三章エピローグ:世界破滅計画
「あう……? 変な臭い……?」
リオンが鼻を動かし、顔をしかめる。
ケンもまた、僅かに感じる”獣”の匂いを嗅ぎ取っていた。
だが異変は匂いだけではなかった。
階層跳躍のスキルで、グレモリー迷宮から出た彼らを待ち受けてたのは赤黒く染まる空だった。
黒雲が揺蕩い、稲妻が空で獣のように唸りを上げている。
「ケンさん、これって……?」
ラフィが不安げに彼の袖を掴む。
不安と緊張のためか、彼女の尻尾がゆらゆらと揺れている。
「飛竜へ急ぎましょう」
冷や汗を浮かべるムートンとケンは同じ思いだった。
彼らは示し合わせることも無く、足早に森を駆け抜け、飛竜を着陸させているジロド川流域を目指す。
そしてその先に見えた光景に息を飲んだ。
無残にも切り裂かれ、バラバラになったホムンクルス兵。
賢さと強大さを誇る銀色の飛竜は力なく鎌首を落としている。
そんな飛竜に群がり、肉を貪っていたのは多様なモンスターであった。
ゴブリンから始まり、オーク、オーガ、アスモデウス迷宮の難敵であるスライムに属する迷宮クラゲさえいる始末。
迷宮外の筈なのに、ここが迷宮内のモンスターハウスではないかとケンは錯覚する。
「ケンさん、アレ!」
ラフィが赤黒い空を指し示す。
空の一部がまるで陽炎のように揺らいてでいた。
その揺らぎはやがて、一定の形を持ち、そして一人の男の姿を大きく映し出す。
『やぁ、世界の諸君お久しぶり! 俺のことを覚えているかな?』
「ミキオ! てめぇ、これはなんの真似だ!」
思わずケンは空へ胸像のように浮かぶミキオへ叫ぶ。
しかしミキオはまるでケンのことなど気にせず、おどけるように耳を傾けていた。
――幻影か。奴は一体何を……?
『さて、皆さんには大切な報告があります。えーっと、この度! 俺のパーティー:グリモワールは、なんと! 序列一位迷宮バエルの攻略に成功しましたー! はーい、皆さん拍手―! ……ってことで、俺はDRアイテム「黙示録ノ箱」を手に入れました。これは全部の序列迷宮からモンスターを外へ出して操ることができるものなのです。なのでぇ……』
空に浮かぶミキオは表情を歪めた。
憎悪に満ちた、悪魔の笑顔を浮かべる。
『ちょっと、この糞みたいな世界滅ぼしちゃいますね! 俺達グリモワールの悲願”世界破滅計画”を実行に移しちゃいますね! 命乞い、反抗全部ダメ―。全部ぜーんぶ滅ぼして、俺たちの思うままに世界を作り変えるんで、そこんとこご理解宜しく!』
ミキオの幻影が視線を落とした。
怨念に燃える目が、まるでケンの存在を確認したかのように睨みつけて来る。
『黒皇、俺は俺の家族のために世界を滅ぼすよ。せいぜい君は、君の大切な人たちを守るために足掻いて見せてくれ。だって、一方的な蹂躙じゃつまんないじゃん! あははは!! じゃ、そういうことでー』
ミキオの巨大な幻影が、溶けるように消えた。
「グオッ……!」
途端、飛竜に群がっていたモンスターが一斉に、獰猛な視線を向けて来る。
字面だけでは幼稚で子供っぽく、およそ現実味の無い【世界破滅計画】という言葉。
しかし淀んだ空、禍々しい眼光を放つモンスターを見れば、ミキオの言葉が真実で、本気であること否が応にも理解させる。
――そんなことはさせない、絶対に!
確かにケンはこの世界に最低最悪の理由で呼び出された。
かつてはこの世界を憎んでいたし、現に今でもこの世界の醜悪さにほとほと呆れている。
だが、それでもここは”彼女達”が生まれ、そして彼と出会った場所だった。
そんな唯一無二の世界を、滅ぼさせる訳にはいかない。
――だって俺は約束したんだ。異世界で出会った彼女達を幸せにするって!
ケンは一人一歩前に出て、DRアイテム「星廻りの指輪」へ魔力を集める。
そんな彼の横へ、ラフィが立った。
彼女はケンへ強く頷いて見せる。
それだけで彼女が”共に戦ってくれる決意”をしたと理解する。
それは彼女だけではなかった。
ムートンは魔剣に炎を宿し、リオンの弓は翡翠の輝きを帯びる。
「良いんだ、お前たち?」
「はい!」
「お供します!」
「あう!」
「ありがとう……だけど誰一人死ぬんじゃねぇぞッ! 分かったな!」
ケンが飛び出し、ラフィが、ムートンが、リオンが続く。
ほぼ同時に、モンスター軍団が牙を剥いて襲かかる。
業火に包まれた二振りの魔剣が軌跡を描き、翡翠の風を纏った矢が空を飛ぶ。
魔力を込めた鋭い蹴りがモンスターを蹴り飛ばし、氷の刃が次々と迫り来る怪物を切り伏せた。
彼と彼女達は懸命にそれぞれの技を駆使して、戦い続ける。
ここに世界の命運をかけた最後の戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
*これにて三章完結になります。ありがとうございました。
今後の予定については【活動報告】をご参照ください!




