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不浄の一族。全ては愛する男のために


 今はメドックと呼ばれる地区。

 かつてここには小さな村があった。

 そこには獣の耳と尻尾を持っているがため、【不浄の一族】と蔑まれ、忌み嫌われた存在が肩を寄せ合って生活していた。


 彼らが人よりも劣っているから、虐げられたのか、否。

 むしろ真実は逆。

 人は彼らを恐れたのだ。


 人よりも強く、そして生まれながらにして強大な魔力を持つ彼らの存在を。

 だがその種族は数で勝る人の印象操作と言葉の暴力によって、自らが持つ力の優位性を知らぬまま、蔑まれ、迫害を受け続けた。

 当然、人の中に彼らの居場所は無かった。

故に彼らは求めた。

 自分たちが安住できる地を。人を恐れず暮らせる平穏な土地を。

 やがて一族は森の奥深く、序列56位迷宮グレモリーを有する土地を安住の地と定め、生活を始める。


 ようやく手にした楽園。

 誰にも邪魔されぬ平穏。

 しかしそんな日々は、数十年と続かなかった。


 人はようやく見つけた、人の存在を脅かす一族を根絶やしにすべく矢を放ったのだ。


 飢えを極限まで高め、魔力で凶暴性を増した大量のゴブリンを、その集落目掛けて投下する。 

個では最弱。しかし群れでは最強。

 恐ろしい小鬼の群れが、平穏だった集落を蹂躙し始めた。


 それに加えて、人は大量の魔導士を使い、集落を障壁で覆い逃げ道を完全に塞いだ。

 それでも間隙を縫い、逃げ出した一族もいた。

しかし彼らはおしなべて見つけられれば、複数の完全武装した人が取り囲んだ。


 ある一族の姉妹は呪印を施された挙句、犯され、どこかへ連れて行かれ、またある一族は安全のために迷宮へ駆け込む。


 結局、力を持ちながらも、その使い方を知らぬ一族の末路は哀れなものだった。


 一族が楽園として定めた地は一夜にして地獄へと変わり果てた。

 たった一夜で、人の恐れた一族は、その大多数が失われた。


 それでもこの世界には、生き残ったその一族がほんのわずかだが存在していた。

そして彼女はその特性を理解する、卑劣な探索ギルドに囚われ、奴隷兵士とされていた。


 その彼女こそ、黒皇ブラックキングとして世界最強の座に君臨するケン=スガワラの心の支え、【ラフィ】である。



●●●



 かつて暮らした村の廃墟をラフィは魔力で極限まで強化した脚力で疾駆していた。


 ここの角を曲がると、いつも顔見知りのおじさんが尻尾を振りながら必ず挨拶してくれた。

そんな幼い日の記憶を思い出す。

 しかし思い出のある角は、突然降り注いできた”黒い稲妻”にとって吹き飛ばされる。

ラフィはすぐさま感傷を捨て、気持ちを戦いへ切り替えた。


「はぃっ!」


 突然、目の前の地面から出現した”岩の剣”を鋭い蹴りで砕き、大きく伸び退いて後退した。


「「うふふっ、伊達にレベル80にはなっていないようですね、小娘!」」


 目の前から重なったあざ笑うかのような声が聞こえる。

 殺気も無ければ、気配さえ感じなかった。

しかし現実として、今目の前には、互いに手を取り合い、妖艶な笑みを浮かべる黒と白の魔導士アイス姉妹がいた。


「「だけど私達は栄光あるブラッククラス。対する貴方は格下のルビークラス……てめぇなんざが私達に挑もうなんて百万年はぇえんだよ! レイ・ソーラッ!」」

「ッ!? 狼牙拳流星脚ウルフメテオシュート!」


アイス姉妹が放つ光属性の渦とラフィの闇属性の塊がぶつかり合った。

相反する力は一時拮抗するも、世界の法則が存在を否定し、対消滅を起こした。

 膨大な消滅の力は衝撃波となって、辛うじて原形を留めていた廃墟の瓦礫を吹き飛ばす。


 濛々と立ち込める砂煙からラフィは一跳びで脱する。

しかし息つく暇は無い。

 既に脇に現れた黒の魔導士、姉のシャギ=アイスが妖艶な笑みを浮かべながら、腕に黒い炎を現していた。


「ギガフレイム!」


 黒の炎が砂塵さえも焼き尽くし、龍のような牙をもって、迫った。

ラフィの視界に自分と同じように滞空する大きな木片が見えた。

彼女はソレをステップに、足に魔力を発して、飛ぶ。

辛うじて、ラフィの足元スレスレを、黒の炎が過って行った。


「オウバ!」

「はい、姉様! ストームスネーク!」


 更に上空に居た白の魔導士、妹のオウバ=アイスが、DRアイテムと思しき短いロッドを振り振り落とす。

 空気が僅かに白の色を持ち、蛇のようにうねりながら降り注ぐ。

しかし既にその軌道を見切っていたラフィは、次にステップにすべき木片へ意識を移していた。


「――ッ!?」


 何が起こったのか分からずラフィは目を見開く。

 目前には何故か、左腕へ黒い魔力で形成した爪を振りかざし、邪悪な笑みを浮かべるシャギの姿が。


「ミッキーの!」

「きゃっ!」


 シャギは叫びと共に爪を振り落し、ラフィを叩き落とす。

 そんな彼女の背後へ、新たな気配が現れる。


「ミキオ様の!」


 地表でラフィの落下を待ち受けていたオウバがロッドを振った。

 ロッドから白い魔力が発せられ、ハンマーを形作る。

それはラフィの背中へ叩き付けられ、再び彼女を空中へ押し上げる。


 そんなラフィを見て、空中のシャギは笑みを浮かべながら紫電が浮かぶ腕を翳す。


「道を邪魔する奴は全員ぶっ殺す! 丸焦げになっちまえ、小娘! ギガサンダァァァッ!」


 シャギから黒々とした壮絶な稲妻が放たれる。

 ラフィは決断した。


――ケンさん、ごめんなさい! やっぱりアレ、使います!


ラフィは内心そうケンに謝罪して、利き足の右へ目いっぱい魔力を注ぎ込んだ。


「はいぃっ!」


 魔力の籠った右足をラフィは、シャギの黒い稲妻へ向かって放った。

脚が稲妻を捉え身体が空中でぴたりと止まる。

しかし威力は黒い稲妻の方が上。

脚が焼け、鋭い痛みが全身を走る。

だからこそラフィは稲妻を捉えた足へ”回復魔法”を施した。


 本来はレベル差の影響で押さえきれない程の魔力。

ラフィの上皮が、筋肉が、骨が、焼け落ちて想像を絶する痛みが広がる。

しかし彼女は上皮が、筋肉が、骨が焼け落ちる度、回復魔法を放って再生させた。


 破壊と再生の連鎖。

 脚が破壊されるたびに稲妻は威力を減退させてゆく。

痛みに耐えれば耐えるほど、相手の力を削ぐことができる。


 これこそ回復士(ヒーラー拳闘士ファイターを併せ持つラフィの戦い方だった。

 この戦い方で彼女はかつて、数多の巨大モンスターをその身一つで葬り去っていた。


 ラフィのみが行使できる戦いの術。

 レベル差のある相手へ挑むための彼女が編み出した、彼女しか成しえない唯一無二の戦法。


故に奴隷兵士時代の彼女は探索ギルド「アエーシェマン」で、こう評されていた。


【格上殺しのラフィ】と。


「ッ……うわぁぁぁぁーっ!」


 痛みに耐えきったラフィは、敵の圧倒的な魔力に屈せず、均衡を勝ち取った。

彼女は黒い稲妻を足場にして体勢を整え、シャギよりも遥か上へ飛んだ。

目前へ、顔を一杯に驚愕を浮かべるシャギを捉えた。


狼牙蹴ウルフキック!」

「がっ!?」


 ラフィの足から放たれた空気の刃がシャギを引き裂く。

シャギは障壁で防ごうとしていたが、やや遅かった。


「姉様! てめぇっ!」


 地表のオウバは憤怒の形相で飛翔する。


――やっぱり! この子達、わたしよりも遅い!


 はっきりとそう認識しラフィは切り裂いたシャギを蹴り、接近するオウバへ飛ぶ。

 

「やぁっ!」

「かはっ!」


 オウバの懐へ潜りこんだラフィは鋭く肘鉄をお見舞いする。

オウバは白目を剥いて落下し、廃墟の屋根を突き破って、地面へ激突した。

ほぼ同時に姉のシャギも、オウバの対角線上の岩の上へ落下する。

 ラフィは一旦呼吸を整え、気持ちを引き締めなおした。


――確かに私はレベル80。アイス姉妹は、レベル90オーバーでDRアイテムの所持者……だけど!


「て、てめぇ! かはっ!」


 起き上がったばかりのシャギへ接近し、回し蹴りで吹っ飛ばす。


――この子達は魔導師で、わたしは拳闘士!


「姉さ……あぐっ!」


 ラフィは鮮やかな蹴り上げで、オウバを空中へ飛ばす。


――距離さえつめちゃえばわたしの方が有利! それに!


「オウバ!」

「姉様!」


 飛翔したシャギとオウバは手を伸ばし、互いに接近を試みる。


狼牙流星拳ウルフメテオシュート!」

「「ッ!?」」


 アイス姉妹が手を取り合う寸前、ラフィが蹴り上げた闇属性の塊が飛んだ。

塊は姉妹を紙切れのように吹き飛ばし、再び対角線上に分断する。


――二人揃わなきゃ【時間停止】の魔法は使えない。だから勝てる! わたしでも、このブラッククラスの姉妹に!


 勝機は見えた。あとは自らが導き出した手順で相手を圧倒するのみ。

 しかし突然、見えたアイス姉妹の妹オウバの正体に、ラフィは絶句した。


「見たわね……?」


挿絵(By みてみん)


 砕けたティアラの下から、ラフィと同じような、白い獣の耳が覗いている。


「もしかしてあなた達姉妹は!?」

「そうよ、貴方と同じ、【不浄の一族】よ!」


挿絵(By みてみん)


 踵を返すと、姉のシャギも自らティアラを外して、黒い耳を晒す。


「だけどあなた達に尻尾は……?」


 耳と並んで、一族を象徴する尻尾。

だが、スカートの中に隠されている様子は無い。


「正しくは”元”ですけどね。尻尾の跡はありますが、ご覧になります?」


 オウバはスカートの裾を撮んでみせ、


「およしなさい。これを見せていいのはミッキーただ一人と決めたじゃない、オウバ?」


 ラフィを挟んでシャギが答えた。


「私達姉妹は人間によって、尊厳を奪われ、」

「尻尾を失った!」

「だからこそ、」

「決めた」

「この世界に、」

「ミッキーと一緒に復讐すると!」


 シャギが黒い爪で切りかかってきた。


「世界への復讐、それは同時に、この世界を破壊しようとしているミキオ様の本懐!」


 ロッドから魔力で形作った鉄球がラフィを狙う。

 ラフィは思わず上へ飛び退いた。

すると目下でアイス姉妹は手を取り、頬を寄せ合う。

そしてラフィを鋭く睨みつけた。


「「全ては愛する彼のため! 私達は彼のためにある! そしてこの世界に残るのは私達家族、グリモワールだけで十分だぁ!!」


 アイス姉妹の憎しみが籠った光属性の渦がラフィへ迫る。

 応じるように空中のラフィもまた足へ闇の魔力を集中させた。


「貴方たちが大好きな人のために戦うなら、わたしも同じです! わたしはあの人の、ケンさんの、彼が大事にしたい家族のために命を掛けます!」


 ラフィとアイス姉妹。

人に虐げられた種族の生き残り。

だが彼女たちは自分の命よりも大切な存在に出会えた。

”彼”のための命を燃やして尽くすと決めた。


 だからこそ彼女たちは激しくぶつかり合う。


 全ては大切に想う、一人の男のために。


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