワの背中の上へ器用に降り立つ。



――スキルライブラリサーチ発動!



 三十二番目の魔神:アスモデウスが宿るDRデビルレアアイテム、「星回りの指輪」から、赤紫の輝きが迸り、ワイルドボワを読み込む。



【サーチ完了】



●スキルライブラリ提示:毒針(麻痺)



 ケンはワイルドボワの背中の上から飛び退き、蹂躙し尽くされ、荒れ果てた居住区の大地へ立つ。


 ワイルドボワの群れは、居住区の一番奥にあった、ケンとラフィの小屋を突き崩していた。

その先の断崖へ達し、群れは二手に分かれて反転。

 再びワイルドボワの群れが、ケンとラフィへ接近する。


「これでも喰らえッ!」


 ケンはスキルで麻痺効果のある毒針を生成し、ワイルドボワの先頭集団へ投げつけた。


「ブフォッ!?」


 毒針が刺さった途端、先頭のボワが麻痺効果によって足を止める。

そんな先頭ボワへ後続のボワがぶつかり、それが連鎖。

猛進を続けていた集団は次々と玉突きを起こして、倒れ、吹っ飛び、砂煙の中へ飲み込まれる。

 が、今度は脇から別の殺気を感じたケンは横へ飛び退いた。


「チッ!」


 しかし鋭利で冷たい刃の先端が、ケンの腕へ僅かに傷を作る。


「ケンさん!」

「大丈夫だ。心配すんな」


 そっとラフィを地面へ下ろし、殺意を鋭く睨む。

 

 まるで忍者のような黒衣で身を包み、蛇を腕に巻きつけた謎の存在がケンを静かに睨んでいた。


「おいおいシャドウ! 勝手に動くなよ!」


 次いで忍者の脇の空間が割れた。

そこから大きなリュクサックを背負い、探検家のような恰好をした、背の低い少年が、割れた空間から降り立ってくる。


「高レアリティアイテム反応有り!」


 忍者はそう叫び、頭巾の奥の瞳を赤く明滅させる。


「マジか!? 本当か!?」


大きなリュックサックを背負った探検家のような少年は、大げさに驚いて見せる。


「レアリティ、SR(スーパーレアオーバー! ウィンド、奪還を実行すべし!」

「まさかアエ―シェマンに、シャドウが反応する程のアイテムがあったなんて。オイラたち、なんてラッキーなんでしょ!」


――なんだんだこいつらは?


 突然ケンの目の前に現れた忍者:シャドウと探検家:ウィンド。

しかし彼らから明確な殺意を感じたケンは、喉の渇きを覚える。


「なぁ、兄ちゃんとりあえず一回は聞いてやる。アンタが持ってるレアアイテムをオイラたちへ渡しな。そしたら命の保証はしてやるよ」

「これだけのことをしでかしといて命の保証だと? 信じるとでも思うか?」


 ウィンドの幼いながら、どこか冷たさを感じる声音に、ケンは鋭く反論する。

 すると、ウィンドは口元へ邪悪な笑みを浮かべた。


「あーあ、勿体ない! 兄ちゃん、選択間違ったぜ? なぁ、シャドウ?」


 脇に立つ忍者風の輩:シャドウは頭巾の奥で、真っ赤な双眸を輝かせ、研ぎ澄まされたナイフのような殺気を放った。


――来る!


 ケンはラフィを守るように立ち塞がり、身構えるのだった。


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