集団転移転生(*案内書き有)
【ご案内】
本章には多分に「残酷な描写」「ストレス展開」などが多分に含まれております。
また上記の要素から本章は「活劇」ではなく「悲劇」となります。
その点をご承知の上、ご覧いただければ幸いです。
勿論、最終的に少量の希望的な展開は有ります(執筆済)
これらの点を踏まえて、ご覧いただければ幸いです。
あらかじめ、ご理解のほどをよろしくお願い申し上げます。
本章が本作のもう一つの入り口になることを願って……
「う、くっ……」
十七歳の少年は意識を取り戻し、起き上がった。
鼻をかび臭い空気が掠め、ブレザーを着ていても、肌寒さを覚える。
周囲はごつごつとした岩に囲まれ、岩窟と表現して差し支えない。
岩窟には鉄格子が嵌められていて、その奥では松明が赤い炎を上げ、頼りない明りで彼らをぼんやりと照らしている。
”松方幹夫”は映画や漫画で観た、”牢獄”のようなところに居たのだった。
理由は分からない。
だがこの殺伐とした雰囲気に、幹夫は恐怖と不安で体に震わせた。
「幹夫! 無事か!?」
だが、彼の恐怖と不安は、親友の声を聴き、僅かに和らいだ。
幹夫と同じ紺野ブレザーを着た長身痩躯の同級生。
”影山 景昭”の存在を、今日ほど頼もしく思ったことは無かった。
「景昭! お前も良く!」
「無事だ。風太もな」
「なんだよここ。まるでダンジョンみたいじゃん」
小学生のようのにみえる同級生、”佐々木 風太”は、景昭の横で周囲をきょろきょろと見渡す。
「姉さん……ひっく、ううっ……」
「大丈夫よ、望。大丈夫だから……」
振り返ると、そこには肩を寄せ合う双子の姉妹がいた。
長い黒髪の姉、”森川 智”は、対して明るい栗色の長い髪が特徴で妹の”森川 望”を抱きしめ、必死になだめている。
「良かった。二人ともケガはない?」
幹夫は幼馴染の姉妹が無事だったことに安堵し、声を掛ける。
「ミッキー! 良かった、無事で」
幹夫に気付いた智はホッとした様子で息を付き、
「幹夫くんこそ怪我はありませんかっ?」
智の腕の中で震えていた望は転じて幹夫へ心配の視線を投げかけた。
彼は笑って「大丈夫。景昭と風太も無事だよ」と伝える。
智は目を細め、周囲をぐるりと見渡した。
「ここどこよ……?」
鉄格子がはめられた岩窟の中。
そこには幹夫達と同じく、城東高校の紺のブレザーを着た男女が、ここはどこかと、囁きあっている。
幹夫達を含め、総勢35名。
バスの運転手と教員の姿は見えないが、クラス全員はここにいるらしい。
「智が覚えていることを教えてくれない?」
幹夫は状況を整理すべく、努めて冷静に、いつものように智へ問う。
本心では自分も激しく動揺しているが、智と望を更に動揺させないように。
「ええっと……確か私達、修学旅行の最中だったっけ? で、山道でバスがスリップして、横転して」
「谷底へ落ちた、だね?」
「え、ええ、まぁ……じゃあ、ここは谷底ってこと?」
「あの高さから落ちて無事ってのはどうも変だよね」
幹夫を始め、ここにいる全員にケガというケガの跡が見られなかった。
制服も全く汚れておらず、まるでバスの横転事故の方が夢かと思えてしまう始末。
望にも意見を求めたかったが、臆病な彼女に今は問いかけるべきではないと思った。
「景昭の意見は?」
「分からん」
景昭らしい、きっぱりとした言葉だった。
そんな中、風太が「あっ、もしかして!」と声が上げる。
「これって、”異世界転生”か”異世界転移”って奴じゃない!? なっ、幹夫もそう思うよな!?」
風太は所謂”ヲタ友”でもある幹夫へ嬉々と問いかける。
「いせかいてんせい? てんい? もしかして貴方たちが喜んで読んでる児童書のこと?」
「ちっげーよ! 何度も言ってるだろ、ライトノベル! 略してラノベ! 今や、エンターテイメントの立派な一つだっつーの! 何度言ったらわかんだよ!?」」
あきれ気味の智に、風太は食って掛かる。
「【異世界転生・転移】とはライトノベルに置ける一ジャンルのことだ。主に俺たちのような高校生や、現代人が何かしらの事故や事象に巻き込まれ、剣と魔法が存在し、跳梁跋扈する中世ヨーロッパ風のファンタジー世界へ赴き、冒険や活躍をする。そうした内容が主だ」
「さっすが景昭!」
すっかり風太に調教された景昭はさらりと答える。
「幹夫くんもそう思うのですか?」
「あ、うん、まぁね、そうなのかなぁって」
まさか、とは思いつつも、妙に真剣な望に気圧される形で幹夫は答えた。
すると望はキリッと、姉の智を見上げて、
「だ、そうです姉さん。幹夫くんがそう仰るのでしたきっとそうでしょうし、望もこの状況にはとても既視感を覚えますっ! それに姉さんも先日お電話でそうした物語をお読みになっていたではないですか?」
「なっ、望、なんでそれを!?」
「へぇ、智、散々俺たちへ”児童書読むなんて子供”とか言ってたくせにね」
これまで散々、智にはしてやられて着た幹夫は、ここぞとばかりの食って掛かる。
「たまたまよ! あんた達が何の話をしているのか気になって、だけど買うのはなんか勿体ない気がしたからネットで検索したら、そうしたモノを載せているサイトがあって……」
「で、はまってしまったと?」
「べ、別にはまってなんか……」
動揺する智の横へいつの間にか忍び寄った風太はそっと肩を叩いた。
「認めろよ森智? ちなみにのぞみんはもうこっちの人間だからな!」
「はい! 望は風太くんや幹夫くんと同じ属性になりました! 姉さんよりも幹夫くんと一緒です!」
「森川姉、ちなみに君の好きなジャンルはなんだ? 希望とあらば俺のおすすめ十選をジャンル事に紹介しよう」
景昭はいたって真剣に、智のためを思って提案している様子だった。
「おっし、じゃあ年末はみんなでコミマデビューだ! ようこそ、智! こちらの世界へ!」
止めに幹夫がガシッと智の肩を掴んで、包囲網は完成したのだった。
「ああ、もう全くアンタたちは……はいはい、認めます。認めれば……」
その時、鉄格子が激しく叩かれ、岩窟の中は一瞬で静寂に包まれた。
「うるせぇぞ、てめぇら! 少し黙れッ!」
幹夫を始め、岩窟に閉じ込められた35人が一斉に視線を鉄格子へ寄せる。
そこには屈強な体を皮の鎧で覆った、野武士のような男が居た。
「言葉は通じていますね。流石はシャトー家の魔術……」
野武士の横に居た、黒いローブを羽織った細面の男は、不気味な笑顔を浮かべて、岩窟を見やる。
「こんにちは皆さん。私はこの探索ギルド”バスティーヤ”の代表、カロン=セギュールと申します。ようこそ、こちらの世界へ」
「ふざけないで! 何が”ようこそこちらの世界へ”よ!」
智は立ち上がり、声を荒げる。
妹の望は必死に止めようとしているが、一度切れたら止まらない智は仁王立ちしたまま微塵も揺らがない。
「まぁ、そういきなり熱くならないでください。順を追って説明しますから……」
「だったらその前にここから出しなさいよ! ようこそ、なんて言ってる割に、こんな牢獄に閉じ込めてどうするつもり? こんなことをしてただで済むと思っているの!? これは立派な拉致監禁の犯罪行為よ!」
勢い任せにまくし立てる智へカロンは爽やかな笑顔を返す。
智は更に眉間へ深く皺を寄せた。
「あのさ、悪いけど私のお父さん議員で警察にも顔効くのよ? あんた達みたいに現実と虚構の区別がつかない犯罪者なんて……!」
普段は”議員の娘”と語るのを嫌がる智が、わざわざそのことを口にした。
幹夫はそれだけ智が怒っている分かり、更にそんな力を持つ彼女の人脈に期待を寄せる。
周囲の同級生も同じなようで、スマートフォンを操作する智へ視線を強く注ぐ。
「あれ? なんで?」
「姉さん?」
「こんな時に圏外だなんて……。望のは?」
智に促され望もスカートのポケットから機器を取り出す。
だが同じく”圏外”だったようで、難しい顔をして首を横へ振る。
瞬間、暗い岩窟内は、一斉に液晶画面のバックライトで明るく色づいた。
幹夫も自分のものを確認するがやはり圏外。
「くくっ……あはははっ! くはははっ!」
すると突然、鉄格子の向こうのカロンが盛大に笑い始めた。
「き、君たちってさ、くく、みんな同じ反応してくれるよね? そのなに”すまーとふぉん”? ”けーたい”だっけ? そんなの見て、何が楽しいの? 俺たちが呼び出した人間はみんな一斉にその石板みたいのを見ちゃったりしてさ。頼りにしてたけど無駄だって分かって、愕然として! 君たち、そんなにそれがなきゃ生きていけないの!? バカなんじゃないのかい!? あははは!」
誰も何も言い返せなかった。
智でさえ、頼みの綱を潰され、眉間に皺を寄せながらも困惑の色が浮かんでいる。
そんな幹夫達を見て、カロンはにんまりと邪悪な笑みを浮かべた。
瞬間、冷たく不安げな空気が岩の牢獄を席巻する。
そして牢獄へ向けて翳したカロンの手が妖艶な紫の輝きを放った。
「誰が主が教えてやるよ、餓鬼ども」
「あっ、くっ、んんっ……!」
「智!」
「姉さん!」
凛然と佇んでいた智の膝から力が抜け、幹夫と望が地面を蹴る。
「くっ……!」
辛うじて智を抱き止めた途端、心臓が一回、嫌な鼓動を放つ。
途端、彼は激しい息苦しさを覚えた。
胸の辺りが強い圧力で押しつぶされそうな感覚。
「ミ、ミッキー、はぁ……大丈……あくっ!」
「智! し、しっかり……うぐっ……!」
幹夫は自分の息苦しさを堪えつつ、しかし悶え喘ぐ智を強く抱きしめることしかできなかった。
「ああっー! 痛い、痛い、痛いよぉ! 姉さん、幹夫くん! どこ、どこー!?」
「の、望……!」
幹夫は目を押さえ、地面をのたうち回る妹の望へ手を伸ばす。
しかし指先は空を切るばかり。
「ああ! 嗚呼嗚呼っ!! 頭が、頭がぁぁぁぁーっ」
風太は頭を抱えて地面をゴロゴロと転がり、
「ふ、風太……! くっ……!」
景昭は額に冷や汗を浮かべ、首筋を押さえながら、地面の上を這う。
狭い岩窟の牢獄に、苦悶の声が響き渡る。
そこにいる誰もが倒れ、身体のどこかしらを押さえながら、苦しみ悶える。
「じゃあ皆さん、そのままで良いからちゃんと聞いてくださいね」
そんな幹夫達を見て、カロンはにっこりと笑顔を浮かべてそういった。
「君たちは実はもう死んでいるんです。で、その死んだ魂をそのまま昇天させるのは勿体ないので、この世界に”奴隷兵士”として転移転生させて貰いました。君たちの使命はただ一つ! 序列迷宮に潜って、私達のために稼ぐことです」
「か、稼ぐ、だと……?」
ようやく胸の苦しみから解放された幹夫は、怒りの視線をカロンへ向ける。
しかしカロンはまるで気にせず、続ける。
「ちなみに君たちに拒否権はありません。なぜなら、貴方たちの身体には、ちゃんということを聞くように”呪印”を刻ませてもらいました。もしも逆らったら、今体験してもらった苦しみよりももっと激しい苦痛を味わってもらいます。勿論、殺すことだって簡単です」
カロンがパチンと指を鳴らす。
すると屈強な男たちが、見るも無残にボロボロにされた、バスの男性運転手と、担任の女教師を引き連れてきた。
特に担任は酷い有様で、裸同然だった。
「た、助けて……なんでもしますから……」
カロンが顎を持つと、今年教員になったばかりだと聞く担任は唇を震わせ、涙を流す。
「結構です。私、貴方には興味ないんです」
カロンは女教師へナイフを握らせる。そして紫の輝きが宿る手を翳した。
「喉を突き刺して死になさい」
「ッ!」
瞬間、担任は迷いもせず、手にしたナイフで喉を突き刺し倒れた。
次いで、カロンは無造作にバスの運転手へも同じ命令を下し、同じ結果に至らせる。
牢獄の中に戦慄が走り、誰もがカロンの言葉に耳を傾ける。
「と、このように皆さんを簡単に意思とは別に操ることができます。だけど悪いことばかりじゃありませんよ? 序列迷宮に潜り、相応の成果を上げればそれなりの生活は保障します。なんなら私達”バスティーヤ”の幹部候補として迎える気もあります。なのでどうか恐れないで。楽しいことはここにもたくさんありますよ?」
カロンがそう言い放つと、牢獄の鉄格子が開け放たれた。
「提案に乗ってくれる聡明な子はどうぞ、この寒くて暗いところからこっちへいらっしゃい! さぁ、さぁ、さぁ!」
最初の一人が立ち上がり、鉄格子を潜った。
それを見て、二人、三人……次々と牢獄を出て行く。
誰もカロンの言葉を鵜呑みにした訳ではない。
ただ、ここを出ないという選択肢の末路が、どんなものかを自然と察したからだった。
それは幹夫達も同じく、理不尽に突きつけられた現実の怒りよりも、すぐ傍にある恐怖に突き動かされ、立ち上がったに過ぎなかった。
「あいつ絶対変態よね。キモっ……」
そんな中、智は一人だけ強気な悪態を着く。
「姉さん、ダメですよ! 聞こえますっ!」
「事実だから良いじゃ……きゃっ」
後から歩いてきた女子生徒のグループがわざとらしく智に肩を当てていた。
智は前のめりに倒れ、役に立たなくなったスマートフォンが地面を転がる。
「ごめんねぇ、委員長の森川さん? 暗くて気づかなかったー。あとさっきはどうも、勇ましい演説ありがとねぇ。流石、議員さんの娘は、うちら庶民とは違うわ」
女子グループはけらけらと笑いながら、智のスマートフォンを踏みつけ、蹴り飛ばし、さっさと牢獄を出て行く。
「姉さん、大丈夫ですか?」
「……ッ!」
智は勢いよく立ち上がり、
「ほらミッキー、さっさと行くわよ! こんなかび臭くて、暗いところなんて一秒たりともいたくないわ!」
「おわ、ちょっと 智ひっぱるなよ!」
幹夫は智に腕を掴まれて進み、
「待って! 姉さん、幹夫くーん!」
慌てて望が続く。
「ありゃ、森智完全にブチ切れてっな。暫く近づかないでおこうぜ?」
風太が苦笑い気味にそう云い、
「そうだな」
「んったく、こんなシチュエーションだったらガチャ引かせたり、チートもらえたりとかしろっつぅの……なんなんだよ奴隷兵士って……」
「大丈夫だ。何があっても俺は風太を守る。必ず」
「べ、別にオレ、ビビッてなんかいねぇからな、景昭!」
「分かっている。行こう、風太」
「おう」
景昭は風太と共に牢を出る。
そして牢獄には事態の異常さに付いて行けない三人が残った。
彼らは呪印が発動し、互いに首を絞め合って、二度目の死を迎えるのだった。




