異世界で出会えた愛する彼女達
精神体の波となったケンは、ラフィの心の中を突き進んでいた。
黒雲が渦巻くそこは、息苦しく、胸が締め付けられるように重い。
周囲に流れているのは様々な愛憎だった。
愛して欲しい、貴方を欲する、自分だけを見て欲しい、貴方の一番になりたい……
グレモリーの抱える、全ての負の感情が渦巻き、ケンの侵攻を防ごうと襲い掛かる。
だがケンは懸命に前だけを見て進む。
彼はそんな怨念渦巻く世界に、希望を見出していたからだった。
負の世界にたった一つ存在する金色の輝き。
温かく、穏やかな光。
ケンは全ての瘴気を振り払い、そしてその輝きに手を伸ばした。
「ラフィ!」
「ケンさん!」
もう何度も重ねてきた。だけど飽きることは無い、その手。
掴むだけで胸が高鳴るその感触にケンは確信を得る。
彼は輝きの中から、異世界で出会った最愛の人”ラフィ”を引きずり出した。
「待ってました、ケンさん!」
「おう、待たせたなラフィ!」
ケンはラフィを、ラフィはケンを求め、互いにきつく、強く抱きしめ合う。
瞬間、二人の周囲を覆っていた淀んだ瘴気が大きな音を立ててはじけ飛んだ。
暗い闇の世界が一気に金色の輝きに包まれる。
そこは穏やかで、優しく、温かい。
そんな空間にもう一人のラフィが姿を現す。
ラフィの形をした56位魔神グレモリーは黄金の瞳で二人を見つめ、身体を震わせていた。
『良いぞ、互いを慈しみ合う愛! 見せろ、もっとだ! さぁ、さぁ、さぁ!』
「ああ、良いぜ……行くぞ、ラフィ!」
「はい!」
ケンとラフィは互いに手を取り合った。
二人の中で魔力が燃え上がり、一つに重なってゆく。
彼は彼女を、彼女は彼を強く想う。
――もう離さない。離れない。絶対に!
強い決意の下、ケンとラフィは限界まで高めた魔力を拳に託した。
「「狼牙魔神飛翔拳! 行っけぇぇぇぇっ!」」
ケンとラフィは声を重ね、互いに手を取り合いながら輝きを放つ。
それは牙を持つ狼に、巨大な光の拳となって、腕を開くグレモリーを飲み込んだ。
輝きに飲まれたグレモリーが崩壊を始める。
しかし魔神は光の中で、穏やかな笑みを浮かべていた。
『認めよう、人間……いや誇り高き愛の戦士達、貴様達の愛の力を。だからこそ忘れるな。語ったならば、それを示せ……言葉ではなく、貴様自身の人生をかけて!』
「言われなくてもわかってらぁ。サンキュー、グレモリー。お前のおかげでちゃんとみんなに俺の気持ち伝えられたぜ。感謝する」
『魔神に礼など……おもしろい男だ貴様は。ならば見させてもらおう。貴様の人生をかけての愛をな! さぁ手に取れ! 封じられし余の姿、DRアイテム:【愛憎の杖】を!』
グレモリーは光の中に消えた。
代わりに黄金に輝く、神々しい杖がラフィの手に握られる。
「さぁ、戻ろう。ムートンとリオンのところへ」
「はい!」
ラフィは早速、手にしたDRアイテム【愛憎の杖】を高く掲げた。
杖から荘厳な輝きが迸り、二人を、周囲を明るく温かく包み込む。
ケンはその輝きからラフィの温かい”想い”を感じるのだった。
……
……
……
「うっ……」
「あ、あのぉ、ケンさんそろそろ手、離して貰えませんか……?」
意識の覚醒と同時に、ラフィの恥ずかし気な声が聞こえた。
手の中にあるむにゅんとした感覚。
「あっ……わりぃ」
ケンはそそくさとラフィの胸から手を離した。
はて何故?
と一瞬思ったが、そういえばラフィの中へ入るために手を押し当てたのだと思い出す。
「あーあ……わたしのお洋服どこへいっちゃんたんだろ……もう、最悪……」
ラフィはほとんど透けて見える袖を摘まみながら、愚痴を零す。
グレモリーと同じ格好の、ミニスカートで、妙に露出が多い衣装は意外と彼女に似合っていた。
しかし今褒めたところであまり意味はないだろう。
それだけかつて自分が送った”服”へ愛着を持ってくれていたことに感謝する。
――今度、服を再生させて喜ばせてやろうっと。
ケンはこっそり拾っておいた、彼女のお気に入りの服の切れ端をポケットへねじ込み、そう思うのだった。
「お帰り、ラフィ」
気を取り直して彼が声を掛けると、
「ただいまです、ケンさん」
「あうー! ラフィ―!!」
ケンの後ろからリオンが飛び出した。
ラフィはしっかりとリオンを抱き留め「ただいま」と声をかけると、あやすように髪を撫で始める。
「……」
少し離れたところでムートンは一人、ばつが悪そうな表情で佇んでいた。
ラフィはリオンをそっと離し、ムートンへ歩み寄る。
「ただいまです、ムーさん」
「……」
「ムーさん?」
「……ごめんね、ラフィ。私は……」
ムートンの瞳から涙が零れ、乾ききった地面へ落ちて行く。
「ラフィは、ひっく、一緒って言ったのに……えっぐ、私は、やっぱりケンさんの一番になりたくて……」
「……」
「ラフィがいないと、私が一番だって、ひっく、思ったりして……心のどこかで、このままラフィが居なくなっちゃえば良いなんて思って……」
ムートンはまるで子供のように泣きじゃくり、肩を震わせる。
そんな彼女をラフィは優しく抱きしめた。
「それだけムーさんはケンさんのことが大好きなんですね。その気持ち、わたしも良くわかります。だって、わたしだってシャトー家のお仕事でムーさんにべったりだったケンさんに頭来てました。それに……今だから言えますけど、結構不安だったんですよ?」
「……そうなの?」
「はい。もしかするとムーさんにケンさんを取られちゃうんじゃないかって、本気で思ってたんですよ? だからこれでお相子です。これからわたし達であのどうしようもない男の人を支えて行きましょ。ねっ?」
ムートンはラフィの腕の中で何回も強く頷いて見せる。
するとラフィはそんな彼女を離し、尻尾をピンと伸ばして踵を返す。
「ケンさん、ムーさんが泣いてますよ! 慰めてください!」
「お、俺か!?」
良い雰囲気だったので相手傍観を決め込んでいたケンは、間抜けな声を上げた。
「ほら、早く! 男としての甲斐性みせてくださいよ!」
「あ、おう……」
どうした良いかよくわからないが、とりあえず泣きじゃくるムートンを軽く抱き寄せる。
「ほ、ほら、泣くな。そばにいっから」
「もっと……」
「えっ?」
「もっと強く、お願いします……」
「あ、ああ」
言われた通りムートンを更に強く抱き寄せる。
すると反対側にラフィが抱き着いてきた。
「リーちゃんもおいで!」
「あう!」
リオンも飛び出し、ケンの腰に正面から抱き着いた。
「ケンさん、グレモリーの前で約束しましたよね? わたしたちをこれからどうしてくれるんですか?」
いたずらっぽくラフィが耳元でささやく。
ムートンもリオンも、愛情と信頼に満ちた視線をケンへ送る。
だから彼は彼女たちの腰へ腕を回し、そして三人まとめて強く抱き寄せた。
「ありがとう……俺はお前たち三人を大切にする。俺の一生をかけて、愛し抜く。必ず!」
この残酷で醜悪な世界に【奴隷兵士】として転移転生させられた彼。
だが、彼はこの世界で大切にしたい人たちに出会えた。
異世界で出会えた愛する彼女達。
この身、この命は彼女達の幸せのために使い尽くす。
ケンは彼女達三人の熱を強く感じながら、そう誓いを立てるのだった。




