序列56位迷宮グレモリー探索【前編】
ラフィが消えた。
グリモワールのミキオ曰く、彼女は体内に第56位魔神グレモリーを宿していた。
そして彼女の覚醒を感知した迷宮が、再び封印しようと、彼女を引き寄せたのだと。
だがそんなことはケンにとってどうでも良いことだった。
事実としてラフィが目の前から消えた。
彼女に危機が迫った。
――だったら助ける! 俺の命に代えても、絶対に!
異世界で出会った掛け替えのない存在。
自分の命よりも遥かに尊いラフィのために、彼は一人森の中を黒い風となって駆け抜ける。
人の匂いを嗅ぎつけて、獰猛な狼や虎のような肉食モンスターが彼の行く手を塞ぐ。
しかし今のケンは、この世界で人の存在を超えた最強の存在”黒皇
彼の目の前に現れた数多のモンスターは一蹴りで絶命した。
腕に纏った氷の刃を凪げば、まとめて数十匹のモンスターが切り伏せられる。
「邪魔だぁ! 退けぇぇぇっ!」
ただ彼はラフィが消えた”岩山”のみを意識し、突き進む。
やがて森を抜け、龍の口のように見える”序列迷宮”の入口へ飛び込んだ。
途端、ケンを出迎えるように迷宮の中へ赤い炎が灯り始めた。
均等に切り分けられたブロックが積み上がって壁を成し、そこには怪しげな象形文字が幾つも浮かんでいる。
そんな異質な迷宮内部を観てケンは、元の世界の”ピラミッドの内部”を思い起こす。
回廊の先には全身を包帯で包んだ人型のモンスターが佇み、ゆらゆらと肩を揺らしている始末。
心に余裕がある時だったら、幼い日に絵や映像だけで観たこんな風景に心を躍らせていたに違いない。
だが、今の彼にとってこのふざけた迷宮の様子はただただ腹立たしかった。
ケンは靴底で地面を蹴り、一気に加速。
そして一気にミイラ型モンスターとの距離を詰め、腕に纏った氷の刃で切り伏せた。
「ッ!?」
つま先が何かを踏み込み感覚を得た。
僅かに地面のブロックが沈んでいる。
瞬間、壁の隙間から紫がかった煙が勢いよく噴き出してきた。
「なっ――!?」
腕に纏った氷の刃が砕けて散る。
更に足から力が抜け、思わず膝を着いてしまう。
そして彼の頭上を黒い影が覆った。
『とにかく跳べ! 早くしろ!』
アスモデウスの声が頭の中に響くが時既に遅し。
頭上からケンを押し潰すべく、天井から降り注いできた巨岩が、すぐ目の前まで迫っていた。
「あうっ!」
リオンの声が聞こえたかと思うと、小さな彼女はケンの背中に飛びつき、彼女毎その場から押し出す。
「はぁっ!」
次いで現れたムートンは降り注ぐ巨岩へ向けて、二振りの魔剣を薙いだ。
魔剣は巨岩をスポンジのよう十字に切り裂き、四散させる。
「お前等、どうしてここに……?」
「ケン、バカ! 一人ダメ!」
キョトンとするケンへリオンは眉間に皺を寄せて声を荒げる。
「ケンさんがラフィを心配するのは分かります。だけど、それは私達も一緒なんですよ?」
ムートンはただ静かにそう伝えて来る。
そうしてケンは、ここに来て自分があまりにも頭へ血を昇らせていたのだと感じた。
ラフィを想うあまり、一人で突出してしまった愚かさ。
何もより彼女のことを強く思っているのが自分だけだと思いあがっていたことを。
ラフィはケンにとって大切な存在。
そしてムートンやリオンにとっても、今やかけがえのない存在になっていると思い知る。
「ケンさん、私達も連れてってください。お願いします」
「あう! 僕、ラフィ助ける!」
「二人とも……ありがとう。さっきは悪かった……」
ケンが反省を口にすると、ムートンはにっこり笑顔を浮かべた。
「突き飛ばされた時は、結構なショックでしたけどね。ねぇ、リオンちゃん?」
「あう! ケン最低って思った!」
「わ、悪かったよ……ホント……」
「もう次はああいうことしないでくださいね?」
ただただケンはムートンの言葉に「分かった。しない」と、子供のように素直に答えるしかできなかった。
――ムートン、やっぱいい意味で変わったな。
以前はどこかオドオドしていることが多く、自信なさげであった彼女。
だが今の彼女は、さっきのようにおどけながらもケンの心をしっかりと支えてくれた。
明らかにムートンの心は成長していた。
きっとそれはケンが彼女の存在をきちんと受け入れたからに他ならない。
「さぁ、ケンさん一緒に参りましょう」
「僕たち三人でラフィ助ける!」
「ああ、そうだな!」
既に焦りも怒りもケンの中にはなかった。
しかしラフィをできるだけ早く助け出したい気持ちは変わらず。
心の安定を取り戻した彼は立ち上がり、しっかりと両の足で地面を強く踏みしめた。
ケンは魔神アスモデウスの宿るDRアイテム『星廻りの指輪』へ意識を集中させた。
発動を選択したのはスキルウェポン【魔神飛翔拳】
かつてバルバトス迷宮攻略の際は、これに乗り、一気に最深部まで駆け下りた。
その手法でラフィ救出の時間短縮をしようと考えた結果だった。
「あれ……?」
しかしいつまで経っても「星廻りの指輪」は輝くことも無ければ、スキルが発動する気配さえ感じられない。
「どうかしましたか?」
首を傾げるケンへムートンが聞いてくる。
「力が発動しないんだ……お前等はどうだ?」
「私は特に。リオンちゃんは?」
ムートンのDRアイテム【煉獄双剣】には六位魔神アモン由来の赤い魔力が迸り、
「僕も大丈夫!」
リオンの握るDRアイテム【反逆の弓】へは八位魔神バルバトスの翡翠の魔力が浮かんでいた。
――となると、迷宮が魔力を封じている訳じゃないのか。だとすると……
『分かったぜ、兄弟。おめぇが俺様の力を使えねぇのは、さっき浴びた霧のせいだ』
ケンの答えをアスモデウスが先回りして答えてきた。
――やっぱりな。それでいつ治るんだ?
『既に始めてっけどよ……手こずりそうだな。結構時間かかるぜ』
――どれぐらいだ?
『二日ほど貰えれば』
「二日か……」
「二日ってなんのことですか?」
ケンの独り言を拾ったムートンは首を傾げてみせる。
「どうもさっきの霧にやられて魔力が二日間使えないみたいだ。時間が惜しいってのによ……」
「そうですか……それでも前に進むしかありませんよね?」
「俺のこと良くわかってるじゃねぇか。流石だ、ムートン」
ケンがさらりとそういうと、ムートンは顔を赤く染め「そりゃ、まぁ……貴方のことはいつも見てますから……」とか細い声で答えた。
確かに魔力は封じられている。この分だと【絶対不可視】も同様だろう。
だがそうだからといってここで立ち止まったり、魔力が使えるようになるのを待つといった選択肢をケンは最初から排除していた。
――幸い俺にはもう一つの力”神代の領域レベル100”ってのが残ってるじゃないか。
己の身一つあれば十分。
それで事足りる。
「うっし! そいじゃ行くぜ、二人とも!」
ケンは己の身体一つで56位迷宮グレモリーの奥へ進んでゆく。
――ラフィ、待ってろ。すぐに迎えに行くからな!
ケンはそう恐らく迷宮深層部にいるであろう彼女へ宣言したのだった。
●●●
宙に浮く黄金の装飾が施された幾つもの足場が見えた。
足場は緩やかな速度で前後に動いている。
その下は真っ暗な真っ暗な谷が広がっていて、下がどうなっているのか全く分からなかった。
左右はこの迷宮を象徴する石壁が立ち、掴まれる余地はほとんどない。
――多分、この足場をテンポよく踏んで先に進むんだろうな。
アクションゲームでこういうギミックが良くあったと思い出す。
落ちれば恐らく即死。
ゲームだったらストックされている自機の分やり直しが効くが、生憎これはリアルな現実。
失敗はすなわち死を意味している。
だが先へ続く道はここ一つ切り。
幸い、足場は緩い一定のリズムで前後に動いているため、見切るのは容易だった。
「おっし……」
まずは自分が手本を見せようと腰を落とすと、
「あう! 僕、先!」
「あ、こら、リオン!」
ケンを横切ってリオンが真っ先に飛び出す。
リオンはぴょんと足場へ向けて飛んだ。
タイミングを計ったのか、丁度後退してきた手前の足場へ綺麗に降り立つ。
そして一呼吸おいて、もう一度ジャンプ。
瞬間、宙に浮かんでいた足場が暗い谷底へ真っ逆さまに落ちた。
しかしリオンは怯えた様子を見せず、次の足場へ降り立ち、すぐにと飛び立つ。
もう一回同じ動作をする。
「できたー!」
向こう側の通路に降り立ったリオンはぴょんぴょん跳ねて、成功を喜んで見せていた。
落ちた筈の足場が再び浮かび上がり、何事も無かったかのように緩やかな前後運動を開始する。
「んったく、アイツは……」
そう悪態を付くも、リオンのお陰で足場が落ちる仕様と踏破のリズムは確かめられた。
「おっし、そんじゃ俺達も行く……だ、大丈夫か?」
「はえっ!?」
後ろにいたムートンは素っ頓狂な声を返してくる。
彼女は肩と足をがたがたと震わせ、顔を真っ青に染めていた。
「もしかしてビビってるか?」
「い、いえ、そんな! 私はこれでも聖騎士で魔神騎士で、シャトー家の当主ですよ!? こ、これぐらい……あ、朝飯前ですっ! はい!」
――どうみてもビビってるな、こりゃ……
できる事ならムートンを抱えて飛びたい。
しかし降り立った瞬間に足場が落ちる仕様なのだから、誰かを抱えて飛ぶのはあまりにリスクが大きすぎた。
幸い、飛ぶリズムは覚えやすいので、それさえきちんと意識すればまず失敗することは無さそうだった。
「良いかムートン。”トン、トン、トーン”のリズムだ。心の中でそう刻むなり、口ずさむなりして飛べば大丈夫だから」
「は、はい! わかりました、師匠!」
「ああ。お前ならできるぜ、愛弟子」
久々に”師匠”と呼ばれてつい懐かしくなったケンは、笑顔を浮かべてムートンの髪をわしわしと撫でる。
すると一瞬だが、ムートンの震えが止まった。
少し恥ずかしそうだが、しかし嬉しそうに頬を赤らめる。
「あっちで待ってるからな!」
そういってケンは丁度後退をしてきた宙に浮かぶ足場へ向けて飛んだ。
ヒュンと宙を舞い、”トン”のリズムで手前の足場に降り立つ。
瞬間、足場が沈む感覚を得た。
二回目の”トン”のリズムで飛んだ時、足場は暗い谷底へ真っ逆さまに落ちて行く。
三回目のステップはやや一呼吸おく。
足場がさっきよりも沈み込み、自然と恐怖を感じるがそれはぐっとこらえる。
そして”トーン”のリズムで跳躍すれば、安定した回廊へ降り立つことができた。
「早くこーい!」
「ムー、はやくー!」
ケンとリオンが叫ぶと、対岸のムートンは魔剣を消失させた。
グッと身構え、
「い、いきまーすっ!」
一回目のトン、のリズムは成功。
やや表情は硬いが、足場が落ちる前に、次のステップを踏む。
二回目も成功。いよいよリズムの違う最後の難関。
足場がさっきよりも深く落ちるのを待って飛ぶところ。
「わっ!?」
恐怖心のためかリズムを外したムートンが、足場と共に落下を始める。
「リオン!」
「あう!」
ケンは飛び出し、リオンが長いしっぽを鞭のように伸ばす。
リオンの尻尾を胴にグルグルと巻きつけたケンは、迷わず暗闇をへ飛ぶ。
腕を伸ばして、間一髪ムートンの手首をギュッと掴む。
「あう……アアアアッ!!」
獣化したリオンが気合と共にお尻をブンと振る。
ケンとムートンはふわりと宙を舞い、揃って無事に回廊へ降り立つのだった。
「し、死ぬかと思った……すみませんでした……」
へなへなと座り込むムートンは、心底申し訳なさそうに声を絞り出す。
「まぁ、良いさ。気にすんな」
「ありがとうございます。リオンちゃんも、ありが……」
「あう! 次、次!」
リオンがピョンピョン跳ねながら回廊の向こうを指す。
「マジかよ……」
回廊の先にも、さっきと同じ足場ギミックがあった。
しかも今度は一つ増えている。
ムートンは愕然とするが、すぐに表情を引き締めて、
「つ、次こそは頑張りますッ!」
ムートンはそう息巻いたが、やはり足はガクガクと震えている。
結局この足場ギミックは、これ以降三回連続で現れて、ムートンはケンの救出ありきで、先に進むのだった。
●●●
「ケンさん、どっちにしますか?」
ムートンは目の前の二股の道を指差す。
左の道はやや角度が上になっていた。
逆に右は下に下がっている。
塔の形をしていた迷宮都市こと、アモン迷宮は例外として、迷宮はおしなべて下に向かう傾向があった。
バルバトス迷宮然り、アスモデウス迷宮然り。
しかしこのグレモリー迷宮は山の中にある。
そのためか、道程がやや上向きになってると感じていた。
よって順当に考えれば、この迷宮の果ては恐らく、上の方向にあると言える。
――だけど妙なギミックが満載な迷宮だ。ってことは……
「あう! こっち!」
またしてもリオンが勝手に飛び出し、左の上向きになっている道へ飛び込んでしまう。
「おい、待て!」
「リオンちゃん、たぶんそっちじゃないよ!!」
慌ててケンとムートンもリオンを追って左の道に入ってゆく。
妙に狭く、上向きに傾ている回廊。
既にだいぶ先にまで進んでしまったのか、リオンの背中は全く見えない。
その時、ケンは靴底に微かな振動を感じた。
「あうあぁぁぁ~!」
リオンが叫びながら、慌てた様子で道を駆け下りて来る。
そんな彼女を追うように、ゴロゴロと巨大な岩が転がり落ちてきている。
そしてケンの背中へ、また別の轟音が響く。
「ケンさん、道が!?」
踵を返すと、ぴたりと岩で塞がれた道の入り口をムートンが指していた。
ケンとムートンは互いに視線を重ねて頷きあう。
ムートンは上へ、ケンは下に向かって飛び出す。
「プロテクトシルトッ!」
リオンよりも突出し、岩の前へ躍り出たムートンは蒼い障壁を発生させる。
それは転がり落ちていた岩を押しとどめた。
「ケンさん! 今のうちに!」
「おらっ!」
ケンは全身全霊を込めた拳を一発放つ。
入り口を塞いでいた岩が一瞬ではじけ飛び、明かりがさした。
「あうあ~!」
ケンは真っ先にリオンを放り出し、そして自分も飛び出す。
だが岩を押しとどめていたムートンは未だ、岩に追われながら、必死に回廊を駆け下りていた。
「飛べ!」
「ッ!!」
ムートンが飛び、瞬間大岩がドスンと入り口をふさぐ。
ケンは飛び出したムートンを抱き留め、そして背中を壁面へ強く打ち付けるのだった。
不意打ちに近い衝撃だったため、流石のケンも僅かに痺れを感じる。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
胸の中のムートンがひどく心配げに聞いてきた。
ケンは敢えて笑顔を浮かべて「大丈夫だ」と返す。
少しムートンが体を寄せてきたように感じられた。
「あうー……」
そんな二人の横で、リオンは耳を深くおり、尻尾をだらんと落として、申し訳なさそうに肩を落としていた。
「こらリオン、ここは普通の迷宮と違うんだ。気を着けないとダメじゃねぇか」
「あう~ごめん……」
なるべく優しく言ったつもりだったが、リオンは想像以上に元気のない声を返してくる。
するとムートンは立ち上がり、肩を落とすリオンへ屈んだ。
「誰にだってミスはあるし、仕方ないよ。気にしない気にしない」
まるでラフィのように優しくそういって、髪を撫でる。
「分かった……ムーも、ごめん」
「いえいえ。次は気を付けようね?」
「あう、気を付ける!」
リオンをなだめるムートンを観て、やはりいい意味で彼女が変わったと感じるケンなのだった。




