対峙 グリモワール
銀の翼はケン達を乗せ、大空を優雅に疾駆する。
シャトー家当主のみが騎乗を許された、最も賢く偉大な希少種の飛竜。
飛竜の背中には魔力障壁で風圧を完全防護した東屋があり、そこにあるりっぱな椅子にラフィ、ムートン、リオン、そしてケンはゆったりと座って、流れる景色を眺め続けていた。
「皆さん、下に見えるのが自治区候補地のメドックですよ」
ムートンが云うと、リオンは椅子の上からぴょんと跳ねて魔力障壁へ近づく。
「ケン、凄い! みるみる!」
隣に座っていたケンも、リオンに促され飛竜の背中から、地上を見下ろした。
北の山岳地帯が源流で、そのまま南下し、オーパス家の本拠地カフォルニア島の浮かぶ海へ流れるジロド川。
右岸に広大な緑が広がっていた。最も南には不自然な巨大な岩山が見える。
その岩山こそ、【序列迷宮第五十六位:グレモリー】であり、この迷宮を有する眼下の広大な土地こそ、オーパス家よりシャトー家へ送られたメドック地区。
つまり、元奴隷兵士達が自治を行い、ケンが統治する予定の場所であった。
しかし譲渡の話は未だ密約段階にある。
そこでケン達は密かにメドック地区の視察に向かっていたのであった。
「動物、たくさんいるかな? どんなのいるかな?」
リオンは緑の大地を観て、嬉しそうに目を丸める。
「視察が終わったら探しに行くか。色んな友達に会えると良いな」
「ケン、一緒!?」
「おう、一緒だ」
「あう! 一緒、嬉しい! えへへ」
リオンは嬉しそうに破顔し、ケンはくしゃりと髪を撫でてやる。
そんな光景をちらりと見ていたムートンは、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「……」
そんな中、ラフィは一人はしゃぎもせず、ただ静かに椅子に座り顔を俯かせているだけ。
「もしかして酔っちゃった? 気分悪い?」
「あ、いえ……」
ラフィはムートンへぎこちなく答える。
騎乗してからずっと、ラフィはこんな感じであった。
異常に早い飛竜に緊張しているのかと思った。
しかし流石に様子がおかしいと、ケンは腰を上げた。
「大丈夫か?」
「え……わわっ!!」
何気なくラフィのおでこに自分のおでこを付けると、彼女は顔を赤らめ狼狽した。
「風邪、ってわけじゃねぇな」
「も、もう、いきなりそういうことしないでくださいよ! びっくりするじゃないですかぁ!」
「んだよ、せっかく心配してやったのに」
「ラフィ、大丈夫?」
いつの間にかリオンも傍でラフィを心配げに見上げていた。
「うん、ありがとリーちゃん。元気だよ」
「ホント?」
「心配しないで。大丈夫だから」
ラフィが笑顔を贈ると、リオンはほっと胸を撫でおろす。
「皆さん、着地体勢に入りますよ! 席に戻ってくださいね」
ムートンの声でケンとリオンはそそくさと席へ戻った。
「……」
多少元気は戻ったようだが、やはりラフィはどこか憂いた表情を浮かべ、視線を外側へ逸らす。
――どうしたんだ、アイツ?
そんな中、飛竜はゆるりと下降を開始し始めたのだった。
飛竜はジロド川流域の広大な沿岸にゆったりと着地した。
ほど近いところには林があり、その先に空の上から見えた序列56位迷宮グレモリーを擁する、巨大な岩山が存在感を放っていた。
「あの、ケンさん、ちょっと」
寄ってきたムートンが小声で話しかけて来た。
「やっぱりラフィの様子がおかしいです。できるだけ傍に居てあげてください」
「悪いな。恩に着る」
「いえ。リオンちゃんのことは任せてください」
「ありがとう、助かる」
そう礼を言うと、ムートンは笑顔を浮かべて、リオンのところへ駆けて行く。
ケン達はホムンクルス兵に飛竜を預け、林の中へ入ってゆくのだった。
「あれデンドゥロキュグナ! あっちコトゥルニクス! あっちは……」
リオンはゆらゆらと嬉しそうに尻尾を揺らしながら野鳥を指さす。
「リオンちゃん、色々知ってて凄いね。じゃあ、あれは?」
ムートンはリオンの相手をしつつ、先を行く。
それというのも、やはりラフィのことが有るからだった。
「……」
ずっとここに来てからもラフィは浮かない表情のまま、静かに後を着いてきているだけだった。
なるべく近くにいるよう心がけている。
しかしどう声を掛けてよいか分からず、ただ少し前を歩いていて、後ろのラフィを気に掛けるしかできない。
やがて林を抜け、木々の向こうに見えた巨大な岩山が目前に大きく広がる。
その麓は一面緑に覆われていた。
不自然に盛り上がっている蔦の葉。
地面には明らかに人工的な木片が無数に転がっていた。
地殻変動でも起こったのか、谷様に深い地割れが縦断している。
「ここがロバートの言っていたかつて集落のあったところのようですね」
ムートンは木片を拾い上げ、ポツリと呟く。
「あうー! おっきい穴ー!」
先に進んだ踏み込んだリオンが、大きな緑の塊の淵へ身を乗り出している。
「こら、危ないだろ」
慌てて駆け寄ったケンは、リオンを抱き上げて、淵から降ろす。
それは井戸だった。
既に水は枯れ果て、底には乾燥しきった岩がごろごろと転がっている。
パチンと、靴底から乾ききった枝が折れるような音がした。
下映えの中に、折れた白い何かが転がっている。
「骨……?」
動物の肋骨の一部のようだった。
太さもあり、比較的大型の動物ものだと考えられる。
「人間のものでしょうか?」
脇に立ったムートンもそう検めていた。
「うっ、うっ、ひっく……」
そんな崩壊した村の中へ、突然嗚咽が響き渡る。
ケン達から少し離れたところ、そこでは何故かラフィが一人佇み、涙を流して嗚咽を漏らし続けていた。
「ど、どうしたんだよ!?」
慌てて駆け寄り彼女の肩をそっと抱く。
すると、全くケンの存在に気付いていなかったのか、ラフィは体をビクンと反応させた。
「ケン、さん……」
「やっぱり今日のお前変だぞ? どうしたんだよ?」
優しくなだめる様に聞くと、ラフィは「すみません……」と謝罪しつつ、瞳の涙を拭った。
流石におかしいと感じ取ったケンは、
「ここに何かあるんだな?」
「……」
「教えてくれ。頼む」
「……なんです」
「えっ?」
「ここ、わたしの、故郷、なんです……」
ラフィの故郷と聞き、ケンの心臓が跳ねた。
かつてケンはラフィに聞いていた。
彼女の生まれ故郷は、ゴブリンの襲撃にあって全滅したことを。
「マジかよ……」
「なんでそういうこと早く言ってくれなかったの!?」
ムートンは眉を吊り上げ叫ぶ。
声にラフィは再び「ごめんなさい」と答えた。
「昔のことですし、今のわたしにはケンさんやみんながいます。だから大丈夫かなって……だけどやっぱりここに来たら、どうしても……ひっく、ううっ……」
泣き出したラフィを観て、リオンも戸惑いの表情を浮かべている。
ムートンは一歩を踏み出す。
しかし踏みとどまって、ケンの背中をそっと押した。
「?」
「出番ですよ、ケンさん」
ムートンが頷き、察したケンは、代わりにラフィへ歩み寄った。
「大丈夫だから」
そしてむせび泣くラフィをそっと抱きしめる。
強く、優しく彼女を抱き寄せ、そして子供をあやすように髪を撫でた。
「辛いところに連れてきてごめんな」
「いえ、そんな……わたしこそ、ごめんなさい。面倒臭い、ですよね……」
「バカ、気にすんな。そういうところも含めて、俺は好きなんだぜ。ラフィのことをよ?」
「ありがとうございます……」
ラフィもまたケンの背中に腕を回し、より身を寄せる。
そして息を揃えた二人は同時に地を蹴って飛んだ。
それまで二人が居たところへ突然、”黒い稲妻”が落ち、地面を穿つ。
「せいっ!」
瞬時に瞳を赤く染め、魔神騎士となったムートンが二振りの魔剣を気合と共に横へ薙いだ。
地面から突然生えてきた”岩の剣”は、ケンとラフィを刺し貫く前に、魔剣によって粉々打ち砕かれる。
リオンは素早く弓へ矢を番え、目に止まらぬ速さで、空へ居る。
しかし矢は空中に浮かんだ魔方陣によって受け止められ、灰になって消えた。
「ようやくお出ましか。今までどこに隠れていやがったんだ?」
「「うふふ……」」
ケンの鋭い声に臆することなく、空中に佇む【双子魔導士:アイス姉妹】は、不敵な笑みを浮かべつつ、降下を始める。
「よっす! 久しぶりだね、黒皇!」
気づくといつの間にかケンの目の前には白銀の髪を持つ、白い法衣のような衣装を着た好青年がわざとらしい笑顔を浮かべながら立っていた。
「へへっ……」
【荷物係の少年:ウィンド】は不敵な笑みを浮かべ、
「殲滅!」
【暗殺者のシャドウ】は、黒頭巾の奥で赤い双眸を鋭く輝かせる。
どんなモンスターよりも恐ろしく、そして強大な力を持つ彼ら。
その圧倒的なプレッシャーを受けて自然と鳥肌が浮かぶ。
「よぉ、久しぶりだな白閃光……いや、ミキオ=マツカタ! こそこそと隠れてたてめぇらが今更何の用だ!」
しかしケンは臆すること無く言葉をぶつける。
一瞬、アイス姉妹が揃って眉間に皺寄せ、舌打ちを吐く。
ミキオはそんな彼女たちの肩を叩き落ち着かせ、ゆらりとケンをみた。
「いやね、ようやく君に受けた傷が癒えたし、そろそろ君たちとの因縁に決着を付けようかなってね。それに俺らは君たちのために敢えて隠れててあげたんだよ?」
「なに?」
「ほら、最近の君たち凄く忙しそうだったし。流石に愛が生まれる瞬間を邪魔するほど俺達は無粋な連中じゃないってね」
ミキオは見せつけるようにアイス姉妹を抱き寄せた。
「子供っぽいイノシシ騎士の夜の営み、散々笑わせて貰いましたわ。ねぇ、オウバ?」
黒の魔導士、姉のシャギ=アイスがあざ笑い、
「姉さまの仰る通りです。まだ、片割れの不浄の一族の娘の方が上手にできましたね」
妹の白の魔導士オウバ=アイスも妖艶な笑みを浮かべた。
「「最も、実力も夜の営みも私たちの方が上だけどね! あははははっ!」」
そんなアイス姉妹の揃った口上に、ミキオは緊張感などまるで感じさせない苦笑いを浮かべるのだった。
――こいつら、ずっと俺たちのことを監視していたのか。
それでも何も仕掛けてこなかったのは、余裕の表れなのか否か。
だがそんな状況下でも、グリモワールから発せられる圧倒的なプレッシャーは一切減退することはなかった。
「ケンさん、どうしますか?」
脇で魔剣を構えたムートンへ、ケンは小さく頷き返した。
「大人しく逃がしてくれそうもないな。やるぞ。徹底的に。二人も、それで良いよな?」
ケンの問いにリオンとラフィも頷き返してくる。
彼らは覚悟を決め、身構える。
「なぁ、シャドウ間違いないんだな?」
そんな中ミキオがシャドウへそう聞く。
「アンドロマリウスが反応している。間違いない」
「オッケー。じゃあ、ジョーカーにさせて貰うよ……さぁて……」
正面に佇むグリモワールのリーダーは腕を開き、
「みんな好きにやっちゃって! 俺たちの悲願に邪魔な黒皇達をここでやっつけちまおうぜっ!」
ミキオの宣言を受け真っ先に飛び出したのは、荷物係のウィンドと暗殺者のシャドウ。
彼らは緑と黒の風になって疾風の如く飛ぶ。
すると、魔神騎士の赤い魔力をまとったムートンがケンの前へ立った。
「私はシャドウを! リオンちゃんはウィンドをお願い!」
「あう!」
「お前等!」
ケンの静止も効かず、ムートンはシャドウへ突っ込んだ。
空中で蛇の剣と、煉獄の魔剣がぶつかり合った。
ぶつかり合った刃はそれだけで激しい風圧を呼び起こし、嵐の中のように草木を揺らす。
「お前の相手は私だ!」
「ムートン=シャトー……邪悪なるシャトー家、滅ぶべし!」
「滅ぶのはお前の方だ、シャドウ! 火ノ矢!」
ムートンの足に魔力が集まって無数の炎を矢を形成した。
それは怒涛のように発射され、シャドウを谷のように深い地割れへ叩き落す。
そしてムートンはシャドウを追って、地割れの中へ飛び込んだ。
「シャドウ!」
ウィンドは急停止し、シャドウを追おうと踵を返す。
「拘束射!」
リオンは光輝く縄のような魔力を放ち、ウィンドの腕を拘束した。
彼は激しく歯噛みし、怒りの視線をリオンへ向ける。
「てめぇ、餓鬼! 放しやがれ!」
「お前の相手、僕! そっち行かせない!」
「うわっ!?」
リオンが弓を振り上げると、縄で繋がれたウィンドの足が地面から離れた。
ウィンドは森の中へ思い切り投げ飛ばされる。
リオンはウィンドを追って、颯爽と森の中へ駆けて行った。
廃墟に一時の静寂が戻った。
残ったケンとラフィは揃って息を飲んだ。
ミキオとアイス姉妹は相変わらず不敵な笑みを崩さない。
「「うふふ……今度こそぶっ殺してやる。覚悟しろ、黒皇!」」
「シャギ、オウバ、できりゃ俺にもお愉しみ取っといて欲しいんだけど……」
「「あははは、死ねよぉ!」」
狂気を顔に浮かべ、アイス姉妹が魔力で地面を蹴る。
シャギは左手に漆黒の爪、オウバは右手に白銀の爪を魔力で形作り、急接近をしかけてくる。
「はあぁっ!」
「「キャッ!?」」
だが接近してきたアイス姉妹を、ラフィが魔力の籠った足で蹴り飛ばし、吹っ飛ばす。
「ケンさん、アイス姉妹はわたしに任せてください!」
「いけるのか?」
「はい、大丈夫です。さっき分かりました。今のわたしにはケンさんや、みんながいます。もう二度悲しい想いはしたくありません。だったらわたしはここで戦うだけです!」
ラフィの心強い宣言に、ケンは安心感を抱いた。
「わかった。頼むぞ、ラフィ。だけど”あの戦い方”だけはなるべく自重しろよ。良いな?」」
「はい! 分かってます! ケンさんもお気をつけて!」
ラフィは瓦礫の向こうへ消えた、アイス姉妹を追って走り出した。
「おっし、これで一対一だ。再戦と行こうぜ、黒皇さん」
ミキオは子供のように破顔し、構える。
「こい、白閃光、いやミキオ=マツカタ! お前等グリモワールとの因縁、ここで決着にしてやる!」




