序列56位迷宮グレモリー探索【後編】
ケン達は迷宮の安全地帯で一時の休息を取ることにしていた。
焚火の明かりをリオンと囲んで待っていると、脇から香ばしい匂いが流れて来る。
「お待たせしました! お食事ですよ!」
ムートンは香草などをまぶして香り付けした骨付き肉を差し出してくる。
脂身が少ない印象のコレは、イノシシ型モンスター”ワイルドボワ”の肉と見て間違いない。
「これどうしたんだ?」
グレモリー迷宮に入ってからというもの、ワイルドボワに出会った記憶の無いケンは首を傾げる。
「さっきグリモワールと戦った時に落ちてたんですよね。こんなこともあろうかと拾っておいて大正解でした」
ムートンの手にはコンパクトのようなアイテムが握られていた。
蓋を開いて指を差し込むと、そこからコンパクト以上に大きくこんがり焼けた骨付き肉を出し入れして見せる。
LR アイテムボックス(Sサイズ)
かなり希少なアイテムをさらりと見せるあたり、流石はシャトー家当主のムートンだと思うケンなのだった。
「それ、僕がやっつけたやつ! 僕がこんがり焼いた! 爆破矢で!」
リオンは自慢げにそう叫んだ。
そういえばグリモワールの荷物係のウィンドは、よくワイルドボアを召喚していたと思い出す。
おそらく、今ケンが握っている肉は、ウィンドが召喚し、リオンが倒したものなのだろう。
そう考えると少々食べづらい気もする。
しかしムートンが再調理した肉はスパイシーな香草の香りを放っていて、自然と食欲が促進された。
命に食あり。
ケンはムートンとリオンへ目配せする。
彼女達も手にした肉をじっと見つめて、
「「「いただきます」」」
スキル使用可能まであと23時間。
時間的には半分を切っている。
その時間さえも惜しいのは山々。
しかし焦った挙句に、痛い目をみたケンが感情のみに突き動かされて、突っ走ることはもうない。
今ここでこうした穏やかな時間が過ごせることをありがたく想う。
それにこうした生活が懐かしかった。
探索ギルド「アエーシェマン」でのみじめな日々。
ギルドへ登録するまでの、野宿生活。
あの時は辛くて仕方無かったが、喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったもの。
今ではラフィとの良い思い出としてケンの胸へ強く刻まれているのだった。
「ケンさんとラフィは……以前、ずっとこういう生活をしてたんですよね?」
ふとムートンが呟く。
こうして一緒にいると遂忘れてしまいがちだが、ムートンはいわば、この世界では超が付くほどのお嬢様、と云って差し支えない。
「悪いな、お前にこんなみじめな想いさせて」
心底申し訳なく思いながらそう云ったケンへ、ムートンは首を横へ振って見せる。
「いえ、そんな。不謹慎かもしれませんけど……実は今、凄く楽しいんです」
「そうなのか?」
「はい。こうして火を囲んで、みんなで寄り添って。シャトー家にいたらこんな経験絶対できませんし。だからこういうの良いなって……」
元の世界でも都会に疲れ贅を知り尽くした者は、敢えて大自然の中へ身を投じて居たと思い出す。
きっとムートンも豪華な生活に飽き飽きしていて、こうした野生じみた営みに珍しさを感じているのだろうとケンは思った。
不意に地面に着いた手へ、温かい感触を得る。
気が付くとムートンが手を重ねていた。
「だってこんなにも近くに、大事な人をいつも感じられるんですから……」
「ムートン、お前……」
「もしも、ですよ。万が一の話ですけど、ケンさんが最初に出会っていたのがラフィじゃなくて私だったら、どんな生活をしてたんでしょうね?」
「お前が奴隷兵士? んなことある訳ねぇだろ?」
「分かりませんよ? だって私は勘当されてた身ですし。今だっていつ失脚させられて無一文になるかわかりませんし……」
「んなことにさせるかよ。俺が居るうちは絶対にな」
重ねられたムートンの手を強く握り返す。
心優しいムートンがシャトー家の当主を務めているからこそ、今この世界は良い方向へ動き出そうとしている。
それに彼女の理想は、ケンの悲願。
そしてケンにとってムートンもまたラフィと同じく、命を懸けて守りたい大切な家族だった。
「頼もしいですね。じゃあ、万が一の時は今のラフィのように全力でお願いしますね? 私も貴方が来るのを待ってますから……」
ムートンが妙に色っぽく見え、思わず心臓が強く鼓動を放つ。
「お、おう、任せな」
瑞々しいムートンの唇につい視線が釘付けになってしまう。
すると不意に、ムートンと肌を重ねた記憶が蘇ってしまった。
今でもあれは夢だったのではないかと思えるほど、幻想的で心地よかった記憶。
その記憶は欲を目覚めさせ、彼女の唇を嫌というほど味わい、貪りたいという願望が湧き越る。
それに気づいてか、彼女は柔らかな笑顔を浮かべると、僅かに唇をこちらへ傾けたような気がした。
欲がケンを突き動かし、自然と身体がムートンへ向かって行く。
彼女もまた、まるで吸い寄せられるようにケンへ近づいてくる。
「ムーばっかずるい!」
突然不満そうなリオンの声が聞こえてきた。
小さな影がストンとケンの膝の上へ落ち、ケンは我へ帰る。
「わ、悪かった悪かったよ。そら」
ケンはリオンの髪をわしわしと撫でる。
するとリオンのぷっくり膨らんで怒りを表していた頬が緩んだ。
「でへへ」
表情はころりと笑顔へ変わり、至極満足そう。
「じゃあ、遠慮なく私も……」
ムートンも怒る様子無く、ゆらりと身体を傾け、ケンの肩へ寄り添ってきた。
こんな態度のムートンにもだいぶ慣れたケンは、彼女の肩を強く抱き寄せる。
ムートンもリオンも、こうして寄り添っているのが嬉しそうで、愛らしい笑顔を浮かべている。
幸せな瞬間だとケンは思った。
しかし同時にこれだけではいけないとも思った。
――ここには絶対にラフィが居なきゃだめだ。
だって俺たちは四人で一つなんだから。
この幸せはラフィがいてこそ、完璧だと思う。
だからこそケンは再度、ラフィの救出を強く誓うのだった。
●●●
濃度の増したモンスターの匂いをケンは感じた。
彼よりも遥かに嗅覚に優れるリオンは不快そうに顔をゆがめ、ムートンさえも臭いによって表情を強張らせる。
「こっからは地獄だ。覚悟しろ?」
強く頷き返した彼女達を確認し、ケンは回廊から石室へと飛び込んだ。
高い天井、ドームほどの広さの空間。
そこには音も無く、不気味な多数の影が犇めいている。
ミイラ型のモンスター、巨大なサソリと蛇、そして、
「クカカカッ!」
カチカチと顎を鳴らす音が響く。
黄金のローブを纏い、禍々しい杖を握り、白骨化した顎をしきりに鳴らすモンスター。
魔法を行使し、低位のモンスターを操る難敵:スカルウィザードは、虚空の眼下でケン達を睨みつけている。
【モンスターハウス】
序列迷宮に一定の確率で存在する、魑魅魍魎の巣窟。
一度踏み込んだから最後、生還できることは殆どありえない――しかし、それはあくまでありふれた冒険者の話のこと。
「行くぜ、ムートン、リオンッ!」
「お供します!」
「あう!」
ケン達三人は目前に犇めくモンスター軍団へ果敢にも飛び込んだ。
スカルウィザードも杖を振り下ろし、エリア内全てのモンスターへ前進の指示を送る。
怒涛のように魑魅魍魎の群れが、一直線にケン達へ迫る。
リオンは牽制として弓に矢を番えた。
しかし真っ先にムートンが更に前へ出た。
二振りの魔剣【ナハト】と【シュナイド】が発火し、彼女の足を炎で彩る。
「火ノ矢!」
真っ赤な炎をまとった多数の火矢が目前にひしめくモンスター軍団へ降り注ぐ。
業火は一瞬でモンスター軍団を飲み込み、隊列を崩させた。
「ムー、牽制、僕のやくめ!」
「あはは、たまには良いじゃん。行くよ、リオンちゃん!」
「待つ! ムー!」
珍しくしムートンが先行し、リオンが慌てた様子で続く。
「火球!」
ムートンの腕から放たれる三連射の火球は巨大なサソリを炎で包み焼き尽くす。
魔剣が薙がれる度に、あふれ出た魔力が炎となって、ミイラを切り裂きながら灰へと変える。
「爆破矢!」
するとムートンの後ろから、リオンが風の属性を持つ、矢を放った。
ムートンの炎が、風を受けて更に燃え上がり、多数のモンスターを焼き尽くす。
「流石、リオンちゃん!」
「あう!」
ムートンとリオンはパチンとハイタッチをして、更にモンスター軍団の中へ飛び込んでゆく。
――ホント、垢ぬけたよな、アイツ。
ケンはちらりと横目でムートンを見つつ、拳でミイラを殴り倒した。
かつてのムートンといえば”攻撃が当たらない聖騎士”が代名詞だった。
しかし今はどうか。
魔神の力と、シャトー家当主という立場を得て、彼女は確実に変わった。
伸び伸びと戦い、リオンと肩を並べるほどにまで成長している。
ムートンの成長が嬉しい反面、師匠としては少し寂しさを覚えるケンなのだった。
「カカカッ!」
そんな感傷に浸っていた時、スカルウィザードの顎を鳴らす音が聞こえた。
杖を振りため込んだ魔力を流星のように放出し、岩壁に当てる。
瞬間、壁が吹き飛び、そこから巨大な四足歩行をする岩の獣が現われた。
人の頭を持ち、ライオンのような体を持つモンスター。
――スフィンクスかよ……ホント此処って、砂漠のステージって感じだよな。
ケンは苦笑いを浮かべつつ、振り落とされたスフィンクスの前足を軽々と避ける。
巨大な前足はミイラや、サソリを無遠慮に踏みつぶしていた。
「火ノ矢!」
少し離れたところにいたムートンが叫び、スフィンクスへ炎の矢を雨のように降らせる。
火矢が炸裂し、スフィンクスを赤い炎で彩る。
しかしまるで効果が無いように、スフィンクスはケンへ前足を落とし続ける。
「爆破矢!」
今度はリオンが風を纏った翡翠の矢を放った。
風の爆風でスフィンクスがやや仰け反る。
――なるほど火属性はダメで、風はオッケーと。となると、こいつは地属性かなんかか?
ミイラを蹴り飛ばし、スフィンクスの前足でのスタンプ攻撃を避けつつ、そう分析する。
「おらっ!」
一瞬、スフィンクスに隙が見え、前足へ向かって拳を放った。
前足の一部が吹き飛び、欠けた。
それでも敵は機械のように再び前足を持ち上げ、スタンプ攻撃を放つ。
――物理は効くと。だけど、このバカでかいのを拳で砕くのは面倒だ……
スフィンクス一体に集中できれば、時間はかからない。
しかしここはモンスターハウス。
倒しても倒してもモンスターは減らず、湧いてくるばかり。
――面倒だ。スキルはまだつかえねぇのかよ……
『待たせたな、兄弟! スキル、解放だ!』
アスモデウスの声が響き、ケンは口元へ笑みを浮かべた。
「待ってました!」
左手にはめられたDRアイテム「星廻りの指輪」が妖艶な赤紫の魔力を浮かべた。
強い魔力の反応を感知渦をしたスカルウィザードは杖でケンを指し示す。
スフィンクスが無言で前足を繰り出し、ミイラにサソリや蛇が一斉にケンへ襲い掛かる。
「派手にいかせてもらうぜ!」
ケンの周囲に無数の針が魔力で形成された。
その針は底部から炎を放ち、まっすぐと接近するミイラなどの小型モンスターへ降り注ぐ。
モンスターへ突き刺さった針は、眩い輝きを放って破裂する。
無数に沸き起こる輝きの爆発の連鎖はほの暗い迷宮を真昼の如く明るく照らし出した。
しかしスフィンクスは爆炎をものともせず、ケンの姿を求めて前進を続ける。
そんなスフィンクスの頭上へ、突然ケンが姿を現した。
【絶対不可視】の力で接近した彼は、再び「星廻りの指輪」へ魔力を集中させる。
そしてスフィンクスの頭頂に触れた。
――スキルライブラリサーチ!
スフィンクスの情報が渦を巻いて彼へ流れ込む。
その情報の嵐に耐え、そして一つの手段が提示された。
●スキルライブラ提示:風属性魔法
――やっぱりな!
スフィンクスの背後へ降り立ったケンは腕を翳す。
腕から魔力で形成された”渦を巻く風”龍のようにうねりながら突き進む。
それはスフィンクスを飲み込み、身体を形作る砂を吹き飛ばしてゆく。
風を受けてボロボロと崩壊してゆくスフィンクスの巨体。
だがそれでも奴はゆっくりと振り返り、無表情の顔をケンへ向け、風の中をゆっくりと歩き出す。
――このまま風属性魔法で押し切るのは面倒か……だったら!
久々にアイディア浮かび上がった。
まずは【腕力強化】で、拳の力を最大限まで高めた。
次いで施したのが【魔力圧縮】
放出されるはずの魔力を一か所に集中させる術。
それを拳にかける。
そして前進を続けるスフィンクスへ向かって、一直線に飛んだ。
「おらぁぁぁーーッ!」
【腕力強化】で最大限まで威力を高めた拳が、スフィンクスの胸を穿つ。
刹那、ケンは【魔力圧縮】で、ため込んだ”風属性魔法”を拳から放った。
ドンッ! という轟音と共に、圧縮された風の魔法が一気に解放される。
それは強力な”風の衝撃波”となって、スフィンクスの胸から上を粉々に全て吹き飛ばした。
四本の脚のみのなったスフィンクスが倒れて行く。
その間にケンは静かに降り立った。
『いいね、この技! 気に入った。だったらこれは、スキルウェポン:竜巻衝撃拳って名付けてやるぜ。とっときな!』
相変わらずなアスモデウスのネーミングセンスにケンは苦笑する。
しかし既にスキルウェポンの一覧にはきっちり”竜巻衝撃拳”と登録されているのだった。
「炎魔神断罪!」
「カカカ――ッ……!」
空中では真っ赤に燃え盛る二振りの魔剣で、スカルウィザードを十字に切り裂くムートンの姿が見えた。
スカルウィザードが業火に巻かれて、一瞬で灰へと変わる。
すると司令塔を失ったミイラはバタバタと倒れ、サソリと蛇はそそくさと散ってゆく。
「ムートン、リオン来い! さっさと最深部へ行くぞ!」
既に巨大な岩の拳”魔神飛翔拳”の上からケンが叫ぶ。
ムートンとリオンが乗ったのを確認したケンは、すぐさま岩の拳を飛ばし、狭いモンスターハウスの出口を強引に砕く。
岩の拳は無理やり迷宮を掘削しながら突き進む。
――待っていろラフィ! 今すぐ行くぞ!




