頂点の対決 黒皇 対 白閃光
「おっし、これで一対一だ。再戦と行こうぜ、黒皇さん」
ミキオは子供のように破顔し、構える。
「こい、白閃光、いやミキオ=マツカタ! お前等グリモワールとの因縁、ここで決着にしてやる!」
ケンはすぐさまスキルウェポン、手刀を凍てつく氷の刃で覆う【冷鉄手刀(ブリーザードカッター】を発動させ、ミキオへ向けて突っ込んだ。
神代の領域レベル100の脚力を駆使して、瞬間移動の如く有効距離まで体を滑り込ませ、刃を叩き落す。
しかし一切手ごたえは無く、ミキオの姿は霧散した。
――やはり幻影か!
「なぁ、黒皇……いや、ケン=スガワラ。同じ奴隷兵士だった君なら分かるだろ? この世界が如何に残酷で、糞かって?」
上空の”複数人のミキオ”は声を重ねて問うた。
法衣のポケットに手を突っ込んだまま、踵を大きく上げて、降下してくる。
既に予見していたケンはひらりとその場から後ろへ舞った。
複数のミキオが同時に苦笑いを浮かべながら、地面を深く穿つ。
結果、地面には蜘蛛の巣のような亀裂が浮かんだ。
「確かにこの世界は糞だ! それは俺も分かっている!」
ケンはミキオを視界に捉え【絶対不可視】の力を発動させた。
姿は愚か、気配さえも完全に遮断するこの力。
ミキオはきょろきょろと周囲を見渡す。
そんな彼の視界の反対へ回り込み、ケンは姿を現す。
「だけどこの世界は俺が守りたい、愛する家族がいる世界でもあるんだ!」
渾身のストレートパンチ。
しかし跳ねるように振り返ったミキオはあっさりとその一撃を掌で受け止める。
「ははっ! じゃあ、俺と君は一緒だね?」
「一緒にするな!」
ミキオの腕を振り払い、後ろへ飛んで後退する。
すると白閃光は、盛大な笑みを浮かべた。
「いや、一緒さ! この糞でカスなこんな世界に転移転生させられたけど、俺たちはここで大事にしたい、守りたい、愛したい家族ができた! 不幸中の幸いとは当にこのこと!」
更に幻影を分裂させ、十人以上となったミキオが迫る。
あらゆる距離、あらゆる角度からミキオの拳が放たれる。
「だから俺は決めたんだ。俺は、俺たちはこの世界を破滅に導くって! シャギとオウバ、ウィンドやシャドウ、そして俺自身が幸せに暮らせるようスクラップ&ビルドしてや――」
「おらっ!」
ケンはべらべらと耳障りに喋るミキオを殴り飛ばした。
確かな手ごたえと感触。
普通の相手ならば、ここから更に畳み掛ける。
「酷いなぁ、人の話は最後まで聞こうぜ? ねぇ、お兄さん?」
空には別のミキオが浮かび、不敵な笑みを浮かべながらケンを見下ろしている。
魔神ダンタリオンを宿すミキオの力【幻影投射】
あらゆる場所、位置へ瞬時に自分を移すことのできる術。
ただの像だけだったらどれだけ楽なことか。
厄介なのは、この幻影が力の加減によって自在に質量を変えられることにあった。
霞のように消えることもできれば、もう一人のミキオの如く、重い拳を放つことができる。
しかし見た目でそれを判断することはできない。
迷宮都市での初戦は、ムートンの”銀ノ翼”で、全ての幻影を消し去ったから何とか対処できた。
だから勝利することができた。
――だけど今の俺には銀ノ翼ほど広範囲な攻撃手段はない。だったら!
残された手段はただ一つ。
ケンは再び【絶対不可視】の力を発動させて左へ飛ぶ。
空中のミキオの目が、ギロリとケンを捉える。
「こっちへ行ったってことはぁ~」
ミキオは空でくるりと反転し、背後へバックナックルを放つ。
拳をたった一振りしただけで竜巻のような風が巻き起こり、その先にある森の木々を、遥か先まで見える連峰までまっすぐとなぎ倒す。
「あれ?」
「考えすぎってなぁ!」
ただ左側へとび、ミキオへ接近しただけのケンは手を翳す。
彼の指に嵌るDRアイテム「星廻りの指輪」が、赤紫色の妖艶な輝きを放つ。
神代の領域レベル100の力、
姿は愚か気配さえも完全に遮断する絶対不可視。
そしてケンを最強の魔神の化身たらしめる奥の手。
相手を分析し、最適なスキルを選び出し放つ【スキルライブラリ】
「サーチッ!」
ケンは裂ぱくの気合と共に、赤紫の輝きが宿った腕をミキオへ押し当てた。
「ッ!!??」
途端、胸が強く締め付けられ、頭が割れそうになった。
しかしそれは発端でしかなかった。
五感で感じていた現実が、突風で吹き飛ばされたかのように霧散する。
代わり押し寄せてきたのは、情報の嵐。
怒り、哀しみ、憎悪、絶望――あらゆる負の感情。
喜び、感動、愛情、快楽――過剰なな温かい正の感情。
智、望、景昭、風太――不可思議な文字列。
それだけではない。
ミキオがこれまで見聞きし、知ったあらゆる事柄がケンの周囲を流れる。
ミキオ一人だけでも、圧倒的な情報量。
それが幻影の数だけ存在し、流れまわっている。
世界よりも、宇宙よりも大きく、またそれらを小さく感じさせる情報量。
それは依然ケンが実行した【状況へのスキルライブラリサーチ】よりも遥かに過酷なものだった。
『兄弟、止めろ! お前が壊れちまうぞ!』
魔神アスモデウスの声が聞こえ、ケンは我に返り、ミキオから手を離す。
「おやぁ? そんなに苦しそうで、どうしたんだい黒皇さん?」
ミキオがにんまりと笑みを浮かべる。
「お前は一体……?」
「一体って、そりゃ、俺の名前は松方幹夫。この世界に奴隷兵士として転移転生させられた、どこにでもいた、”元普通の高校生”さ!」
ミキオの回し蹴りを放ち、ケンも同じ技で応じる。
ぶつかりあった黒と白のたった一蹴り。
その衝撃は空気を震撼させ、周囲の瓦礫を巻きあげた。
ミキオの方から後退し、距離を置く。
すると彼は法衣の懐から”白塗りの仮面”を取り出した。
吊りあがった双眼のような穴と、鼻筋だけの仮面。
ミキオはソレを素早く顔へ押し当てる。
突然、仮面を付けたミキオが分裂を始めた。
「これも俺であれば、こいつも俺。ここにいる全ての俺は俺自身で、俺である! 俺の数ほど背景があって、俺の情報がある」
ケンの目の前で、ミキオの分裂が止まらない。
一面に広がる白、白、白。
連鎖するようにミキオは分裂を繰り返す。
そして気づけば何十、何百もの同じく仮面を付けた”ミキオ=マツカタ”がケンの視界を埋め尽くしていた。
「つまり俺が存在するだけ、俺の情報は存在する。このDRアイテム【幻影仮面】がある限り、俺の情報は無数に分裂する。そんな無限に近い情報を、君は読み取れるかな? 加えて……ギガサンダー!」
何百ものミキオが一斉に”シャギ=アイス”が使う、黒い稲妻を発した。
ケンは降り注ぐ黒い稲妻へ意識を集中させ、紙一重で避け続ける。
すると、右のつま先から全身へ寒々とした感覚が伝わる。
「アースブレイド!」
「ッ!? がっ!」
全ての力を右足に注いで飛ぶ。
地面から生えてきた巨大な岩の剣の直撃を紙一重で避けたものの、その衝撃はケンを人形のように吹き飛ばす。
その先には次々と生えてくる、岩の剣がその切っ先を鋭利に輝かせている。
「チッ! 壁召喚!」
無我夢中で岩の剣の前へ壁を召喚する。
岩の剣に貫かれなかったものの、ケンは自分で召喚した壁に強く叩きつけられる。
その衝撃は一瞬、彼の意識を遠くへ飛ばそうと迫る。
しかし無理やり、身体に力を籠め意識をつなぎ留めた。
そんなケンの姿を、何百ものミキオが不気味な笑みを浮かべながら睥睨していた。
「へ、へぇ、殴る以外の芸もできるんだな……」
ケンもまた強気の笑みを返す。
「そりゃ、シャギとオウバに魔法を教えたのは俺だからね。しかも全部の俺がこんなことができる。もうさ、だから、諦めようよ。そして俺達と一緒にこの世界を破滅させようよ。君さえ良ければ世界の半分をあげたって良い。どうかな?」
「世界の半分か……良いね」
「だろ?」
「――だけど!」
無数の針を放ち爆破させる【飛翔針砲】を打ち出した。
「俺は欲張りだ! だったら半分じゃなくて全部欲しいぜ! てめぇなんかと半分なんてまっぴらごめんだぁ!」
腕から迸る滅却の輝き【破壊閃光】を一直線に放ち
数十人のミキオを一気に消し去る。
それでもミキオ達は果敢にケンへ拳を振りかざし、迫る。
着地したケンは、地面へ力を流し込んだ。
無数の壁が次々と生え、ミキオ達の視界を覆う。
「全てを焼き尽くせ! 【灼熱壁射!」
瞬時に真っ赤に発熱した壁はそこから全てを燃やし尽くす灼熱の熱線を放った。
しかしミキオ達は何人かの幻影を盾にして熱線を防いだ。
身体が燃えることも気にせず、ミキオ達は果敢にも熱線を発する壁へ挑みかかり、打ち砕く。
ミキオ達は壁の攻略に集中している。
それこそケンの狙いだった。
「行けッ! 【魔神飛翔拳】!」
ケンが召喚した岩の拳が加速した。
拳は熱線を発する壁を突き破る。
巨大な岩の拳はミキオを握り、すり潰し、光属性魔法と火炎放射の重ね掛けによる推進力でミキオを次々と薙ぎ倒す。
そして再び、腕へ【冷鉄手刀】をまとい、ケンは飛んだ。
「ああもう、こっちが優勢だと思ったのに! 化けもんかよ、アンタ!?」
ミキオ達はいらだち気味で、一斉にケンへ迫る。
だが感覚を研ぎ澄ませ、全ての力をこの戦いにかけたケンは接近するミキオ達を次々と切り伏せてゆく。
「へっ、化け物……上等だぁ!」
凍てつく氷の刃が、ミキオを切り裂く。
ケンは冷たい瞳でミキオ達を睨み、しかし胸の内は熱くたぎらせていた。
「例え化け物になろうとなんだろうと、俺はラフィ、ムートン、リオン、子供達のためにこの世界を守る! てめぇ等の好きにはさせねぇぞ、グリモワ―ル! 切り裂け!【魔神斬拳】」
空中を飛翔する岩の拳がケンの魔力を受けて、左右から刃を生やした。
そしてケンもまた氷属性魔法へ強化を施し、自身の腕を覆う氷の刃を肥大化させた。
「ずおぉぉぉりや!」
拳の鋭い刃と、氷の大太刀が、周囲に存在する全てのミキオを一気に切り裂いた。
ミキオ達は一刀の下に切り伏せられ、魔力の粒子となって消えてゆく。
そんな中、飛び出した個体が一つ。
恐らくそれこそが本体のミキオ=マツカタ。
力を使いすぎた彼は穴だらけになった地表へ着地し、膝を突く。
疲れのためか、彼の額にはびっしりと汗が浮かんでいた。
「あは、あはは……これじゃあ埒が明かないねぇ」
「ミッキー!」
「ミキオ様、御無事ですか!?」
するとミキオの左右へボロボロのシャギとオウバが現れて彼の肩を抱く。
「ぐわっ!?」
「グオッ!!」
森の中からウィンドが弧を描いて突きとばされ、シャドウは谷底から真っ赤な炎に巻かれながら飛び出してくる。
「グリモワ―ル、覚悟!」
ウィンドを追ってきたリオンは既に弓へ矢を番えて構え、
「これでお終いだグリモワ―ル!」
二振りの魔剣を携えたムートンが勇ましく宣告する。
「ケンさん、やりましょう!」
対角線上にラフィが降り立ってくる。
グリモワ―ルを取り囲んだケン達は一斉に、それぞれの力を高め始めた。
その時、目前のミキオが笑みを浮かべた。
彼はすくっと立ち上がり、踵を返す。
「カップルを引き裂くのは気が引けるけど、仕方ないね……」
奴が腕を翳した先、そこにいたのはラフィ。
「切り札、切らせて貰うぜ!」
「ッ!?」
「ラフィッ!」
魔力を高めるのを止め、ケンはラフィへ向けてひた走る。
だが数瞬遅く、ラフィはミキオの放った白い魔力の渦に飲み込まれた。
「あああああっ!」
「ラフィッ!!」




