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衝突 それぞれの信じるもののために


「死ねぇよぉ!」


 深緑の森の中へ、怒りに満ちたウィンドの声が響き渡る。

聴覚に優れるリオンは、声から位置を感じ取り、森の中で飛んだ。

 それまでリオンが居たところへ無数の爆弾が降り注ぎ、木々を根こそぎ吹き飛ばす。

 そんなリオンの耳が新たな脅威が迫る音を聞き分けた。


 DRアイテム「反逆の弓」へ素早く矢を番え、鏃に魔力を宿らせる。


多段矢ハイドラ!」


 翡翠に輝く矢が空を覆う深緑の中へ放たれた。

森を突きぬけたソレは分裂し、無数の矢の雨となって、森に降り注ぐ。

 矢は魂を持っているかのように枝の間を縫って飛翔する。

バサバサと小樽程の大きさの何かが落ちてきた。

 矢に貫かれた無数のキラービーが節足を震わせ、次々と絶命してゆく。

しかしリオンは息つく暇も無く再び矢を番え、弦をピンと張り詰めた。

 多段矢ハイドラの時よりも遥かに激しく、燃えるような翡翠の魔力が番えた矢に迸る。


爆破矢ヘルファイヤ!」


 矢が翡翠の閃光となって、清涼感のある森の空気を引き裂き、飛んで行く。

 そして立派な大木が緑の爆風を伴いながらはじけ飛んだ。

何十年、何百年もの時間をかけて岩のように根付いていた木々は、いとも簡単になぎ倒され、森を切り開いていた。

 焼け焦げた木々の間では、イノシシのような見た目をしたモンスター:ワイルドボアが、プスプスと煙を上げ、良い焼き加減で倒れ伏している。

 リオンは一瞬、その香りを嗅ぎ取って、自然と緊張感を解いてしまう。

しかし背中に鋭い殺気を感じ気持ちを瞬間的に引き締めた。

腰に差したショートソードを逆手に握り、相手の首筋目掛けて、振り向きざまに切り付ける。


 深い森の中に火花が散り、不釣りあいな甲高い金音が響き渡る。


 リオンのショートソードを、グリモワールの荷物係ポーターのウィンドは、刃が流線型の中途半端な長さの剣で受け止めていた。


――マシェットナイフ? 懐かしい。


 この世界に転生する前、大尉キャプテン達とジャングルでの隠密作戦の時、こんなナイフを使って草木をかき分けたことを思い出す。

 しかし思い出に浸ったのはほんの一瞬。

 拮抗状態は好ましくないと判断したリオンは後ろへ飛ぶ。

それはウィンドも同じだったらしく、彼もまた飛び退き距離を置いた。

 だが次の瞬間にはもう、リオンもウィンドも地面を蹴り、互いに距離を詰めて、短剣の打ち合いを始めていた。


 風のように森の中を舞うリオン。

ウィンドもまた名前と同じく、疾風の如く樹木の間を飛び、マシェットナイフでリオンを狙う。


「大体オイラはてめぇのことが前から気にくわなかったんだよ!」


 言葉は感情的だが、動きは冷酷無比なウィンドの斬撃をリオンは避けた。


「たかが数十人の餓鬼を救って、それで満足か? そのたった数十人を守れれば良いのかよ!」

「あうあ!」


 リオンの横薙ぎをウィンドは曲芸師のように飛んで避けた。

巨大なバックを背負いながらも、ウィンドは音も無く、大樹の枝の上へ綺麗に降り立つ。


「てめぇがやってるのはただの偽善だ。一部を助けて助けた気になってんじゃねぇ。もしそういうことすんなら世界中の、親を失った全ての子供をてめぇ一人の手で助けて見ろよ、おい!」


――そんなこと、分かってる。


 リオンは自分自身など小さな存在であると自覚していた。

 自分ができることなど、小さく、ほんのわずかなことでしかない。

 前の世界で誰も助けられず、ただ一人死んだのだからそんなことは当の昔に理解していた。

その悔しさや悲しみがあるからこそ、彼女は誓ったのだ。


【もう二度と大切な人の手を離さない。自分は小さい存在で、できることは少なくても、それでもできることを全力でやり抜く!】


「うるさい! 僕、みんなを救えない。だけど、僕は僕ができることをする!」


 リオンの熱の籠った言葉を受け、ウィンドは激しく舌打ちをし、唾を吐き捨てた。


「だからソレを偽善っていうんだろうが!」

「もう後悔しない! みんなを悲しませない! 守る! それが僕の役目!」


 リオンとウィンドは互いに刃を構え飛ぶ。

 互いの主張は、互いを否定する力となり、相対し続けた。



●●●



 ほの暗い岩ばかりの谷底。

僅かに見える太陽の光が僅かな光源となって、肉眼では辛うじて遮蔽物が視認できるかどうかの有様だった。

 しかし、六位魔神アモンの力を得て、魔神騎士と化したムートンには取るに足らない問題だった。


 強化された視覚は正確に遮蔽物を捉え、直線を走るようにムートンの身体を進ませる。

狙うは目前に佇む漆黒の暗殺者。


「ッ!?」


 しかし薙いだ魔剣に手ごたえは無く、霞を切るように空ぶる。

だが魔力の反応は未だムートンの周囲に漂っていた。


「殲滅ッ!」

「フ、ファイヤボール!」


 慌てて振り向き、蛇の剣を上段に構えて飛ぶ黒衣の暗殺者へ向けて、腕から炎の魔力を撃ちだした。

 三連同時に放たれた火球が暗い谷底を一瞬明るく照らし出す。

 しかし暗殺者の影は火球によって霧散するのみ。

火球はそのまま岩壁で破裂し、何も燃やすことなく消え去る。

 次いで感じる脇からの殺気。

距離が近く、剣で受け止めることはできそうもない。


「プロテクトシルト!」


 瞬時に邪悪な魔神の力から、聖なる天空神の使徒:聖騎士に力を切り替えたムートンは、その青い魔力を盾にして、暗殺者の襲撃を防いだ。


「邪悪が使いし、聖なる力……小賢しい! ぬぅッ!」


 気合の籠った声と共に、グリモワールの暗殺者アサシンシャドウは、空いた左手をムートンが発生させた蒼い魔力障壁へ押し当てた。

 接触による衝撃は障壁へ紫電を浮かべさせ、シャドウの手を覆う手甲を燃やし始める。


――こいつ、素手で障壁を!?


「ううう……ぐっ……、ぬんっ!」


 シャドウの手が障壁をガラスのように粉々に砕いた。

熱によって焦げた鈍色の指先がムートンの首を一瞬掴む。

しかしムートンは指が閉まる僅かな瞬間を狙って、魔剣の柄でシャドウの腕を弾く。

更にシャドウを思いきり蹴り飛ばした。


 流石のシャドウも呻きを上げて怯み、体勢を崩す。

 その隙にムートンは後ろへ飛んで距離を置いた。


――あの鈍色の指先、そしてシャトー家を憎悪する不の感情。

間違いない、シャドウは、奴の正体は!


「お前の正体分かったぞ、シャドウ! やはりお前はホムンクルスだな!?」


 シャドウはゆらりと姿勢を整え、黒頭巾の奥で赤い双眸を鋭く光らせた。


「御明察、ムートン=シャトー。オレは迷宮探索用ホムンクルス、ライン番号29 Z0043……今の名は、栄光のブラッククラスパーティーグリモワールの暗殺者アサシンシャドウッ!」


 迷宮探索用ホムンクルス。

 奴隷兵士と呪印という最悪な存在が産みだされる以前、危険な序列迷宮の探索に用いられていた使い捨ての存在であった。

 本来ホムンクルスは個体としての意識を持たない。

そればかりか生という概念さえ、ホムンクルスの中には存在しなかった。

ただ命じられるがままに動く、人の形をした別の存在。

迷宮探索で使い捨てられる道具。

だからこそこれまでホムンクルスは軽んじられ、酷い扱いを受け続けていた。


「オレはお前達シャトー家によって産みだされた。しかしすぐにゴミのように捨てられた……だがオレは蘇った。シャトー家を全て、滅ぼすために! 地獄の底から!」


 もっともムートンが家督を継いだ今では、奴隷兵士と同様に処遇を見直し、今では人の従者と変わらない生活を送っている。

 今目の前に佇む暗殺者は自意識を覚醒させたホムンクルス。

恐ろしい存在ではあるが、稀有な存在であることも、また然り。


「これまでお前達へしてきたことは本当に申し訳ないと思っている。済まなかった!」


 剣よりも言葉を。敵対よりも和解を。

そう考えたムートンは、シャトー家の当主として声を放つ。


「1973代シャトー家当代として平に謝罪する。その上で、私は君に願いたい! もし聞き入れてもらえるならば、復讐などという愚かなことは止めて、私達に力を貸してくれないか!」

「……」

「シャドウ、君はおそらくこの世界で初めて自意識を覚醒させたホムンクルスだ! 君の怒り、悲しみ、その全てを私は受け止める! 君たちへしてきた罪を償う! だから君には助力を願いたい! この愚かで醜悪な世界を、良い方向へ導くために!」

「笑止ッ!」


 ムートンの熱い想いが籠った言葉を、シャドウはたった一言で一蹴した。


「既にこの世界に興味はない。オレを拾ってくれたリーダー、口は悪いが家族想いなアイス姉妹、そしてオレに生きる意味をくれた少年:ウィンド……オレ達家族以外の存在、この世界に、不要! そしてオレが今ここにある意味、それは……!」


 シャドウから沸々と黒い波動があふれ出る。

高まるシャドウの”憎悪”は魔力となって、奴の身体へ力をみなぎらせる。


「シャトー家と世界の破壊、撃滅、殲滅! DRアイテム「正義毒蛇ジャスティスコブラ」に宿りし魔神アンドロマリウスの名において宣告する……邪悪なるシャトー家とこの世界よ、滅ぶべし!」


――分かり合えないんだ、やっぱり。


 どんなに謝罪をしても、償いをしても、犯した罪は無くならない。

それはシャトー家とこの世界が背負った業。

そして今のムートンは、それらを全て背負うべき立場にある。


ムートンは強い決意の下、赤き攻めの魔力を帯びる魔神騎士へ力を切り替えた。


――力を寄越せ、アモン!

『良かろう。燃やせ、ムートン=シャトー、貴様の怒りを! そしてその怒りをナハトとシュナイドへ!』


 DRアイテム「煉獄双剣」を成す魔剣【ナハト】と【シュナイド】から、溶岩のように熱い魔力がムートンへ流れ込む。

脚が焼けるように熱い。

まるで足を業火で焼かれているような感覚。

彼女はその痛みを力に変えた。


「ようやくケンさんと繋がれたんだ、ここでおめおめとお前なんかに滅ぼされてたまるか!」

「殲滅ッ!」

「来い、悪鬼と化したホムンクルス! ファイヤボルト!!」」


 限界を超えた魔力は地獄の業火を宿した鋭い矢となって飛ぶ。

無数の火矢は漆黒の風となって突き進むシャドウを、その炎で焼き尽くそうと降り注ぐ。


「笑止! 見よ、これぞ正義を司る魔神アンドロマリウスの力ぞ!」


 シャドウの姿が消えた。

火矢が空しく乾いた大地を焼き、暗黒に包まれた谷底を赤で彩る。

 魔神騎士となって魔力で視界を極限まで強化しているムートンであっても、その中にシャドウの姿は確認できず。


「ぐわっ!」


 気づいた時には肩の鎧が切り裂かれ血飛沫が上がっていた。

 しかし攻撃は一撃のみにあらず。

 あらゆる位置から、あらゆる角度から鋭く斬撃が浴びせかけられる。

ムートンはただ成すがまま、成されるがまま切り付けられるだけ。


「アンドロマリウスの力、それはアイテム探知のみにあらず!」


 斬撃の嵐の中からシャドウの怨念めいた声が聞こえてくる。


「邪悪を憎む心、それを力に変える力こそ、オレの手にしたアンドロマリウスの力! 敵が邪悪であればあるほど、オレの力は増す。故に貴様は!」


 斬撃の嵐が止み、ムートンはその場へ膝を突く。

そんな彼女へ黒々とした影が覆った。


「邪悪の根源たるシャトー家、そしてその当主ムートン=シャトー! オレの手で滅ぶべし!」

「そうかい」


 ムートンはにやりと笑みを浮かべた。

ムートンの姿が消失しシャドウの必殺の一撃は盛大に空ぶる。

シャドウは瞬時に状況を把握し、すぐさま踵を返す。


そんな無様なシャドウの姿を見て、ムートンは再び邪悪な笑みを浮かべた。


「私に流れる血が汚れているなんてわかっているさ。それにこの手は既に大切な家族の血で真っ赤に染っている……そんな私は、シャドウ、お前の言う通りの邪悪な存在だ」


 多くの命を食い物にし、栄華を極めるシャトー家。

彼女の中に流れる血、筋肉を支える骨、磨き上げられた柔肌。

その全てが多くの命を消費した結果として形作られている。

それはムートンが持って生まれた業。

そしてそれを背負うのが、彼女が持って生まれた運命さだめ


「だけど、例え邪悪であろうとも、それでも歩みを止めるわけには行かないんだ! 失った多くの命に、メイの魂に報いるためにも!」


 二振りの魔剣が炎のような赤い力を発した。

それはムートンの身体へ伝播する。

この世界へ、自分への怒りをムートンは募らせ続ける。

力は髪を炎のように揺らめかせ、彼女の瞳を血のように真っ赤に染めた。


「私は戦う! この世界のため、多くの命のため、そしてこんな私を愛してくれたあの人のためにも! この怒りを魔神の力に変えて!!」


 怒りによって高まった魔力が弾け、時間の感覚がおかしくなる。

 ”殲滅形態エグゼキュートフォーム

 怒りを募らせ加速したムートンに、誰も追いつけようもない。

 同じく邪悪を憎む、自意識を持ったホムンクルス以外は。


「ならば応じよう……邪悪の反応あり! ムートン=シャトー、駆逐、破壊、殲滅ッ!」


 シャドウもまた”憎悪”を力に変えて、漆黒の風となった。


「シャドぉぉぉっ!」

「オオオッ!」


 ムートンとシャドウ。

互いに負の感情を抱え、それを偉大な力へ変換し、加速する戦士たち。

 二人は世界を置いてけぼりにし、互いの存在を否定し合うよう、何度も刃を重ねるのだった。


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