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愛憎を操りし魔神

*明日で三章は終了します。

よろしくお願いいたします。


 飢えで乾ききったゴブリンが突然、村へ、家へ、押し入ってきた。

父はゴブリンに群がられ絶命し、母は必死に彼女へ逃げるよう叫びながら、ゴブリンの蹂躙を一身に受ける。


 彼女が外へ飛び出しても同じ光景が至る所に広がっていた。

 昨日まで平穏だった村が、何故か突然現れた”乾ききったゴブリンの群れ”に襲われていた。


「こっちだ! 早く来い!」


 誰かが路地裏から彼女へ叫んで来る。


――お父さん、お母さんありがとう……ごめんなさい!


 彼女は稲穂のような金色の尻尾を振り乱し、涙を拭い走り出す。

 そんな彼女の行く手を、彼女の若い体目当ての目を血走らせたゴブリンが塞ぐ。


「はいぃっ!」


 だが彼女は得意の足技でゴブリンをなぎ倒し、前へと進む。

 そして同じように獣のような耳と尻尾を持つ仲間たちと村を飛び出して、森の中へ駆けこんでいった。


「うくっ、ひっく……お父様、お母様ぁ……」

「泣くのはおよしなさい! 必ず守ってあげますから。この私の命に代えても!」

「姉さまぁ……ひっく……」


 どこからか励まし合う姉妹の仲睦まじい会話が聞こえた。

逃げ惑う彼女たちは互いに励まし合いながら、深い森の中を駆け抜けて行く。


 「ぎゃっ!」


 突然、先頭から悲鳴が聞こえた。

先頭を進んでいた若い一族の男性がぐしゃりと弾け、血飛沫を上げる。

 一見何もないように見えるソコ。

しかし魔力の感知に優れる彼女たちは一様にして、今自分たちの目の前へ”魔力による障壁”が張られていることに気が付いた。


 そして木々の間からぞろぞろと、ローブで姿見を隠し、杖を携えた何者がが現われる。

彼女達は人よりも優れた嗅覚によって、目の前に現れたのが”人間の魔導士”だと気づいていた。



 リーダーと思しき、赤いローブを羽織った魔導士が杖を振り翳す。


……

……

……



 既に彼女はボロボロだった。しかしそれでもマシな方だった。


 一緒に逃げていた同族は、ほとんどが魔導士の炎に生きたまま焼かれて死んだ。

しかし彼女は幸いにして、生き残ることができた。

 誰かが魔法を行使し、障壁を一瞬破って、その間から抜け出すことができたのだ。


 息も絶え絶え。

疲労によって意識が判然としない。

まるで生きる屍のように森を彷徨い歩く彼女の目の前へ、まるで竜の口を思わせる洞窟の入り口が見えた。

瞬間、疲れ切った彼女の心が一気に華やぐ。


 その洞窟の入り口こそ、彼女達一族が「神」と信奉する存在の祠であった。

 ここへ入ることは、聖域に踏み込む、ということで禁じられていた。


――だけどこれはきっと神様が、わたしを助けようとしてくれているんだ。


 さ迷い歩いた挙句、祠の前に辿り着いたのは天啓だったと彼女は信じて疑わなかった。

だからこそ彼女は迷うことなく、「神」が眠る聖域の祠へ足を踏み入れる。

 途端、彼女を出迎えるように迷宮の中へ赤い炎が灯り始めた。

 均等に切り分けられたブロックが積み上がって壁を成し、そこには神秘的な象形文字が幾つも浮かんでいる。


 更に道の向こうには肩をゆらゆらと揺らす人影さえ見える。

それが「神」の使いだと信じて疑わなかった彼女は回廊を進んでゆく。


 しかし疲れ切った彼女の判断は間違っていた。

 この祠に存在したのは救いではなく、危険ばかりだった。


 数多のモンスター。

そして行く手を塞ぐ様々な罠。

 引き返そうにも、罠でどんどん祠の奥へと押し込められて行く。


 罠を掻い潜るのが精一杯だった。

モンスターの襲撃から身を守るので必死だった。

 もはや進むしかなかった。

それ以外に、彼女にできることはなかった。

 しかしやがて、その歩みにも終焉が訪れた。


――どうしてこんな……神様はわたしを助けようとしてくれたんじゃないの……?


 そんな呪いにも近い考えが彼女に過る。


 精も根も尽き果てた彼女は、冷たい祠の中で倒れ伏す。

度重なる戦いで深い傷を幾つも負った彼女。

もう歩くことはおろか、指一本さえ動かせない。

自らの血だまりの中で、次第に意識が緩やかに閉じられてゆく。

 それは彼女に死を予感させるも、彼女自身は既にそれを受け入れていた。

 自らの死期を悟っていた。


――ごめんねお父さん、お母さん、せっかく助けてくれたのに……わたしも今、そっちへ行くね……


 既に天に召されただろう両親へそう語り掛けながら、彼女は緩やかに意識を閉じて行く。

その時だった。


 彼女の目前にある台座に据えられた”金色に輝く杖”が光を放つ。

その光はうつ伏せに倒れ込む彼女:ラフィを神々しくも、冷たい輝きで満たしてゆくのだった。



●●●



ケンは巨大な二枚扉を押し開けた。

 鈍重そうな印象の扉は、いとも簡単に内側へと開いてゆく。


 グレモリー迷宮の深層部。

そこは一言で表すならば、神殿であった。

 ほの暗い深層部で燦然と輝きを放つ無数の石柱オベリスク

それは象形文字が刻まれた空の台座をぐるりと取り囲んでいる。


『良くぞここまで来た、人間よ』


 ラフィのような声が聞こえ、空の台座に金色の輝きが差す。

その輝きの中から”ラフィ”が姿を現す。

やはり様子がおかしかった。


 瞳は冷たい金色の輝きを宿し、その手には立派な細工の施されている杖が握られている。

衣装もかつてケンが贈ったものは失われ、ミニスカートを主とした、露出の多いものに変化していた。


『余はこの地に封じられし56位魔神グレモリー。余は貴様らの来訪を歓迎するぞ、人間よ』

「そいつはどうも。早速で悪いが、あんたが依り代にしているその娘返してもらうぜ」

『威勢の良い男だ。しかし気にならんのか、どうして余がこの娘の中にいることを?』

「そりゃ多少は気になるさ――だけど!」


 ケンは構え、そして鋭い眼光で魔神グレモリーを睨みつける。


「てめぇがラフィじゃねぇってのは分かるんだ! だったらてめぇをサーチして、ラフィから引きはがしてやる! それだけだ!」


するとラフィの形をした魔神グレモリーが口元に盛大な笑みを浮かべる。

そして体中から揺らめく炎のような金色の魔力を浮かべた。


『余は感じるぞ。お前がこの”器”に抱く、強い愛を! 良かろう、相手をしてやろう。然る後、お前の愛が勝てばこの娘を返してしんぜよう。だが……そう易々と余に触れられると思うな、人間!』


 グレモリーは金色の杖を高くつき上げた


『余は愛憎を司りし魔神グレモリー! さぁ、愛憎よ、牙を剥け! そして見せろ、狂おしいほどの愛を! 余の前に!』


 グレモリーの叫びと共に杖から金色の輝きが飛び出る。

 ケンの頭上を金色の輝きが過り、


「ああっ!」

「あうッ!!」


 グレモリーの輝きがムートンとリオンを矢のように貫く。

瞬間、二人の肩から力が抜け、首がガクンと落ちた。


「ムートン、リオン!」


 嫌な予感がしたケンは飛び出す。

その時、肌が鋭い殺気を感じた。

 反射的に走るのを止め、後ろへ飛び退く。

 

「ムートン!?」

「……」


 彼女は魔剣を振り落としていた。

一切の迷いが感じられない太刀筋に、身体が震える。

更に横からも同じ気配を感じたケンは、振り返り様に腕へ氷の刃を纏わせ薙ぐ。

 氷の刃とショートソードの間に火花が散った。


「リオン!?」

「……」


 リオンも何も答え無かった。


「きひひ……!」


 不気味な声を伴いながら、再びムートンが鋭い魔剣の切っ先を突き出してくる。

遮二無二、ケンは回し蹴りを放ってムートンとリオンを突き飛ばす。

そして距離を置いた。


「二人に何をした!?」


 ケンの声が最深部に響き渡る。

グレモリーは妖艶で嬉々とした笑みを浮かべた。


『余はただこの娘どもが抱える、思慕を膨張させ、表面化させただけじゃ。ふふ……さぁて、どんな愛憎劇を見せてくれるのかのぉ』


「僕、子供じゃない……」


 リオンはショートソードを構え、襲い掛かってきた。

再びソレを、腕に纏った氷の刃で受け止める。


「なんで、僕はダメ! 僕、ケンにお礼したい! それだけなのに! なんでケン、僕受け取らない! 子供だから!? 僕が、小さいから!? ねぇケン!!」


 生の感情を孕んだリオンの声。

 通じない想い。自分が子供だから何もうまく行かないのだという憤り。

小さな体の中にある、溢れんばかりの負の想いは気迫と斬撃となってケンに襲い掛かる。

そして彼は背後に恐ろしい”別の感覚”を得た。


 手刀を押し込んでリオンを弾き飛ばし、垂直に飛ぶ。

それまでケンが居たところへ、縦に鋭く魔剣の赤い軌跡が過った。

ケンは空中で体を捻って弧を描き、そして”彼女の背後”へ着地する。


「あー、もう、避けないでくださいよケンさん……それじゃ貴方を”私だけの思い出”にできないじゃないですかぁ……!」


 真っ赤に燃える二振りの魔剣を携えたムートンがゆらりと踵を返る。

彼女の瞳は暗く淀んではいるが、口元には盛大で不気味な笑みが浮かべられていた。


「ムートン、お前……」

「私は貴方の”一番”になりたいんですよぉ!」


 ダッと地を蹴り、ムートンが距離を詰め、右の魔剣【シュナイド】を振りかざし迫る。

ケンは氷の刃で受け止める。

すると今度は左の魔剣【ナハト】で切りかかってきた。

 反応がやや遅れ、切っ先が左肩をかすめる。

鋭い痛みを感じて一瞬気に緩みが生じる。

それでもなんとか気持ちを立て直し、再び振り落とされた右の魔剣を受け止める。

 ムートンは休む間も無く、何度もケンへ向け、殺意の籠った魔剣を振り落とし続ける。


「もしも貴方へ最初に出会ったのが私だったら、いつも傍に居たのが私だったら、苦しい時を支えていたのが私だったら……!」


 冷たくよどんだ感情をふんだんに含んだムートンの声。

過ぎ去ってしまった過去への渇望。

望んでも手に入らない、終わってしまったことへの羨望。

 そんな感情が感じられる炎の魔剣を、ケンは必死に腕に纏った刃で流し続ける。

しかし絶えることのない魔剣の業火は、氷の刃を次第に溶解させてゆく。


「だけどその時代はもう手に入らない。辛い時代の貴方を私は知らない。もう知ることはできない! ……だから私は所詮、私は二番手なんだ。私は貴方にとって単なるラフィの代わり、私は貴方の一番じゃない。貴方は私を唯一にしてくれない。だったら!」

「ぐわっ!?」


 ムートンの気迫に気おされたケンは、胸に一撃を喰らう。

魔剣の熱が全身を駆け巡り、足から力が抜け落ちて膝を突く。

 そしてムートンは、ケンへ魔剣の切っ先を突きつけた。


「貴方を殺す。貴方を永遠の存在にする。思い出をここで止める。それはラフィにもできない、私と貴方だけの思い出……今、ここにいるのが私だけ……今、貴方を殺せるのは私だけ」


 ムートンの持つ二振りの魔剣が、妖艶な炎を上げた。


「だから死んでよ、ねぇ! 私の唯一の思い出になってよ、ケンさぁーん!」


 ラフィへの嫉妬に支配されたムートンは不気味な笑い声を上げ、


「僕を認めない……だったら認めさせる。僕、大人……子供じゃない!」


 リオンの露わになった怒りがぶつけられてくる。


 二人の想いが痛いほど伝わり、ケンの胸を強く締め付ける。

彼女達の想いの強さに気おされそうになる。

しかしその中にケンは深い感謝の念を抱いていた。


 そこまで自分を欲されていることを。

感情をぶつけられていることを。

表面だけではない、心と心のぶつかり合いを彼女達が望んでいると理解する。


もはやこの場で、取り繕うことなど不可能。


 ここで逃げることは許されない。

穏便に済ますなどもっての外。


――だったら……今、ここで俺がすべきこと、それは!

 

 決意と共に、再び氷の刃を再構築したケンは飛ぶ。

目指す先――それは、小さく偉大な【弓聖リオン】


「リオン!」

「ッ!!」


 ケンの気迫に満ちた氷の刃を遠慮なくリオンへ叩きつけた。

彼女は彼の一撃を辛くも受け止める。


「そうだ、お前の言う通りだ。俺はお前が未だ子供だからお前は受け取らない!」

「うるさい!」


 刃越しにリオンは怒りに満ちた声をぶつけてくる。

 自分を認めないものへの怒り。しかし今、この時ではどうしようもない現実。

その想いを一身に受けてながら、ケンは続ける。


「それはお前のことを大事に想っているからだ。心の底から愛しているからこそ、お前がちゃんと大人なってほしいんだ。大人になって、自分の気持ちの意味をちゃんと理解してほしいんだ!」

「……!」

「気持ちの意味を理解して、それでもまだ俺のことを想い続けてくれていたのなら、俺は必ずお前を受け入れる! 約束する! そして全力でお前を愛する! リオンッ!」


 ケンは左腕にも氷の刃を出現させた、炎の魔剣を受け止める。

そして【魔神騎士デモンナイトムートン】の真っ赤な瞳へ自らをしっかり写した。


「なぁ、ムートン、俺、いつお前が二番手だって言ったんだ?」

「ッ!!」


 努めて、優しく、慈しむように問いかける。

魔剣を握るムートンから僅かに力が抜けた。


「それは単なるおめぇの思い込みだ」

「……!」

「俺がいつお前とラフィに優劣をつけた。いつお前がラフィの代わりだって言った。いつお前への愛の方がラフィに比べて少ないって言った? どうなんだよ、おい!」

「……!!」


「確かにお前の言う通り、お前とはあの時の想いでは紡げない。あの時間はもう終わっちまったことだからな……だったら作って行こうぜ。俺とお前だけの思い出を。俺、頑張るよ。お前が俺の愛をちゃんと感じてくれるよう、一生懸命努力するよ。だから不安がるな、ムートン!」


 ケンは左右を挟む彼女達へ腕を伸ばす。

そして二人を力強く抱き寄せた。


「俺は二人のことをこれからも大切にしてゆく。この一生をかけて、二人を精一杯愛し抜く! 約束する!」

「ケン、あう……」


 リオンの瞳から憤りが消えた。


「ごめんな、子供扱いして」

「あう……僕、わがまま。僕の方こそごめん……」


 申し訳なさそうに獣耳を折るリオンを更に強く抱き寄せる。

リオンはケンに身を委ね、満足そうに微笑んだ。


「ケンさん……私は……」


 ムートンから嫉妬の念が消え去る。

そんな彼女をケンはより深く抱きしめた。


「気にすんな。そういうちょっと根暗なところも含めて、俺はお前を受け入れたんだ」

「根暗って……酷いなぁ、もう……」


 ムートンはいつもの調子で唇を尖らせた。


「事実だろ?」

「まぁ、でも、そうですね。あはは」

「思い出、これからたくさん作って行こうな! ムートン!」

「……はい! よろしくお願いします、師匠!」


しかし未だ足りないとケンは強く想った。

 愛を伝えたいのはもう一人いる。

彼は顔を上げ、そして佇むラフィの形をした魔神グレモリーを睨んだ。


「ラフィ、俺の傍にはお前も必要だ。お前もここにいて欲しいんだ。ここに帰ってきて欲しんだ!」

「私もケンさんと同じ気持ちだよ……戻ってきて、ラフィ!」


 ムートンもケンの腕の中で声を上げ、


「あう! ラフィ、帰ってくる!」


 リオンもグレモリーへ想いをぶつける。

すると、グレモリーが肩を震わせた。

 頭を抱え、毛並みの良い尾が不規則に振れだす。


『あぐ、ぐあっ! こ、これは……魔神のこの私を、器ごときが蹂躙しようと言うのか、この娘は……!』


 グレモリーは明らかに苦しみだした。


「ケンさん、行ってください」

「あう! ケン、ラフィ取り戻す!」

「分かった!」


 ムートンとリオンの声を受けて、ケンは飛んだ。

「星廻りの指輪」へ力を集め、苦しみ悶える魔神グレモリーへ触れる。


――スキルライブラリサーチ!


 魔神の壮絶な情報が渦を巻き、ケンの中へ流れ込む。

きっとこれまでだったらこの過剰な情報に意識を飲まれていただろう。

だが今の彼は違った。

 取り戻したい人がそこにいる。

 傍に居て欲しい人が、自分の助けを待っている。

そんな強い意思の力は、魔神の情報量に打ち勝ち、ケンへ最適なスキル提示へ至らせた。



●スキルライブラリ提示 【精神体化】



 提示されたその力をケンは迷うことなく発動させる。

 すると肉体が光りの粒へと分解を始めた。


――今行くぞ、ラフィ!


彼を成していた肉体は全て、魔力のという波に変化し、溶けて行く。

そして完全に精神体である波に変化した彼は、魔神グレモリーの中へ突入するのだった。


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